第34話 任務、使命、依頼
朱色の髪の持つ男マルゼダは、
ドゥチラナカの街より北に離れたノースァーマの街から東への街道の、
少し北へ離れたところにいた。
幾度も人や荷車が行き来するために踏み慣らされ
土が露出している街道から 一歩でも離れると、
そこからはもう草花で生え荒れた地が続き、
すでに夜である今時分では、街道ですら真っ暗闇になっている。
―― はずだった。
「ひぃぃ!? い、命だけは助けてくれっ!! 」
あちこちに五本の火の棒が落ちており、
それを握りしめながら、または手放した状態で息絶えた男達も
散らばった状態で地面に倒れている。
荷車を運ぶ馬たちも絶命しており、
今この場に生きているのは、荷車に背中をぶつけ腰を抜かしている男と、
愛用の剣を片手に立っているマルゼダだけであった。
荷車に載せられていた商品は巨大な卵、いや、魔物の卵だった。
もしもソーマたちがこの魔物の卵を見れば、
ソーマの背負う荷物のカバンと色や大きさが似ていることに気づくだろう。
落ちている火の棒の揺らめく灯りに照らされるのは恐怖に歪む男の顔と、
表情もなくなるほどに怒りがこみ上げているマルゼダの顔。
ドゥチラナカの街で依頼をこなしながら滞在していたマルゼダだったが、
ノースァーマの街で違法な品物を売買している連中がいるとの情報を得たため、
拠点を移して網を張って待ち構えていた。
違法な物とは、薬から人からと様々な物があるが、
魔物の子供や卵の密輸には特に気を付けねばならなかった。
もし魔物の卵や子供がゴルド王がおられるボルレオ城近辺に運び込まれて
そこで孵化、成長すれば大惨事になるし、研究や料理、または殺戮の見世物になど、
他にどんな理由があろうと、魔物の卵や子供の利用を認めるわけにはいかない。
卵の裏取引を嗅ぎつけたマルゼダは取引現場に張り込み、
それを知らずにやってきた者達を、売り手の男のみを生かして
他の全員を始末したのであった。
「おい、どこの巣から盗んできたんだ? 」
飄々とした 普段は陽気なはずのマルゼダの声が
夜の闇に冷たく響く。
「い、言う! 言うよ!! こ、ここから東に進むと村があってさ、
その村から近くの森の中を二日ほど歩くけど、
そこに鳥の魔物が巣を作ってたんだっ!
む、村の連中がなんとかしろって依頼してきたんだよっ!! 」
マルゼダの刺すような声に、
売り手の男が両手を前に視線だけでも手で塞ぎ避けようとしながらも、
恐怖からマルゼダの姿から目が離せなくなっていた。
それを聞いてマルゼダは売り手の男の姿をあらためて見た。
革の生地に要所要所に金属板を貼りつけた鎧、
未だに鞘から抜かれることのない剣。
(冒険者だったか……)
と思うマルゼダだが、同時に彼の姿が情けなく見えた。
「そんなに怯えるなよ。で? この街道を歩いていけば良いんだな? 」
「あ、ああ! そう、そうだよっ! だから――」
「―― 村の連中は密輸しろって『依頼』したのか?」
「っ!? 」
命だけは助かると思った男だがマルゼダの問いに言葉を詰まらせ、
マルゼダは剣を振るい、男に背中を向けて数歩進んだ。
「ぎゃあっ!? 」
マルゼダの後方で男の悲鳴とともに血が空高く噴き出し、
ずるりと荷車にもたれたまま男の体は横に倒れた。
「東か……、こりゃまた遠いなぁ。
だが『一歩が千歩の一歩なり』ってね。」
マルゼダは血糊を払い落として剣を鞘に納めて呟き、魔物の卵や荷車、
死体の処理を済ませることにした。
村にはまだ冒険者の仲間がいるだろうことは予想できていたため、
事が終わり次第駆けつけるつもりのマルゼダであった。
火の棒の火はいつの間にか地面の草花に燃え移っており、
煙がもうもうと月へと昇っていった。
*
流れる雲がわずかに月を遮り、
月明りが窓から建物の中を照らしている。
建物の中は広く、一方向に向かって木製の長椅子が規則正しく並び、
長椅子の向かい側の中央には石像が置かれていた。
内側の壁は白く塗られ、床には赤の絨毯が敷き詰められている。
壁にはロウソク立てがずらりと並べられているが、火はつけられていなかった。
月明りしか光源のない一室の、長椅子の中央の通路には
石像を見上げている男がいた。
男は白い外衣を羽織っており丈が足先まで届いている。
そして顔に見る皺の深さが男の年齢を如実に現していた。
男はため息を吐きながら頭を垂れ、目を閉じ思索に耽ざる得なくなっていた。
――ホルマの街に黒髪の男が現れた。
その情報が伝わってきた時、彼自身も周囲の者達にも動揺が走った。
そう、この老いた男は黒魔導教団に属しており、ここもまた教団の教会であった。
(これは教団内が荒れるな……いや、それ以上に……)
教団に与える影響の大きさを考え、眉間に深く皺が刻まれた。
彼、ローグレー導師は頭を抱えたい衝動に襲われていた。
「邪神ヤクタルチャイルなどと……ヤクターチャ様は
邪神なぞではないというのにっ!! 教団に身を置く者たちですら
あの様では……なんと嘆かわしい……」
苛立ちながら下へと吐き捨て、ローグレーは嘆きながら石像を再び見上げた。
石像は一人の男性を象られており、右手に剣を左手に鍬を携えていた。
