第32話 子供(ヒナ)
あー、死ぬかと思った……
鳥の魔物の腹の下で、荷物ごと蒸し焼きになる前に、
なんとか荷物を置いて 腹の下から這い出ることができた。
魔物の腹の下で本当に蒸し焼きになるかどうかなんてわからないし、
試したくもないけど、自分が思ってた以上にこの鳥の腹って、
モフモフムニムニしていて這い出るのは簡単だったし、
どうせなら鳥の腹を飽きるまで触っていたくもなるけど、
そうも言ってられなかった。
なにせ魔物ってのは気性が荒くて襲い掛かってくるのばかりらしいし、
巣を荒らされ子供をなくしたばかりの親鳥が、
人間のおれを見てどういう反応するのかもわからないしな。
巣を荒らしたのが本当に人間かどうかも、実
際のところわからないけどさ。
さて……アルテナには悪いけど荷物は取り戻せそうにないし、
おれはこっそり、巣から逃げ出させてもらおうかな……
巣は地面に接地しているから、
巣から降りたらすぐに森の中に身を隠そう。
魔物も卵を温めてるつもりだろうし、
すぐには荷物のことも気づかないだろ……
物音を立てないようにそろりそろり……って、カサカサ音鳴るなぁ……
魔物は……動く気配はなさそうだ。
そーっとそーっと……
後ちょっとで巣から降りれるところまで来たけど、
念のため魔物の様子でも見ておくか。
そう思い至って振り向いてみた。
魔物とバッチリ目が合った。というか今まで ずっと見られてた!?
這い出る方向間違えたーー!?
全身に冷や汗がタラタラと流れていく。
「逃げないとっ――!? 」
慌てて逃げようと思ったら、
目の前を魔物の翼で塞がれてしまった!
巣の端が翼でベキベキと音を立てて 押し折られている。
あの魔物怒ってるのか!?
そう思って もう一度魔物のほうへと振り向いてしまった。
……、……、……わからねぇ……
魔物の顔を見たけど、動物だからか表情なんて全然わからない……
だめだ、もう死ぬかもしれない……
長いようで短い人生だったなぁ……
おれにはどうしようもなくて、もう諦めの気持ちでいたら、
進行方向を塞いでいた翼でずりずりと引き寄せられ、
気が付いたら魔物に頬ずりされていた。って、え? なんで?
改めて魔物の顔を見る。
魔物は一声鳴いて、瞼を閉じて頬ずりを続けている。
あ、コイツ……もしかしておれが、
ヒナだと勘違いしているんじゃないか?
おれはサンバイザーもどきの額当てを軽く撫でた。
これがクチバシにでも思ったんだろう。
頬ずりに満足した魔物が、
用済みとばかりに腹の下にあった荷物を巣の外へ蹴り飛ばしたのを見て、
おれはその考えが正しかったとわかった。
と、同時に、巣から逃げ出せない可能性が
かなり濃厚になったことに、ため息が出た。
巣を荒らされ子を失った親鳥が 二度も子や巣を失うようなことなんて、
もしおれだったら絶対に避けようとするだろうから。
一応の身の安全はなんとかなったみたいだけど、
これからどうなるかはわからない。
アルテナ、ブラウさん、シアンさん、
早く助けに来てくれないかなぁ……
*
(あの魔物、帰ってきたと思ったら子供を隠してやがった!? )
巣から遠く、森の木々の間から気配を隠して男が魔物を観察していた。
この男とその仲間は冒険者で、
巣を壊したのも彼らの仕業だった。
大鷲の魔物の巣は、彼らの滞在する村から
二日ほどかかる距離しか離れておらず、
村の者達にしてみれば 二日ほどの距離しか離れていないところに
魔物が巣を作り、卵を産んで繁殖されるのは恐怖でしかなかった。
さらには魔物の存在のせいで、
野犬や猪などの野生生物が村に流れてくる始末。
村だけでなく近隣の生態系にも影響が出るのを危惧した者たちが、
彼ら冒険者に依頼したのが『魔物とその子供、巣の破壊』であった。
冒険者たちは巣を壊し卵を壊したが、
親である魔物はエサ取りで離れており、
親の魔物はどういう状況で討伐しようかと仲間内で相談した結果、
壊れた巣に帰ってきた直後は避けて、様子を見て寝静まった頃とした。
依頼遂行の証として巣の一部と魔物の卵を一個持ち帰り、
それを売りさばきながら魔物討伐に万全を期すつもりでいたからだ。
この男、卵の売買に関しては、仲間にも秘密にしていた。
今頃は、密かに通じていた仲間たちが商売をしているかもしれなかった。
観察していた男は見張りをかって出て、ずっと待っていたのだった。
魔物が帰ってくるまでの間が長く、
することもなかった男はついウトウトとしてしまい、
気づいた時には魔物が巣に戻ってきた後であったが。
男は嬉しそうに頬ずりをしている魔物を見て、
背筋がゾッとする思いで踵を返し、
村へと急ぎ駆けだしていった。
(魔物が、とんでもない化け物を産んでやがった!! )
あれを見た時、男は鳥の魔物以上に恐怖を感じた。
男の目は見開き、歯がかみ合わずガチガチと鳴り、
走りながらも体は恐怖で震えている。
最初は何が巣にいるのかが見えなかった。
鳥の魔物が巣を壊し、あれに頬ずりをするのを見て、
男の目にはハッキリと見えた。
不吉な緑色の羽毛の大鷲の魔物が、
更に不吉な黒色の毛をしたヒナを愛でていた――!!
大きさも他の魔物のヒナと同じくらい、
いや、それ以上になるだろう――!!
「はっ、早く村のみんなに知らせないとっ!! 」
恐怖に駆られた男が村へたどり着くには、
まだ当分 時間がかかりそうであった。




