MR-084「寄り添う力」
国境沿いに東国の軍勢来たる。その一報はちょうど俺たちが旅立ってすぐのことだったらしい。あの廃墟を放っておいてもろくなことにはならなかっただろうから、先に不安の芽は潰せたと思うほかないだろう。
「既にいるだけでも数百人規模、か。しかもまだ増えそうと来たもんだ」
「らしいねえ。けれども、これまでに目撃されていたような相手と似たようなもんらしいよ」
つまりは、洗脳されたかのように動きの単調なよくわからない相手、ということらしかった。現に先遣隊としてこちらに進軍してきた相手はあっさりと倒されてしまったのだとか。溶けることもなく、蘇ってくるでもなく、そのままの死体を回収することもなく、後続は無かったとのこと。
不気味に思い、探索を行った結果……国境沿いに軍勢を見かけたというのだ。遠目にしか見れず詳細はわからないが、ひどく感情を感じない集団だったとのこと。
「軍人さんはたくさん集まって来てるのね」
「国内は比較的安定してるからな。遊ばせておくわけにもいかないんだろう」
前々からゆっくりとだがこの地方には兵士が移動されていた。それがついに、この街に一気に集まってきたのだ。にわかに沸き立つ戦争の空気。だが、婆さんの夢がこの時期のことであれば、相手の軍勢には天使が混ざり、さらに人数ももっと多いだろうと思われた。
「本隊がいつ来るかだな……明日来るのか一月後か……だが国境沿いの軍勢にまだ天使がいないのが気になるな」
「でも羽根がはえてるもんね。急に来たっておかしくないわ」
エルナの言うように、奴らは歩きではなく飛んでくる。今いないからと安心できないのは間違いない。問題は東国の兵士たちがどれぐらい奴らの影響下にあるかだ。前線に出て来てる奴らはもう無理として、全てが影響下にあるとは……考えたくはないな。
仮に国ごと落ちたとすると、英雄たちの配置も考え直す必要があるだろう。本人達が望む望まないに関わらず……だが英雄と言っても色んな奴がいる。それに、多少器用に動いたところで真反対には行けやしない。
英雄以外の、天使に対抗する戦力を確保しておく必要がある。ずっとではなく、今この瞬間の相手をしのぐために、だ。
「……ちょっとばかし、冒険者どもを蹴り飛ばしに行ってくるか」
「え? おじ様!?」
「お待ち」
徐にそういって立ち上がった俺にかかる声。婆さんに振り向けば、俺がそうしているように影袋の術の中に手を突っ込み……大きな布袋の口だけを向けて来た。これはこっちも同じような物を出せという合図だ。婆さんは俺が今から何をしようというのかなんとなく察しがついたんだろう。
「え? え? 何この音……嘘……」
影袋の中には上下も左右も無いらしい。だからこうしてつなげることで横につながってるというのにどちらかを下という扱いに出来る。そうして布袋との間に響く音。それは……無数の金属音だった。しばらくしてその音も弱まる。まったく、婆さんもどこまでため込んでるのやら。これもあくまで一部だろうな。
「お使いを頼むよ、アン坊」
「ああ。足が生えて逃げ出さないような奴だといいな。婆さん、アンタの子供と孫たちの未来、買ってくるぜ」
まだ戸惑ったままのエルナを一応引き連れ、俺は宿を出ると……冒険者たちがたむろする酒場の1つに向かった。街は戸惑いと、近くに感じる戦争への驚きが満ちていた。だが逃げ出す者はほとんどいない。皆、ここから逃げてもどこに行くのか、ということなのだろうか?
あるいは、国がしのぎ切ると信じているのかもしれない。果たしてそのどちらかは……わからんな。
外からでもわかる賑わいは、この街から逃げるかどうかといった話ばかりだ。稼げることは稼げるだろうが、兵士と一緒にというのは遠慮がある……その気持ちもわからんでもない。
「いらっしゃい。何にする? それとも仕事を頼みたいのか?」
「仕事を頼みたい」
ならばこちらに内容の記載を……と出された紙の上に、どちゃりと音を立てて俺は布袋の1つを置いた。その重量感、聞こえた音に男の手が止まる。
俺はその間に布袋の口を広げ、中身を男に見せた。灯りに反射し光を放つそれは、全てが金貨である。相手の男も厄介具合に察しはつきながらも信じきれない話だろう。これだけの金貨を見せ金として何を依頼しようというのか、俺を探るようなまなざしがささる。
それに真っすぐと見つめ返し、口を開いた。
「1人でも冒険者を雇いたい。仕事の内容は、東国から来る酔っ払いどもの討伐。前金に1人頭これだけ出す。追加で戦えるならさらに出そう」
「……正気か? いや、アンタがやる必要がどこにある?」
俺が提示した金額は、いつかのエルナの村を助けた金額より1人頭の金額がはるかに多いと言えばわかるだろうか。ただまあ、出し過ぎかどうかは俺が決めることだ。どうせあの世に金は持っていけないのだ。
それに、ここでこの街が飲み込まれれば、ここから国の崩壊が始まる、そんな予感があった。人間を使徒以外の形で使うことを覚えた天使の厄介さは、経験した者にしかわからないだろう。
「敢えて言うなら……俺のわがままだな。第一、これぐらい出さないと逃げるような奴の決意を切り替えるには足りないだろう?」
後半は敢えて大きく、室内の全員に聞こえるような声にした。聞き耳を立てていた中の何人かは顔をしかめる。幾人かは、俺の提示した金額を聞いたのだろう……既に浮足立っている。
そこで俺は固まったままのエルナを尻目に、冒険者連中に振り返った。若い奴、歳を食った奴、様々だが……金に命をかけてきてる連中なのは間違いない。だからこそ、俺は奴らに宣言した。
「前金だけもらって逃げても構わないぞ。俺は戦ってくれるかもしれないという可能性を買うんだ。もちろん、金の狐神を寂しがらせて嫌われたいような奴はいないと思うがな!」
世の中の金は狐姿の神様が化けており、寂しがりやだから減るとさらに減り、たくさんあるところに向かう、そんな昔流行った冗談を引き合いに出すと、比較的歳のいった冒険者たちが皆笑い出す。わからないのは若い奴らばかりだ。そんな奴らも、実際に俺が手のひらに前金分をすくって見せると表情が変わる。
後の世に、史上最大の傭兵団、そして歴史上類を見ないほど高くついた傭兵団として名を残した冒険者の集まりが形作られた瞬間であった。
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