46話 絶望の瞬間
「本当に……勘違いだったのか?」
「だから、そう言っているだろう」
「邪竜の特徴は伝えられていなかったのか?」
「……それは」
エドたちの言い訳は、できるだけ素直に受け止めようと思っていた。
だけど、胸の奥に残る違和感がどうしても消えなくて、つい問いを重ねてしまう。
「……おかしいぞ。確か、邪竜討伐の際に“竜の特徴をまとめた資料”を渡したはずだ。
実際に見た者の証言をもとに、絵師が描いたものを」
「え、そ、そんなもの……貰ったかなぁ~……」
「……?」
エリックさんが「資料は渡してある」と言った瞬間、エドたち全員の視線が泳ぎ始めた。
その様子を見た瞬間、胸の奥でふつふつと何かが湧き上がるのを感じた。
言葉にできない、黒い感情。
黙り込んだ俺に代わって、エリックさんがさらに追及する。
「竜を持ち帰ったとき、顔だけ無かった理由……覚えているな?」
「……が、顔面を粉々に粉砕したので……持ち帰れませんでした」
「確か、邪竜の左目には古い大きな傷があったはずだ。
持ち帰った竜の体は討伐対象と似た色だったが……
あの時はお前たちの言葉を疑わなかった。
だが――
お前たち、本当に邪竜を討伐したのか?」
「ひぃっ?!」
エリックさんの言葉が落ちた瞬間、エドたちは完全に青ざめた。
そして俺は――
胸の奥で渦巻いていた疑念が、確信へと変わっていくのを感じた。
体の奥底から、熱のようなものが湧き上がる。
拳を握りしめると、空気が震えた。
「……エド、リン、ジョナ、ラリッサ……どういう、ことだ」
「なっ、お、落ち着けオリオンっ!
そんなヤバそうなオーラを出すなっ!」
「オリオンが……こんな、動けなくなるような覇気を?!」
「君は本当に……オリオンなのか……?」
「……オリオンッ! 落ち着いて!」
自分でも驚くほど、体の奥から怒りが湧き上がってくる。
目の前の4人をどうにかしてやりたい――
そんな危険な衝動が、一瞬だけ脳を支配した。
初めて感じるこの感情は何なんだ。
自分の体が自分のものじゃないような感覚に、思わず戸惑う。
その時――
頭の上からポコポコッと軽い衝撃が走った。
「バカたれ。負の感情に支配されるな」
「あ……ああ、そういうことか。ごめん」
「オリオン。大丈夫か?」
「ライオネル王もごめん。ちょっとカッとなったみたい……
でも、エド。どういうことか説明してくれ。
そうじゃなきゃ、何も納得できない」
「……」
ラミンに“負の感情”と言われて、ようやく理解した。
コハクの父親が故意に殺されたかもしれないと感じた瞬間、竜族としての血が怒り狂ったのだと察した。
自分にもこんな感情があるのだと、初めて知った瞬間だった。
「おい、貴様たち。今ここで正直に話さねば――命はないぞ」
「「なっ……!」」
ライオネル王の静かな声が、部屋の空気を一瞬で凍らせた。
怒鳴り声ではない。
ただ淡々と告げられたその言葉に、エドたちは息を呑む。
エリックさんが眉をひそめ、ライオネル王へ進言した。
「ライオネル王、これはもうリアム陛下も呼ばれた方が……」
「いや。今は我々の問題だ。
すべて聞いてからでも遅くはなかろう」
「御意。
――さぁ、お前たち、正直に話すんだ。
王の御前で虚偽を述べればどうなるか、分かっているな」
「お、王って……さっきから言ってるけど……どういう……」
「口答えするな! いいから全て話せ!」
「ひぃっ……!」
ここまで来たら、本来ならリアム陛下にも伝えるべき案件だ。
だが、ライオネル王はそれを制した。
その手はギュッと握られ、わずかに震えている。
怒りを必死に抑えているのが分かった。
(ああ……ライオネル王も怒ってるんだ)
胸が痛むほど、その怒りは静かで深かった。
「……あ、あの日は現地に出向いたけど、邪竜の姿はどこにもなかった。
けど、手ぶらで帰るわけにはいかないだろ?
だから、しばらく待ったあと、少しだけ場所を移動してみたんだ。
そしたら……いたんだよ。すやすや眠る、老いぼれた竜が」
「……」
「すぐに邪竜じゃないと分かった。
顔に傷もないし、弱っていたし……
でも、幸いなことに邪竜と色が瓜二つだって気づいたんだ。
だったら――その竜を討伐して頭以外を持ち帰っても、バレないだろうって……
そんな“悪魔のささやき”が……聞こえたんだよ……」
エドの口から語られた真実は、あまりにも身勝手で、吐き気がするほど醜かった。
Sランクパーティの誇りのためか。名誉のためか。それとも――ただの保身か。
「それで……殺したのか。家族のある、心優しき竜を」
「知らなかったんだよ!家族がいるとか、そんなこと!
報酬を得るためには……やるしかなかったんだ!」
「何がやるしかなかっただよ……
それで、頭部は本当に、粉砕したのか?」
「……頭は深い穴を掘って埋めたよ」
「そう、か。
…………大好きだったのにな。最低だな、俺の元仲間は」
「……っ」
絞り出すように吐いた言葉に、エドたちは誰一人として返す言葉を持たなかった。
沈黙が、重く、痛く、部屋に広がっていた。
「ライオネル王」
「ああ……そうだな。頼む」
「御意。――これよりお前たちを拘束する。
理由は……言わなくても分かるな?」
しばらくの沈黙のあと、エリックさんがライオネル王へ一言だけ確認を入れた。
ライオネル王が静かに頷くと、その合図を受けた騎士たちが一斉にエドたちを取り囲む。
「な、ちょっと待ってくださいっ! 悪気はなかったわ!
それに、たかだか竜1匹で、どうして私たちが拘束されなきゃいけないの?!」
「リンとやら。何故分からぬ?
リアム、並びに王家に虚偽の報告をした。
そして――罪なき命を弄んだ。他に何が必要だ?」
「……だからっ! あんたは何なのよ?!
なんであんたなんかにそんなこと言われなきゃいけないのよ!」
エドたちが言葉を失う中、リンだけは最後まで抵抗し、ライオネル王に噛みつくように反発した。
その瞬間、側にいたラリッサが涙を浮かべながら叫んだ。
「やめてリン! これ以上罪を重くしないでよっ!
……こんなパーティ……
オリオンが抜けた時に、私も抜ければよかった……
最低よ……!」
「お、俺もっすかね……
まだ入ったばっかですし、竜の討伐には参加してないっすけど……」
「お前が加入する前の話だな。
罪には問われないと思うが……しばらく拘束させてもらう」
「……ですよね」
今、目の前で何が起きているのだろう。
かつて俺を拾ってくれた仲間。憧れを抱いていた仲間。
一緒に笑って、一緒に戦った仲間。
その彼らが――
今、騎士たちに拘束され、連れて行かれている。情けなくて、悔しくて、悲しくて。
胸の奥がぐしゃぐしゃになって、言葉にならなかった。
気づけば、頬を一粒の涙が静かに伝っていた――




