第36話 黒
冒険者たちの頭役をしていた男は、
巣より奥の木陰から飛び出してきたソーマが、
村人の一人かと最初は思っていた。
待ってくれ、と叫んで駆け寄ってきた彼の登場に、
他の冒険者たちも村人たちも思わず手を止め、
彼の様子に目を向け意識がいっていた。
役目を果たしているのかわからない頭鎧に、妙な造形の胸鎧、
そして靴のような何かを履いた丸腰の男。
それが頭役の男―― バーントの第一印象であった。
頬についた真新しい一本傷や半ば泣いていそうな彼の表情が、
バーントの胸の内を知らずに打った。
髪色は……火の強い灯りのせいで白にも見えるし、
実際のところ何色かはハッキリ識別できていなかった。
「あぁ? 何を待てってんだよっ!? 」
見張り役の男が苛立ちのままにソーマに声を掛ける一方、
バーントは冷静に大鷲の魔物の姿に目を向けた。
クチバシは一部が欠けてまた砕け、
翼の片方は半分ほどで切り落とされている。
体のあちこちには斬り傷や刺し傷が、
そして村人たちの放った矢が痛々しく刺さったまま、
血を流して地面に横たわっている。
(放っておいても、いずれはそのまま死ぬだろう。)
まだ息があり、目の前に立つ男の後ろ姿を見ているのかもしれないが……
それが、バーントの判断だった。
「も、もうこれ以上、傷つけるのはやめてくれっ!」
「はぁっ!? 」
見張り役の男が驚きのあまり声を上げ、
声を上げずとも バーントも他の全員も、軽く驚き顔を見合わせていた。
「お前 正気か? 魔物に情けをかけるバカがどこにいるっ!? 」
ずんずんと近づく見張りの男に対し、
「だからって、こっ、ここまでやることはないだろうっ!? 」
ソーマは声も足も震えているが、一歩も退く気はなかった。
「魔物は人を襲って食うんだぞっ! お前は食われて死にてぇのかっ!? 」
「そ、それでもっ! 笑いながら剣を振りまわす奴が言うことかっ!?
そのために、森まで焼くのかよっ!! 」
(なんともまぁ優しいことで。……ん? )
見張り役の男との口論を聞いて そう思ったが、
彼の発言にひっかかりを覚えたバーントは、背後を振り向いてギョッとした。
火の棒を高く掲げさせたせいで枝や葉が燃え、森に次々と燃え移っている。
(なぜおれたちに言わないっ!? くそっ、逃げたのかっ!? )
木の幹に立てかけられたり、
投げ出されて放置されている火の棒を見る限り、
あれらを持たせていた村人たちは、
気づいた時点で とっくに逃げていたようだ。
他の冒険者たちも、弓を持たせている村人たちも気づいていない。
先ほどまでの魔物との闘いに気分が高揚し、
冷静さが消えて周りが見えていなかった事実に、
バーントは後悔すら覚えていた。
「おい―― 」
「魔物の味方をするんなら、てめぇも魔物だ! ぶっ殺すぞっ!! 」
バーントが声を掛けようとした時、
頭に血をのぼらせた見張りの男がソーマを蹴とばし、
体勢を崩した彼に さらに近寄って剣を振り上げた。
その瞬間――
*
おれは―― 母鳥を見殺しになんてできなかった!
怖い、死ぬのは怖い……
刃物が、あいつらが。殺意が、悪意が。
おれを殺そうとする奴らの前に出ていくのも、相手にして声を張り上げるのも、
魔物の前に立って、人間の前に立つなんてしたくもなかった!
おれに詰め寄ってきた奴の言う事もわかってるんだ。
本当なら、人間の言い分のが正しいんだ。
おれが今まで『あっち側』だったから。
でも今、おれは『あっち側』にいない。いられない。
昔からおれは――
「魔物の味方をするんなら、てめぇも魔物だ! ぶっ殺すぞっ!! 」
殺意を持って見下ろす男が剣を振り上げた。
―― 助けてっ!!
*
その瞬間―― 魔物の周辺から黒い粒子が
火の煙のように激しく沸き上がった。
沸き上がる範囲は広く、蹴とばされたソーマの姿さえも
黒い煙の向こうに飲み込まれて見えなくなってしまった。
突然のことに剣を振り降ろそうとした見張りの男も慌てて飛び退き、
バーント含めてその場にいた全員が、固唾を飲んでその光景を見つめていた。
「これはいったい……何をしているのっ!? 」
東の方角の木々の間から、一人の少女が飛び出してきた。
裸か下着姿かとも思ったが、
金属特有の照り返しから、どうやらあれが鎧らしい。
かなり軽量化された役目も果たしていないような鎧に、
見たことのある頭鎧。
先ほど見たばかりの頭鎧から、
あの妙な男の仲間だとバーントは察しがついた。
顔立ちの整った少女剣士の後方から、
更に男女が続いて この場へと出てきていた。
(これでは場が混乱するばかりだ。)
それを危惧したバーントは 少女たちの方へと顔を向け、
「我々は村の依頼を受けて魔物の討伐を行っている。
早急にこの場は引いてもらいたい。それから――」
いつ、あの黒いの煙の中から何が出てくるのかを警戒しながら、
「――それと同じ物を頭につけた男はあの中だ。」
親切心から それを告げた。
*
アルテナたちがここへ駆けつけられたのは、
夜には一際目立つ森の火事があったからであり、
また大鷲の魔物の飛び去った方角と同じであったからでもあった。
彼女が現場に辿り着いた時には、
希望と不安がせめぎ合っていた状態でもあった。
その場にいた冒険者たちの中にソーマの姿はなく、未だに姿が見えない。
森の火事も彼らが視線を向けていた黒煙も、
アルテナにとっては不安を煽るものでしかなく、見たくもないものだった。
ソーマを探し出して助ける。それが彼女の今の目的だったから。
―― それと同じ物をつけた男はあの中だ。
彼らの視線の先には地面から湧き上がる黒い煙。
血と汗と、木々の燃える焦げ臭い匂いが、
森の中のひらけた空間に漂っている。
魔物の姿も彼の姿もない。
それはつまり――
「ソーマを殺したのっ!? 」
鞘から剣を抜いたアルテナは、それを言葉にして後悔した。
言ってしまえば、
それが現実だと認めなくてはいけなくなるから。
「そんなっ!? 」
「なっ!? なんてことを……」
シアンやブラウも、アルテナの言葉に動揺を見せた。
「――っ!? 違う、彼は死んではいないっ!! 」
「はっ! 魔物を庇うような奴は死んで当然だろ。」
「お前は黙ってろっ!! 」
冒険者たちを束ねる立場のバーントが否定するのをもう一人が茶化し、
言葉の不謹慎さに彼が怒鳴るも、アルテナは彼らを信じられなかった。
「これは……もしかして、魔力? 」
ソーマの死を信じられずに、
黒煙を眺めていたシアンがぽつりと呟いた。
全員の視線がシアンに向いたため、
シアンはブラウの陰に隠れてしまっていたが。
「黒の魔力……」
ブラウも思う所があるのかぽつりとつぶやき、
「いったい何があったのか、説明してもらえないかね? 」
まとめ役のバーントへと声を掛けた。
その時 巣の方向から、黒い煙を全て吹き飛ばすほどの風が吹いた。
全員がその強い風から身を守るように動いた後、視線を戻すと――
―― 黒い魔物がそこにいた。




