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10 神の乗り換えは可能ですか?



「レテ」


『うわっ!』


 耳元から聞こえてきた声で、体が飛び起きる。


 どうやら私は、机の上で寝落ちしてしまったらしい。

 机には大量の資料が散らばっていた。


「夜更かしは体に毒だ」


 誰かがこちらに手を伸ばしてきた。

 そして、私の頬についていた紙をとった。


『ああ、ありがと————う?』


 あれ、今私の傍にいる人って誰?


 重い瞼を無理やり開ける。

 薄暗い部屋に、ぼんやりと人影が浮かぶ。


 透き通るような水色の髪。

 蜜のような琥珀の瞳。

 精悍な輪郭。


『…………騎士!?』


(マズいマズい!資料を仕舞わないと!)


 資料に書かれている内容は全て、騎士を委託する組織候補に関するもの。

 騎士に見られたらマズいものしかない。


 即刻隠さねば……!!


『あっ』


 ペラッと地面に資料が落ちる。

 宙に舞った紙は、騎士の足元に落ちた。


 当然、それを拾う騎士。


『あっ』


「…………」


 騎士は資料を静かに読みこんでいる。

 それを静かに見るしかない私。


 数秒後。


 読み終わったのか、騎士は静かに顔を上げる。

 逆に私は静かに下を向いた。


(え、無理無理。この状況で顔を見れるほどの度胸ないよ?)


 俯いたまま、さり気なく机の方に向く。

 目の前には資料が散らばっている。


 ……これを片付けてさえいれば、こんな極寒の空間にならずに済んだのに。


 死刑宣告を待つ囚人の気分だ。

 

『!』

 

 すると、スッと机の上に両手が現れた。

 どうやら、後ろから覆いかぶさってきているようだ。

 

 ……なんだろう、自分がコロされる前の獲物に思えてきた。


「これは俺のために?」


『…………そ、そうです』


 耳元で囁かれる声は平坦だ。

 そのことがさらに恐怖を煽ってくる。


 これは……回答を間違えれば、待っているのは「死」。


「『天の躯』、『蛇の輪』、『エデンの園』」


『………………』


 読み上げられていく候補たち。

 騎士は机に散らばっている資料を読んでいるようだ。

 エグ気まずい。


「『雷の救済』、『アビスの蔦』、『スパゲソーモンスター教』」


(あ、最後の違う)


 まさか資料にやつが紛れ込んでいたとは。

 あとで絶対に処理しないと……。


 ———いや、果たして私はこれから無事でいられるのか?


「俺を、追い出すつもりか?」


『ちがっ、そうじゃない!』


 悲し気な声に、思わず声を荒げる。

 

 決して追い出そうとしているわけじゃない。

 ただ……人には、それぞれの身の丈にあった()()がある。

 ()()は、生まれおちた瞬間から決まることもあれば、生きていく中で変化することもあるだろう。


(騎士の住処は———ここじゃない)


 アイシュベルグ騎士団を覗いた時、見てしまったのだ。

 彼のことを密かに待っている騎士たちを。

  

 “隊長……どこにいるんですか?”


 “お前はこんな風に終わる人じゃないだろ……?”


 “オレは……オレはこんなの信じねぇ……!”


 それらの吐露は、騎士と同じ末路を辿れるほどの重罪だった。

 それでも、彼らは抑えきれなかったのだろう。

 敬愛する仲間の最期が、神託()()()で決まっていいはずがない。


『私はただ…………騎士に生きてほしい』


 視界には、大きな騎士の手がある。

 この手で剣を握り、積み上げてきた多くのものがあるのだろう。


 悪魔契約は、取り返しのつかない契約。

 契約が成立してしまえば、人でもない、かといって悪魔でもない、()()()()()と成り下がる。———もう二度と、神から目を向けられることはなくなってしまう。


『神を捨てることは……今のあなたにできない』


 振り返ると、至近距離に琥珀色の瞳があった。

 真っ直ぐにこちらを見つめてくる瞳には、何の感情も浮かんでいない。

 とても……とても透明な色。


『私じゃ、救えない』


 騎士が持っていた『悪魔大鑑』という本にこう記述されていた。


 “悪魔を求める人間に共通するのは、誰もが救済を求めていること”


 騎士の救済がなんであれ、私では救えない。

 ———()()ことしか能のない、私の手では。


「レテ、俺はアンタの瞳に()()()()()を見た」


『!?』 


 シオヌの川とは、この世界のどこかにあるとされている聖なる川のこと。女神さえもその場所を知らないとされている川であり、その川の水を飲めば万物を掌握できると言い伝えられている。


 そして「瞳にシオヌの川を見た」という文言は、「あなたを唯一として崇める」という意味をなす。


 つまり、騎士は女神の代わりに私を崇めようとしているのだ。


『……悪いことは言わない。さっさと目のお医者さんのとこに行きなさい!』


「俺は正常だ」


『こんな怪しいピエロ面を女神の代わりにしようとしてる奴が何言ってんだ!』

 

 椅子から立ち上がり、後ろに立っている騎士の胸倉を掴んで揺する。

 されるがままの騎士の顔は……心なしか綻んでる?


 シリアスな空気は霧散していた。


 今日、私が教訓として得たのは———「やるならバレずに完全犯罪」だ。

 途中で計画がバレてしまうと、今日のような騎士のガン詰めにあうことがわかった。

 やるなら、一瞬かつ一気に、だ。


『ほら、もう仕事の時間だ』


 強引に騎士を部屋の外へ押し出す。

 何の抵抗もせず、騎士は部屋の外へ出た。


 想定していた反抗がなく、肩透かしを食らう。

 しかし、ドアを閉める瞬間、騎士の声が聞こえた。

 

「アンタが俺の唯一になってくれるのを待ってる」


 バタンッ


 返事をすることなく、全力でドアを閉じる。


(え、何。本気で私を主神にしようとしてるじゃん?)


 騎士は私を何だと思っているのか。

 私は神でもないし、悪魔でもない!


 ……じゃあ何なんだと言われたら、答えに窮するけど。


 神になるつもりはない私は今後の作戦を立てようと、また机に向かい合った。

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