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不気味令嬢は、氷の貴公子に溺愛される  作者: 青海きのこ
第1章アステリア編

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第38話 夜会

第38話 夜会


――気が重いわ……。


日中の民衆へのお披露目の次は貴族へのお披露目……つまり、国王主催の夜会への参加だ。

エマの力が明らかになり、表立っての陰口は聞こえにくくはなったが、今もなおエマは貴族たちにとっては“不吉な女”に過ぎない。貴族社会において、エマの評判の悪さは強く根付いている。今まで社交という社交もしてきていない。アカデミーにも通わなければ、お茶会や夜会にも顔を出したことは数えるほど。顔見知りといえる程度の関係の貴族だって、正直いない。夜会への参加はできればしたくなかったが、国王が私のお披露目のために主催するというものを私が参加しないわけにも行かない。この認定式に向けて、カイル殿下がどれほど尽力してくれたかも分かっている。


分かってはいるけど……。


夜会に向けて、国王がイブニングドレスも急遽仕立ててくれた。ケイティやナタリーも一緒に選んでくれて、それはそれは素敵なデザインだ。ルーク王国の貴族の名前や特徴だって覚えた。エスコート役も、ヴィクトール様が張り切ってくれているし。準備において不安はない。だけど、気が重い。


デビュタントの夜会がエマにトラウマを残していた。

あのときも、こんな風にドレスを着た。

誰かが声にかけてくれるかもしれないと、期待していた。でも――。


「まあ、見て。あの不気味な見た目」

「あの方は聖女様の……」

「ああ、“ではない方の……”」


聞こえよがしの陰口、悪意ある視線。

壁際でじっと時間が経つのを待ち続けた。

一度もダンスに誘われることもなく。

一度も声をかけてもらうこともなく。

自分から声をかけようかとも思ったけれど、私が近づくとスッと周囲が避けるように離れていくのを感じてから、自分から動くことも憚られてしまった。


情けない…――。


5年も前のことなのに、あのとき感じた屈辱は、生々しくエマを苦しめていた。


「お嬢様、お披露目式の御姿、本当に神々しかったです」


ナタリーはイブニングドレスの着替えを手伝ってくれながら、エマの緊張を解こうと声をかけてくれた。


「本当にすごい人で……大盛り上がりでしたわ」

「上からナタリーの姿が見えて安心したわ。来てくれてありがとう」

「お嬢様……」


ナタリーはエマの言葉にジーンとしていた。


「ナタリーが夜会にも来てくれれば楽しいのに」

「ヴィクトール様がいらっしゃるではありませんか」

「それはそうだけど……」


王宮に着いた日、ヴィクトールは貴族たちの悪意からエマを守ってくれた。

でも、あんな思い、ヴィクトールに何度も味合わせたくはない。ヴィクトールはあんな蔑みに満ちた視線を向けられるような人ではないのに、私といることで……。ダメだ、ダメだと思いながら、思考がどうもネガティブな方へ向かってしまう。


「大丈夫ですわ。ローブ姿のお嬢様も神々しかったですが、イブニングドレスのお嬢様はとてもお美しいです。ヴィクトール様もこのお姿をご覧になったら……」


エマはナタリーのニマニマという視線から逃れるように、そっぽを向いた。ナタリーは悪意なくそういうことを言うから……本当に恥ずかしい。


「エマ」


ヴィクトールがエマを迎えに現れた。その後ろにはレイヤードも控えている。夜会用のタキシードを来たヴィクトールが目に飛び込んで来た。今夜のヴィクトールは、恐ろしいほどの色香を放っていた。


――なんでこんなに……。


エマは息を飲んだ。

後ろに撫でつけた髪、濃紺のジャケットに銀糸であしらわれた繊細な飾り、エマがプレゼントしたカフスもつけてくれている。


「すてき……」


エマがヴィクトールに見とれて思わず呟くと、ヴィクトールはパッとエマから目を離した。

珍しくヴィクトールが照れている?

