MR-085「英雄の帰還」
その戦いの日々はかつて、天使たちが国内に大量にいたころを思い出すような戦いだった。どこにいるかわからない相手を放っておくわけにはいかないという、手探りが続くという点で……。俺が冒険者達をまとめて雇ってから数日、ついに国境沿いの軍勢が動き出した。それに対してアースディアの兵士達も組織的に当然のように反撃を始めた。
序盤はこちら側有利で進んだ。なにせ、相手は前進してくるばかりで、こちらを見つけるなり抑揚のない叫び声を上げながらも突撃してくるだけなのだ。その手には武器があるものの、矢を放つ様子は全くない。戸惑いながらも、多くがアースディア兵の放つ矢に貫かれ、転がり、そして死んでいった……はずだ。
「ひるむ様子は無し……か。面倒だな」
軍からは今のところ支援要請は来ていない。こちらからは冒険者をまとめ上げてある、とは伝えてあるが果たしてどう判断するか見物ではある。プライドよりも命を取るか、まだ大丈夫と油断するか……まあ、後者の場合はそうなる前に介入予定ではある。
「アンゼルムさんよう……俺たちもやらなくて本当にいいのかい?」
「ああ。最悪、全部軍が倒したとしても残りの金は払うぞ、約束する」
稼ぎ時のはずなのに動かないようにという指示を俺が出しているのもあり、中にはウズウズしてる奴もいることだろうことは予想がつく。だが、今はまだその時ではない。必要な時に必要な分の戦力をぶつける、そのために集まってもらっているのだ。
(今回来るかどうかは……賭けか?)
今日で東国の兵士らしき集団は4回目、いずれも百人規模ではあるが後続はすぐに来ないし、天使の姿も無い。果たしてどうなるか、そう悩みも産まれた時だ。
睨んでいた東側の空に、いつかのような光の柱が立ち並んだ。その数は……100は超えていそうだ。1本1本は太くないが、その数だけ奴らがいる……そう感じさせた。
「来るぞ! 羽根付共が! 奴らに操られた哀れな兵士達を救ってやれ!」
多くの冒険者が同じ光の柱を目撃していたためか、俺の叫びはすぐに伝わった。街に待機していた冒険者たちが事前の打ち合わせ通りに、それぞれ10人ほどの集団を作って街の外に集まる。
その中を、視線を集めながらゆっくりと俺は歩く。まったく、こうやって目立つのが好きじゃなくて、英雄ではない自分が見てほしくて……だから逃げ出したというのに、こうしてまた、表舞台に立っている。
そのことが自分のことながらひどく滑稽に思え、顔に自嘲気味な笑みが浮かぶのがわかる。見る者にとっては余裕の笑みと思われるかもしれないな……駆け寄ってきた例外を除いて。
「おじ様! 私達も行けるわ!」
「ああ。皆で、勝ち取ろう」
エルナは俺の後ろ向きな思考を時々鋭すぎる何かで感じ取るからな。向かい合ってるときはしっかりしないといけない。幸い、戦争という熱が彼女から冷静さを少しばかり奪っているのか今は気付かれた様子はない。
婆さんは別の場所でにらみを利かせているだろうから、今は見えなくても問題ない。
「それぞれの未来と稼ぎのために!」
隕鉄剣を空に掲げ、わかりやすく霊力で光らせてやるとそれはどよめきとなって周囲に広がり、ついには歓声めいた叫びに変わる。これまで半信半疑だった奴らも、今ここに、隕鉄剣を振るう英雄、アンゼルムが本当に戻ってきたのだと実感したのだ。
そして、既に戦いを始めている軍を追いかけるようにして冒険者たちの集団は駆け出した。この中のどれだけが後で金を受け取れるか、それは俺にもわからない。だが、戦場に連れ出した以上は1人でも多く、無事に帰らせるのが俺の役目と言えるだろう。
「エルナ、今回は引っ込んでいてもよかったんだぞ」
「戦争、だもんね。ね、おじ様」
どうした?と横を向いた俺の視界に、エルナの顔が目いっぱい広がった。飛びついてきた彼女を思わず抱え、それでも小走りのままだった自分を褒めてほしいぐらいだ。そのままわずかな水音と共に彼女は顔を離し、俺の首に手を回して抱えられたままで見つめて来た。
「私はあの日、おじ様に対価を払う契約をしたの。なんでもするから、一生お世話しますから……だから助けてって」
それはかつての契約。天使に襲われたエルナの故郷を取り返すために必要な依頼金の支払いの話だ。天使との戦いは金がかかる。それは普通の村には容易に払えるはずもない金額だった。だから彼女は己自身を契約の対価としようとしたのだ。実際にはエルナ自身を連れ出すことで相殺としたつもり……だった。だが彼女にとってはそれでは納得がいかなかったのだろう。それを旅の間、ずっと抱えてきたのだ。
「だから、いいの。おじ様が邪魔だと思うまで一緒にいて、恩を返したいの」
「……馬鹿野郎、お前が死んだら誰が呪いを解くんだよ。生きろ、後のことはそれからだ」
手元に置いておきたいが危険に飛び込むことになる。そんな矛盾を抱えた関係の旅も思い返せば結構長い物となっていた。時に娘がいたらこんな風だろうか、と思う日々もあれば、いつかの仲間を思い出し一人心を痛めた夜もあった。
それでも共通しているのは、エルナは大事な相手だということ。これがどう呼ぶ感情なのかは既にわかっている。だが、俺がそれを口にしていい物かどうかは、今もわからない。
「見えて来た。降ろすぞ」
「うん。おじ様、勝ちましょうね」
再び自分の足で駆け出すエルナの言葉に、俺は今度こそ笑みを顔に浮かべた。もしかしたら声も漏れていたかもしれない。勝つ? ああ、勝つとも。事実、俺はこれまで……あいつらに一度も負けてはいない。
「その目で見ていろ。俺達が、どれだけ天使たちの天敵かということをな!」
横に広がり始めた軍の中を突き進むようにして、冒険者の集団は敵の……ついにやってきた天使と人間の兵士という混成軍団に接触した。
「悪いが、返してもらうぞ……俺が戦場に忘れて来た過去を!」
その叫びは、騒々しい戦場において、妙に響いた気がした。
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