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第35話 悪夢(現実)

 ―― 殺せ殺せ殺せ! ――! ――! ――!



 これは夢だ、夢なんだっ! 



 ―― 死ね死ね死ね! ――! ――! ――!



 お前ら誰なんだよっ!? 暗闇の向こうで わめき叫んでるのは!? 



 自分の姿も見えない、誰の姿もわからない。


 ただ闇の中で呪う、誰ともわからない者達の声だけが、

耳に頭に響いて痛む。


 闇の底から漂い昇るような嫌な感じと

四方八方からの呪詛(じゅそ)の声。

 そして闇の向こうから一瞬 見えたのは――


 自分に向けて、突きつけられる刃――



「―― っ!? 」


 跳ね起きようとして、

顔をモフモフな鳥の腹に埋もれさせて失敗したおれは、

その反動のままに身を寝かせた。


 巣のカサカサ、カラカラとした感触や音が、

先ほどまでの光景を夢だと証明してくれていた。


 物の輪郭(りんかく)だけが朧げにわかる程度の森の夜。


 ここからでは月は見えない、見ることができない。



 悪夢からの寝起きで、まだ目が夜の闇に慣れていないけど、

どうやら鳥の魔物を起こしちゃったみたいだ。

 短く鳴いて、腹の下で寝ていたおれの様子を覗き込んでいるみたいだった。



(ありがとう、なんでもないよ。)


 声に出せないから心の中で そう思うだけにして、

片腕だけ親鳥の腹の下から出して 身体を数回撫でた。


 母鳥は顔を正面に向け、

目を閉じて気持ちよさそうに声を上げているようだ。



 それにしても、あの夢はなんだったんだ―― ?


 数日前から度々見るようになった悪夢のせいで、

おれの生活リズムがガタガタになっている。


 まぁ前の世界でも生活リズムなんて、

あってないようなものだったんだけどさ。


 単調で味気ない生活でも、

今にしてみれば快適ではあったんだなぁ……

 文明は発展して衣食住と色々便利だったし。



 本当に、なんでおれはこの世界に来てしまったんだろう?



 そんな考えが頭に浮かんでいると 母鳥が突然立ち上がり、

翼を広げて声を荒げ、正面のどこかへと威嚇(いかく)し始めた。


 また野生の犬でも出てきたか!?


 おれも咄嗟に親鳥の後ろに隠れるのにも慣れたもんだ。



 そう思ってた おれの視界に飛び込んできたのは――


「大勢で来るからバレてんじゃねぇかっ!! 」

「どどど、どうしましょう!? 」

「うわっ、ま、魔物だぁっ!? 」

「落ち着け!! 火の棒に火を! 弓矢持ちは木陰に隠れて撃て!

おれ達が前に出るから仲間に当てるなよっ!! 」


 ―― 武器を持った冒険者たちと村人たち?


 こいつら、この鳥の魔物を討伐しに来たのか……?



 突然のことに戸惑うけど、同時に希望も見えた。


 ずっと親気取りの魔物と一緒だったから それに合わせていただけで、

彼らに保護してもらって、一刻も早くアルテナたちと合流したかったから。



 この数日間、一緒に過ごした鳥の魔物に思う所がないわけではないけど

おれは人間なんだから――



「魔物が来るぞっ!! 迎え撃つぞっ!! 」

「このデカい魔物(の)を殺(や)ったら、次は黒いヒナ(の)を見つけ出してぶち殺してやるっ!! 」



 ―― え?


 耳を疑った。浮かびそうだった笑みも引きつってしまった。


 巣を飛び出し駆けだす魔物に対して、武器を構えた冒険者たち。

その冒険者の一人の口から出た言葉が、やけに耳にこびりついて離れない。



 人と魔物とが悲鳴と怒号をあげて闘っている中、


 おれは震える体をムリヤリ動かして巣を降り、

彼らに気づかれないように 遠く離れた位置の木陰に隠れることができた。

 そしてそのまま木の幹に背中を預けると 力が抜けてへたり込んでしまった。


 鳥の魔物が勢いで押して彼らを引きつけてくれているから、

巣から冒険者たちまでの距離も遠くなっていた。


 けれど、おれは安心どころか不安を、

希望がすでに絶望に変わっていた。


 魔物の討伐に来ただけで『おれがいることを知らない』ってならわかる。

おれが捕まっているから『おれを助けに来てくれた』ってのもまたわかる。


 おれがいるのを知ってて、いや『おれを殺し』に来た?

あの冒険者、黒いの(おれ)を見つけ出して殺すって言ってたよな……?


 木陰から、恐る恐る顔だけ覗かせた。


 弓を持った村人が木の陰に隠れながら弓を引き、

矢を射ってはまた木陰に隠れる。

 剣や槍、ハンマーみたいな鈍器を持った冒険者たちが交互に、

また同時に襲いかかる。


 彼らの少し離れたところで、

長い持ち手の先端に松明を括り付けて高く掲げる村人たちもいた。


 魔物は巨体を生かして木に体当たりして弓を持った村人を木ごとなぎ倒し、

クチバシや足のカギ爪、翼でもって冒険者たちに対抗していた。



 その戦いを、ただ見ていることしかできなかった。



 それは松明を高く掲げていた村人たちも一緒だったんだろうけど、

いつの間にか松明の火が木の枝や葉に燃え移り、

次々と火が森に広がっていっていた。


 けどこのままじゃ親鳥が不利だ。勝てない。勝てないどころか殺される。


 母鳥が死んだら次(・)は(・)お(・)れ(・)が(・)殺(・)さ(・)れ(・)る(・)。


 あいつらも状況(それ)がわかっていて――

ただ戦って興奮しているだけじゃなくて―― 返り血を浴びて笑ってやがる!



「死ねっ!! 」


 風を切る音とともに村人の放った矢が頬をかすめた。


 おれを狙ったわけじゃない。

まだ魔物が戦っているから、単に魔物に当てられなかっただけだ。


 ……その、はず……だよ、ね……?



「へたくそっ!! 」

「うるせぇ! これだけ大きけりゃ 次は当てれるぜ! 」


 村人たちも、もはや狩りをしているかのような感覚に陥ってるみたいだった。


「この魔物を殺したら、後は黒いヒナ(の)か! 」

「囲んで嬲(なぶ)り殺しだなっ! 」

「はははははっ!! 」


 彼らの嘲笑が目に耳に頭に響く。


 一本一本と放たれた矢が、鳥の魔物の体に刺さって血を流していく。


 親鳥の悲鳴がおれを苛む。



 おれは、おれは人間なのに……



 森は火で焼かれ、暴力の熱狂が目の前で広がっていく。



 おれは何もできず、

親気取りの母鳥すら見殺しにしてしまうのか……?


 頬についた傷に手を当てた。

傷が熱を持ち、触れた手に血がついていた。


 体の震えが止まらない。

立ち上がることも、逃げることもできない。



 殺されるっ!? このままだと おれは奴らに殺されるっ!!


 震えが酷くなる、歯もガチガチとうざったい、

目に涙が滲んでしゃくりあげてしまう、

頭を抱えて身体を丸めて縮こまっても、何も解決には至らない。



 ―― 殺せ殺せ殺せ! ――! ――! ――!



 夢の声が今、頭に響く。



 ―― 死ね死ね死ね! ――! ――! ――!



 親鳥をいたぶる彼らの声が耳に響く。



 あいつらに殺されるのは嫌だ。


 アルテナたちは、まだ助けに来てくれない。


 今おれを助けてくれようとしているのは母鳥だけだ。



 人間に命を狙われ、魔物に守られている。


 おれは、おれは―― !!

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