第92話 招かれざる者
「いやぁ、これほどの施しをしていただき感謝します クネガー様。」
「いやなに、わしは街の復興に尽力している衛兵士の隊長を労っているだけですよ。
ヘムロック隊長。」
クネガーの屋敷に招待され、肉と魚の味に、
また酒に酔って気持ちよくなっているヘムロックと対面しながら、
クネガーは愛想良く応対していた。
肥えた腹の分 顔つきも丸いクネガーが笑みを浮かべると
まるで赤子の笑顔のようにもヘムロックは見えていた。
ヘムロック隊長は最上階の応接室に通され、
自分が彼と同等の貴族と同じ扱いを受けていることで、更に気を良くしていた。
ヘムロック隊長の家柄などは、国の兵士であるので国から認められているが、
彼は今まで、彼自身が貴族から貴族同等の扱いを受けたことはなかった。
「それで、何か頼みでも? 」
普段は頭鎧で隠れているが、苦労がシワとなって染み付いた顔が
酔いで赤みを帯びているヘムロックは、好意的にクネガーへ尋ねた。
労うのであれば、自身以下の兵士たちをも連れて来させるべきだが、
それをクネガーはしていない以上、裏があることは彼もわかっていた。
「いやいや、頼みだなんてそんな……」
「まぁ、今はおいしい食事に酒とで少し酔っているみたいだから、
寝て起きたら クネガー様と食事したことも忘れているかもしれません。」
「……」
ニコニコとした表情のまま両手を前に出して振っていたクネガーは、
ヘムロック隊長のもったいぶった言い方を聞いて、目を細めていた。
「……迷子を捜しておりましてな。」
「……」
ぽつりとつぶやいたクネガーの言葉に、
ヘムロック隊長は内心で
(ほら、やっぱりそうだ。)
と苦笑した。
「髪色の黒い、少女にも見える男なんだが……」
続けて話す彼の言葉を聞き、
ヘムロック隊長は杯を傾け酒を飲みながら、
(黒い髪だと? ……シェンナが前に似たようなことを言っていたな……)
クネガーに表情を悟られないようにしていた。
ヘムロックは、シェンナの直属の隊長であった。
彼は以前、シェンナがどこの誰だかわからない冒険者から
『黒い魔物と黒髪の人物に関して』の話を聞いてきたのを、
街の復興を―― 国からの任務を優先させるために突っぱねていた。
「彼を見つけたら? 」
「彼を見つけたら、屋敷で保護したいのだ。」
それはさておき、ヘムロック隊長は続きを促した。
「保護……髪色が黒とは珍しいですな。」
「あぁ、まぁそうですな。」
ヘムロックは杯に蜂蜜酒を注ぎ、
「彼とはどういう関係で? 」
「……」
次の問に対して無言になったクネガーの様子を見て、
杯を口につけ 傾けた。
「おっと失礼、酔いがまわってきたようだ。」
「飲むのは程々にしておかれたほうがよろしいですな。」
「クネガー様の言われる通りだ。」
すぐに答えられない迷子を捜させるのか と、隊長は思ったが、
笑みを崩さないクネガーに、深く追求することは避けた。
「まぁ……屋敷にいる娘達と関係がある とだけ……」
「ほう、黒だけに『色濃い』わけですな。」
「はははっ! ヘムロック隊長も上手い事を。」
内心してやったりと思ったヘムロックに、
クネガーは調子を合わせて おだてていた。
「冒険者や抱えの者達ではいけないので? 」
「色が周囲に滲むのは好ましくないのですよ。」
「クネガー様こそ上手い事を言われるではありませんか。」
同様に調子を合わせたヘムロックだが、
(色が滲む……どこまでも内密にしておきたいわけか。)
クネガーの腹の内を そういう風に受け取っていた。
「まぁ、我々がここにいるのは、街の復興のためですから。」
「……」
「与えられた任務をこなすことを優先しますよ。」
「ええ、それで構いません。」
そう受け取ってヘムロックは場を濁し、
クネガーは彼の言葉を聞いて、穏やかに そう返していた。
「今度は、指揮下の者達も労うことにしますよ。」
「それは助かります。彼らもさぞ喜ぶでしょう。」
そのやりとりをして、ヘムロック隊長はクネガーの屋敷から出ていった。
「これで良かろう? 」
彼が戻ってこないのを確認してからクネガーは声を掛け、
「ええ、もちろん。」
「……」
どこかに潜んでいたカルミアとフォリアが、彼のそばへとやってきた。
「ついに団員として動くことができたわねぇ。」
「しかし、本当に黒髪の男は生きているのか? 」
「それを確かめるのも、我々に与えられた任務だからねぇ。」
「まぁ良いわ。」
しなだれかかるカルミアのされるままに、
クネガーは彼女と言葉を交わし、
「……ん? 珍しく いないな? 」
「ラティは出掛けてたまま帰ってきてないねぇ。」
彼はこの場にいないラティに気づいて声を掛け、
カルミアは頬に手を当て 軽く心配をしていた。
「……」
フォリアはいつも以上に無表情で、一言も発していなかった。
*
その頃、ラティは困惑していた。
街で肌身につける装飾品の買い物に出掛けたら
その帰り道で男に襲われた。
彼女自身、色を売る仕事をしているし、
常に自分の美を磨いているのもあって
日常的にそういったことに巻き込まれることもあったが、
ラティは偶然助けてくれた男に手を引かれ、街中を走っていた。
表通りを裏通りを、追手から撒くために走らされたが、
「ったく、こんなことになるなんて思ってもなかったよ。」
逐一襲ってきた男が追ってきてないかを確認し、
安全そうだと判断した彼が、汗とため息を吐き捨てて足を止めた。
「こんなに走ったのはひさしぶりじゃないかな~ ははっ。」
背は自分よりも低いが しっかりと握った彼の手は大きく感じられ、
軽く話しているが 自分を安心させるように言っていたのが、彼女には伝わった。
ラティは、彼を知っていた。
背も顔も髪も姿も ラティは知っているし、
以前 出会ったことがあった。
以前と違うことがあるのは、
彼の声は今まで聴いたことがなかったことだった。
「もう、安心して良いと思いますよ……?
店にまで一緒に行くのが一番良いんだろうけど……」
彼はそう言いながら、心配そうに彼女の顔を見つめていた。
ラティは今、どうすれば良いかわからなかった。
彼女の瞳に映る彼の髪は、深い夜のように黒かった。