髪は塗料で黒く塗られ、顔の部分は輪郭を残すだけで抉り削られていた。
陰や暗さで顔の黒くなった石像に、ローグレーは手を合わせて拝んだ。
そして彼は思い返す――
かつてこの世界にも、カラドナ大陸の各地でも、様々な神がいるとされていた。
そしてその数だけ様々な宗教があって、そして信仰を巡っての争いが起きていた。
魔力も魔物もない時代、
人が神を信じ、神を信じた人達が血を流して殺し合ったという。
そんなある日に、空から魔力が降り注がれた。
神を信じた人々はその光景に不吉さ感じて己の神を頼り、
魔物たちも発生するようになっていき、
大勢の人間が魔物たちに食い殺されていった。
その時期に、ヤクターチャ様を主神として黒魔導教団が創立されたという。
黒とは主神を指し、魔力をもって人々を導く。
それゆえの黒魔導教団であった。
その当時は、まだ他の宗教や信仰は残っており争いは続いていた。
だが次第に他の宗教は廃れていき、ついには、
以前のような宗教戦争が起こらなくなったのだ。
この世界はヤクターチャ様が他の神々を討ち滅ぼしたのだから―― と。
この世界から宗教戦争がなくなったのも同然だった。
そして魔力により人々の身体能力が向上し寿命も延び始め、
魔物という人族共通の敵によって冒険者という立場が作られ
最下層の立場というものがなくなったのだ。
今もなお根強く残っている宗教もあるようだが、
魔力や魔物がいる現状でどう考えているのか……
黒魔導教団も創立時より人員の代替わりが幾度も行われている。
古参の人間はともかく、新参の団員に主神が邪神であることを望む者が増えた。
(罰当たりにも程があろう!! )
教団に入信しない者たちが悪し様に言うのは理解る。
かつて他の宗教を信仰していた者たちが言うのもまた然り。
ヤクターチャ様は魔力と魔物、農業と狩猟、破壊による新生を司る。
魔力の影響は人や動物のみならず植物にも及んでいる。
そのために農作物の収穫も、以前の記録と比べると多くなっているのだ。
その恩恵も知らず理解せず、魔力と魔物、破壊の面しか見ずに、
奴らは邪神と貶しているのだ。
―― 堕ちたる神と――
それを新たに入信する者たちが信じてどうする。と、ローグレーは言いたかった。
破壊による新生を望む古参は古参で、
破壊のみを望む新参は新参で徒党を組むようになり、
ついには教団内で食い違いが起こるようになってきてしまっている。
そんな最中での、あの報告だ。
新参の、邪神であれと望む過激な者たちがどう行動に移るか知れたものではない。
「ヤクターチャ様の名のもとに、魔力よ集いて火へとなれ。」
合わせていた両手を開いて、詠唱と共にローグレーの周囲から
浮かび上がった緑色の粒子が手のひらへと集まり、
火へと変わって手のひらの上で保ち続けていた。
「一刻も早く、なんとかしないと――」
*
「一刻も早く、なんとかしないとっ!! 」
机を両手で叩き身を乗り出して叫ぶ男に、
室内に集められた者たちはザワザワと、隣の者へと相談したりしていた。
騒ぎ立てている男は、
ソーマを大鷲の魔物のヒナと見間違えた見張り役の男だった。
冒険者仲間やその頭役、村の村長や幾人の大人たちが、
この村長の家に集められていた。
「落ち着け、焦るのはわかる。
……まだ、ヒューリーたちが帰ってきてない。」
「そんなのんびりとしたことを言ってられるかっ!? 」
「ぬ……」
冒険者たちをまとめている立場の男が落ち着かせようとするも効果もなく、
その恐怖に駆られている様を見るまでもなく、確かに放ってはおけない事柄であった。
冒険者たちの受けた依頼内容が巣や卵やヒナ、大鷲の魔物の討伐であるからだ。
巣や卵を処理したと思ったらヒナが残っていた。
―― だけなら、さして問題もないのだが。
ちなみにヒューリーとは、
マルゼダが最後に斬り捨てた売り手の男のことである。
「冒険者の皆様……」
「わかっているさ村長。……受けた依頼は終わってないんだからな。」
「……」
「ただ、組んだ奴らが帰ってきてない。頭数が足りるか? って話でな。」
不安そうに冒険者たちを見る村長に、
頭役の男がそう返していた。
(依頼をこなすには、なるべく万全を期したい……)
彼はそう考えていた。
冒険者たちの頭役は考えを巡らせ、
見張り役の男は落ち着かずにソワソワとし、
村長は村人たちと どうするかコソコソと相談した結果、
「話し合った結果、村の若いのを何人か連れて行ってください。ですが――」
「わかっている。火の棒持ちや弓矢での援護に徹してもらおう。」
「それはありがたい……」
意図をきちんと汲んでもらえたようで、村長は安堵の声を漏らした。
「お前も急ぎで疲れただろ。一晩休め、次の朝に出発だ。
村長、それで良いですね?」
「ええ、出発までには集めておきます。」
「……ちっ、わかったよ……」
見張り役の男の落ち着きはまだ取り戻せていなかったが、
頭役の男の言葉と村長の返事に渋々従うことにした。
その場は解散し、頭役の男は建物を出て
なんとなしに空を見上げた。
ぶ厚い雲が月を半分以上も隠しており、
時期に月が見えなくなってしまうだろう。
黒が広がる。
言いようもない不吉な予感を彼も感じていた。




