2 騎士の事情
『で?なんで帰れないんだ』
例の私専用の部屋では、新たな住人のカウンセリングが行なわれていた。
そう、居候の騎士のカウンセリングだ。
「俺は穢れてしまった。だから元の場所には帰れない」
『穢れたって……何が?』
麻薬に侵された体のことを言っているのか。
それとも精神的なことをいっているのか。
でも治療薬を飲ませたし、予後も良好。
もはや完全な健康体といってもいいくらいなのに何を心配しているんだ。
ソファーに座った彼の前に、水の入ったコップを置く。
そして、私は彼の正面にある一人がけのソファーに座った。
「……アンタは水の底にいったことはあるか」
『ない』
テーブルに置いていたコップを手に取り、騎士が意味深なことを言い出す。
これはあれだ。例え話が始まる予兆だ。それもすっごくわかりにくい例えのやつ。
「水底の暗闇に慣れれば、もう水面の光を見ることはできない」
『ふむふむ』
「神が許すのは、定められた法の中だけだ」
『??』
最初の方はわかる気がしたのに、後半で一気にわからなくなった。
『神……。確かお前たちは、女神を崇拝しているんだったな』
アイシュベルグ騎士団———というより表社会で生きている者たちは「慈愛の女神 ユースティティア」を崇拝している。その神の信念は、すべてを受け入れることだったはずだが……。
「主が受け入れるのは、主が定めた法の中にいる者のみ」
『ふむ』
どうやら、潔癖症な女神さまらしい。
聖典に記された者から外れると、守護の対象外になってしまうようだ。
『随分と狭量な神だな』
「…………」
睨みつけてくる騎士に、挑発するように首をかしげる。
刃のような目をしていることから、未だに彼にとってその女神が主神であるようだ。
『いやでもお前……そんなに女神を崇拝しておいて、悪魔の下僕になるのはいいのか』
「?すでに堕ちたのだから、どこまで堕ちようと同じだろう」
『駄目だこの人。早くなんとかしないと』
闇堕ち待ったなしの人材だった。
悪魔という称号をもらってはいるが、私の精神としては人間だ。
流石になけなしの同情心がわく。
『ふんっ、いいだろう』
「?」
『吾輩がお前の穢れとやらを消してやる!』
「いや、下僕にしてくれたらいいだけの話なんだが」
『え、絶対ヤダ』
絶対に嫌だ。
こんな人を下僕にするくらいなら、魔獣を従える方がマシ。
絶対に魔獣の方が言うこと聞いてくれる。
『覚悟するがいい!』
「…………」
怪訝な視線を受けながらも、私は悪魔としての威厳をかけた勝負に出た。
『そうと決まれば、原因の究明が急務だ』
「悪魔なら、人間の心を覗けるんじゃないのか?」
のうのうと水をおかわりして飲んでいる騎士に、チョークを向ける。
『そんな便利なものがあったら、ここに拙僧はいない!』
「そうか」
素直な騎士に肩透かしをくらう。
しかし、気を取り直して黒子に用意してもらった黒板に向かい合う。
『拙者の見解としては、お前の穢れはお前の考え方次第だと考える』
「そうか。だが、さっきから一人称がバラバラなのはどうしてなんだ?」
『気分だ』
「そうか」
時々脱線しつつも、私は騎士の中にある価値観を黒板に書き出していった。
『ううん……』
「…………」
黒板には、「主の教えは絶対」「疑わしきは罰する」「裏切り者には死を」などと中々強烈な価値観が書かれていた。
『ちょっと聞くが、大切な親友や家族が犯罪を犯した時、お前はまず最初に何をする?』
「死をもって償わせる」
『なるほど。怖い』
白黒思考な騎士に恐れおののく。
話を聞いたり弁明の機会を与えたりすることもなく、大切な人でも裁くのか。
……いや、これは騎士という職業柄仕方ないのか。
『じゃあ、子どもがお前の主神以外を信じると言ったらどうする』
「親を処刑し、子どもは神殿で養育する」
『こわすぎ……』
一神教の恐ろしいとこ出てるよ。
八百万の神々も認めてあげようよ……。
しかし、この世界では騎士の感覚が一般的だ。
己が信仰する神以外を信じる者は、“同じ人間”ではないと見なすのだ。
そのため、表社会では「慈愛の女神 ユースティティア」以外を崇拝している人はいない。
(生きずらそう……)
そんな世界であるからだろう。
裏社会に来た理由として、他の神を崇拝するためであることも……。
表社会では、宗教の自由が許されていないのだ。
『そういえば、お前が穢れた理由をはっきり聞いてないな』
「ああ、言ってなかったか」
あっけらかんとしている騎士を見て、「こいつ状況わかってるのか?」と不安になる。
目の前に黒い外套で全身真っ黒かつ不気味なピエロのお面をつけた奴がいるんだぞ?
どう考えても、事案だろう。
騎士の精神状態を疑いながら、彼の言葉に耳を傾ける。
「神殿から悪魔憑きと判決された」
『!?』
悪魔憑き!?
有り得ない!どこからどう見ても普通の人間じゃないか!
騎士が座っているソファーの周りでグルグルと歩き回る。
360度、どの角度から見ても悪魔的な要素はどこにもない。
『な、なんで悪魔が憑いてるって判断されたんだ?』
一通りの観察を終え、さっと部屋の隅に逃げる。
ん?なんで彼から距離をとったのかって?
……自分以外の悪魔を見たことないし、警戒して損はないかなって。
「アンタも悪魔っぽいのに、悪魔が怖いのか」
『うっ、うるさい!質問に答えろ!』
仏頂面に小さな笑みを浮かべている騎士の様子に、私は青筋を立てて催促する。
すると、彼は瞳孔がぼやけた。
「神託だ」
『神託……?』
よくわからないが、信徒たちにとっては大切な神のお告げとやらなのか?
でも、神の言葉一つで人一人の人生を壊すのは流石に…………。
黙り込んでいると、騎士がゆっくりと口を開いた。
「神託は絶対だ」
『………………』
本気でそう言っているのかと、彼の目を見る。
……とても澄んだ目だ。
嘘をついているようにも思えないし、本気で言っているらしい。
『……はあ、わかった』
壁際から離れ、テーブルの上にあるコップを取り上げる。
『しばらくの間、ここにいることを許そう』
「わかった、必ず下僕になってみせる」
『絶対にやめろ』
カラになっていたコップに水を注ぎ、騎士の前に出す。
嬉しそうにそれを受け取る様子は、とても悪魔に魅入られた者には見えなかった。