氷の貴公子が、私の言葉で? 信じられない思いでエマは見つめた。


「そんな顔で見ないでくれ」

「そんな顔って……?」


ヴィクトールははぁとため息をついた。

呆れたのかしら?

ヴィクトールはエマの姿をじっと見ると、微妙な表情をして黙った。

なんだか少し不機嫌そうにも見える。

いつもなら、甘い言葉の数々を浴びせてくれるのに……。

ナタリーは褒めてくれたけど、何か……おかしかったのかしら。それとも、私には似合わなかった?

でも、変だったとしても、いつものヴィクトールなら恥ずかしいほど褒めて自信を持たせてくれるのに。


「あの……ヴィクトール様、このドレスどうです?」


思い切って、エマはヴィクトールに感想を尋ねた。

正直、あの甘い言葉をエマは期待していたのだが、ヴィクトールはエマから少し視線を反らすと「……いいんじゃないか」とぼそっと言っただけだった。


イブニングドレスは、王都でも指折りのドレスショップのものだ。女主人に王都での流行りのデザインにしてもらった。ケイティやナタリーも褒めてくれていた。自分でも――少しだけ自信があった。その自信が音を立てて崩れていく。肩が大きく開いたデザインは少し恥ずかしかったけど、イブニングドレスでは大人しい方のデザインだと聞いていたし、いつも着ているものより肌は見えるけどそんな下品なデザインでもない。スカートの色味はヴィクトールの髪の色と同じ、濃紺にした。ふわっと広がるチュールにパールの飾りがかわいいとエマも気に入っていた。


でも、このヴィクトールの反応を見ると……。


ヴィクトール様は、あまりお好きなものではなかったのかしら。


「ナタリー」

ヴィクトールが急に真剣な顔で呼びかけた。

「はい」

「ショールはないのか?」

その声には、有無を言わせぬ強さがあった。

「ショール……で、ございますか?」

ナタリーはきょとんとした。

「ああ」

「夜は冷えるだろう」

「でも…――」


ヴィクトールはドレスに合わせるショールのことまで気にし始めた。

このドレスはショールと合わせのデザインではない。ドレスショップの主人も、ショールは羽織らなくていいデザインにしてくれた。なのに…――。ショールを着たら折角のドレスが隠れてしまう。


そんなに気に入らなかったのかしら……――。


「ヴィクトール様、このドレス、そんなにおかしいですか?」

「え? そんなことは……」

「じゃあ、なぜショールを? このドレスはショールなしで良いとドレスショップの主人も」

「そうかもしれないが、そんなに肩が出ていたら風邪を引く」

「そんな……。会場は暖かいですし、ドレスを着たくらいでは風邪は引きません」

「でも……」

「エマ」


すれ違う二人のやり取りにレイヤードが割って入った。


「ヴィクトール様は、エマの姿にやきもちを焼いているだけだ」


ヴィクトールは、後ろに控えるレイヤードを睨んだ。


「違うんですか?」

「……違……わない」

「ヴィクトール様、私が言うのも何ですが、イブニングドレスって多少は肌が見えるものじゃないんですか?」

「……エマは、見せなくていい」


ヴィクトールは憮然とした様子で答えた。


「エマは修道女の用な装いで参加しろと?」

「そうではないが……見え過ぎている。調整が必要だ」

「調整って……。このドレスは国王が用意してくださったものではないのですか?」

「……それは」

「お気持ちは分かりますが……。ヴィクトール様、我慢してください。折角エマの晴れの舞台なのですから」


珍しくヴィクトールがレイヤードに諭されている。


ヴィクトールは観念したようにナタリーに「ショールは、いい」と言い、エマに「失礼した」と謝った。


「その……君に、良からぬ虫がつくのではないかと……」


バツの悪そうな顔でヴィクトールが言い訳を始めた。なんだか肩の力が抜けてきた。ヴィクトールの姿を見ていると、さっきまでの不安も吹き飛んでいくのを感じた。あの夜のように俯いて壁に立つ自分ではないのだと思えていた。

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