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23 最期の花畑



 コキュートスの花が鼻先をくすぐる。

 一面が花で彩られた丘は、追悼に相応しい場所だった。


「レテ!」


「…………騎士」


 振り返ると、額から汗を流す騎士がいた。

 こんなにも乱れた騎士は珍しい。

 基本的に今までは、私が焦らされる方だったから。


「何をする気だ」


 睨んでくる目は恐くない。

 その瞳が、恐怖と不安で揺れているからだろう。


「懺悔を、聞いてくれる?」


 私は、騎士の返事を待たずに話し出した。


「私は、この世界の人間じゃない」


 騎士は一瞬だけ目を見開いた。

 しかし、すぐに真剣な顔に戻った。

 流石だ。この程度じゃ動揺はしない。


「世界は循環している」


 突然話が飛んだが、騎士はそのまま耳を傾けている。

 そんな誠実な姿に、笑いそうになった。

 あまりにも、健気で。


「留まってはいけない力も、この世界を循環している」


 宙に舞う花びらを掴む。

 そして、粒子へと変えた。


「私のこの力が、そう」


 騎士は、何かを察したように苦し気な顔をした。


「実は、騎士が神託のせいで追放されたのも私のせいだった」


 騎士の反応が怖くて下を向いた。


 “神託 「黒を纏いし真正の王」”


 あの神託の真の目的。

 それは、この世界のための人柱を創り出すため。

 存在してはいけない「レテ」の力を循環させるため、世界が動いたに過ぎなかった。この世界に神はいない。ただ、()()()がいるだけ。その管理者は、その儀式が円滑に進むように手助けする。


 そう、儀式をさりげなく人柱たちに伝える、みたいな手助けを。


「あの神託は、私がこの世界に現れなかったら下されなかった」


 管理者であるボスは言った。

 私は世界の異物なのだと。

 その異物に「レテ」の力まで宿り、世界が急速に動いたのだと。


「ごめん。騎士が騎士団から追放されたの、私のせい」


 でも、来たくて来たわけじゃない。

 でも、人の人生を滅茶苦茶にしたのも事実だった。


 前を向くと、騎士が静かな目でこちらを見ていた。

 失望も、期待も宿していない目。

 

「最後に、さらに迷惑をかけるけど」


 ———ごめんね。


「…………っ!レテ!!」


 私は、自分の手を握りしめた。

 騎士がこちらに手を伸ばす。


 その手が、届くことはなかった。


 花びらと共に、()()()()()ものが舞う。

 手が空を切り、花畑の上に一つの石がポトリと落ちた。 


「…………ッ」


 震える手で拾った白い石。

 冷たいそれを見つめる。


「騎士殿、その石を首輪に与えるんだ」


「…………管理者」


 『イドラのサーカス』のボスかつ、世界の管理者である者が跪く騎士の前に現れた。


 彼女は隠していたのだろう。

 しかし、騎士は知っていた。

 儀式のことも、管理者のことも。


「君もすべてを知った上で、あの子を見送ったんだろう?」


 握りしめる石には、一切の温かさがない。

 記憶の中にある温かさに、もう二度と触れることはできない。


「王よ、“嘆き”を天に捧げよ」


 手の中にあった石が、首輪へと吸い込まれていく。


 パキッ


 光の首輪がひび割れる。


 パリーンッ


 砕け散った光の破片が宙へ舞い、空へ消えていく。

 一面に咲いていたコキュートスの花も、サラサラと消えていった。

 丘に残ったのは、一人になった人間と世界の管理者だけだった。


 パサ


 気づくと、目の前に見覚えのある黒い外套が落ちていた。

 朦朧とする頭で、それを拾いあげる。


「―――」


 彼女の名を呼ぼうとして、呼べないことに気づく。

 そうだ、あの名は彼女のものではなかった。

 今までずっと、彼女のことを呼んだことはなかったのか。


「それが褒美だよ。黒を纏っていくといい」


 そうか、神託の答えはいつも傍にあったのか。

 フォルセは、彼女の形見を見つめた。


 似合わない外套を纏う彼女が、目を離せなかった。

 最初は悪魔契約をさせるために追っていた。

 途中から、本気で自分の神にしようと決めた。

 そして最後は…………人として彼女を愛した。


 そんな彼女の外套を、奪うために傍にいたのか。


「…………違う」


「それには“忘却”の力が宿っている。よかったね、これで君は騎士団にも戻れる」


「違う」


「その力で地上の王になるといい」


「違う!」


 外套を握りしめ、フォルセは叫んだ。

 なんの感情も浮かべていない世界の管理者。

 彼女のボスであったはずなのに、何の感情も抱いていない。


「返せ」


「無理だよ」


「彼女を返せ」


「名前すら知らないのに、呼び戻せると思ってるの?」


 嘲笑うボスを真っ直ぐ見つめて言った。



「俺と彼女の間には契約がある」



「!」


 親指の腹を噛み、彼女の外套に血を垂らす。


「我が呼びかけに応えよ」


 外套が微かに揺れる。


 召喚の代償である頭痛の襲ってくる。

 ズキズキと痛む頭をおさえ、そのまま呼びかける。


「我が呼びかけに応えよ」


 目から液体が流れる。

 赤色が頬を伝う。


 思い出が脳裏に蘇る。

 彼女の姿は、記憶の中で捕えている。

 痛みがピークを迎え、意識を失いかけた時。



 ドサッ



「あ痛ッ!」



「……………………」


「あーあ、残念」


 管理人が何かを言ったが、耳に入らなかった。

 フォルセの意識は、地面に座り込んでいる女性に向けられていたから。


「え、え?私、生きてる?」


「……………………」


 困惑している彼女にゆっくり近づく。

 そして、抱きしめた。


「うぐッ、くるしい…………!」


 フォルセの腕の中で、彼女が呻く。

 その様子を、ボスは残念そうに見ていた。


「あーあ、君が諦めてくれてたら、今頃彼女は僕のものだったのにな」


 この世界において、契約は絶対である。

 彼女は、この世界で2つの契約に縛られていた。


 一つはフォルセ(騎士)との悪魔契約。

 実際は仮契約の状態だったが、先程土壇場で完成させた。


 もう一つが、ボスとの契約。

 “生涯この「レテ」の力は、『イドラのサーカス』に捧げる”

 「レテ」の力と共に消滅した彼女は、この契約に違反していた。

 『イドラのサーカス』に捧げるべき力を()に捧げたから。

 契約の違反には、罰則が伴う。

 ボスが定めた罰則は、違反者が契約相手に絶対隷従を誓うことだった。


「あと少しで、僕のものだったのになぁ」


 フォルセに絞め殺されかけている彼女を見つめる。

 そんなボスの瞳には、寂しさが宿っていた。





















「待って待って!ちょっ、フォルセ!」


「待たない」


 腰をグイッと捕らえられ、そのまま横抱きにされる。


「わかった!もう逃げません」


「もう遅い」


「ごめんて!」


 コキュートスの花びらが、はらはらと舞う。 

 例の花畑に、私たちは1年越しに訪れていた。


「心配性だな……」


「セティには危機感がない」


「いやいや、私は大人なんですけど?」


 近距離から見つめられ、私はフォルセから目を逸らした。

 そして、話もそらした。


「それにしても、名前呼び慣れてきたね」


 今の私は、「レテ」じゃない。


「セティ」


「はいはい、なんですか」


「セティ」


「なに」


「セティ」


「…………」


 彼はこうして確かめるように私の名前を呼ぶ。

 きっと、以前私が消えた時のことを恐れているのだろう。


 まったく……。

 私はもう何の力もない人間だから、消えるもなにもないのに。


「フォルセ」


「…………」


「私はここにいるよ」


 名前を呼ぶと、彼が甘えるようにおでこをくっつけてきた。

 こつんと額がぶつかり、目と目が合う。


「…………近いよ」


 グイッと顔を押しのける。

 そして、顔を花畑に向けた。


 一面に咲く紫色の花は、甘い蜜の香りを漂わせている。


「そうだ、街に戻ったらあのアイス————」


 騎士の方に振り返りながら、話しかけた。

 しかし、私の言葉が最後まで紡がれることはなかった。


 チュ


 温かいものが唇を塞ぐ。

 頭が真っ白になる。

 しかし、すぐに正気に戻る。


「き……、き……!騎士ぃいいいいーーーー!!!」


 懐かしい叫び声が、花畑に轟いた。


 


 わちゃわちゃと戯れている二人を遠くから見つめる影が2つ。


「ボス、いいのですか」


「うん、今は彼に譲るよ」


 『イドラのサーカス』のボスは、優しく微笑んだ。

 

「隙を窺えばいい」


「略奪ということですね、ボス!」


 尊敬の念を送る従者のオクト。

 その視線を受けながら、ボスは彼らを見守っていた。

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