MR-083「戦いの狼煙」
斬れる相手は怖くない、俺は常々そう思っている。逆に言えば、斬れない相手は出来れば相手はしたくないものだ。けれども、相手をしないわけにはいかない状況も……世の中にはある。
「ちっ、またか!」
「こっちもです!」
廃墟を占拠していた、人間を模した何者かの焼けた跡、漂う煙やら諸々が集まった人影は大きな物だった。見上げるほどに、とまではいかないが大柄にもほどがあるような大きさだ。向こう側が透けて見えるほどの状態で、明確な殺気を感じた。
襲われれば反撃するのは道理だが、そのための一撃が効いていないとなれば話は変わってくる。俺だけでなく、そばで援護をしてくれるブランシュの繰り出す槍も靄をかき混ぜるかのような結果になっている。
だというのに、そんな相手の攻撃が頬をかすめると、確かな痛みとわずかな流血。向こうは当たりこちらは当たらないとは、なかなかに狂った設定だ。これが演劇なら大不評間違いなしだな。
「エルナ! 火球!」
「わかったわ! みんな、いくわよ!」
剣や槍が駄目なら祈祷術である。大きく間合いを取ったところで、総勢10人以上の術者から放たれた火球が正面で燃え盛った。周囲の瓦礫さえ飲み込む大きな炎だ。普通の魔獣ならこれだけで終わるか、重傷を負うことだろう。だが、俺は見てしまった。火球が当たる直前、異形の周囲に何か膜のような物が産まれるのを。
そして、半ば予想通りに相手は健在であった。
『ヒト……シル……セイアツ……スル!』
「ようやく喋ったかと思えば随分物騒だなあ! 吹き飛んでろ!」
どこに口があるかもわからず、不気味な声のような物が響く。のろのろとこちらに歩いてくる相手を突風で吹き飛ばすことを試みる。例え何かで防御されようと、風の勢いまでは消しきれない。そのまま20歩は後退したところで、右腕に温かさを感じる。振り返ればエルナが離れた場所からでも俺の右腕の呪いを解いたことがわかった。
「色々調べたいところだが、そうも言ってられないな……ここいらで消えてもらおう。おう、お前たちは幸運だぞ。これが出来る奴は国に5人もいるかどうかだ。よく見て置け」
言いながら、まだ日は高いが月の女神に祈りをささげた。これで夜だったら、満月だったら言うことは無いのだがない物ねだりという物だ。それに、この明るさでも問題がないほどには俺は彼の女神を信仰している。
腹の底からあふれ、練られ始める霊力。いつしかそれは回転し、隕鉄剣の切っ先まで霊力で満ちることになった。起き上がった赤い人影は俺の力を感じ取ったようだ。その震えが怯えなのか、何かの怒りなのかはわからない。ただ1つ、確かなのはこれから俺が切りかかるということだ。
「ムーンブレイド……月光よ、滴となりて刃を濡らせ!」
右腕から伸びた月夜のような青い光が隕鉄剣へ絡みつく。俺の腕と隕鉄剣が光で繋がり一体化する。派手な祈祷術は必要ない。俺の斬撃、そしてそこに込められた月光の刃が全てを滅する力となる。これだけの出力で武器と合成するのは至難の業だ。もちろん、成功した結果は驚くほどの威力として返ってくる。
『チカラ……ハイジョ……』
「そうかい。じゃあ、さよならだ」
無造作に見えるほどの歩みで踏み込んだ俺は隕鉄剣を一気に振り抜く。当たる直前、何かの膜が見えた気がしたがそれは隕鉄剣の前に紙を切り裂くかのようにあっさりと崩壊した。そして本体に剣が食い込み……確かな手ごたえと共に相手は両断された。
「赤い天使……か。天使もなりふり構わずといったところか?」
「見事な一撃だったね。ここの探索は行うのかい?」
一応の警戒をしながら、考えを巡らせる。探すのは良いが、どうも嫌な感じがする。ささっとやって戻ったほうがよさそうだ。
入り口付近に固まっている婆さんや術者たちに手を振り、集まってもらう。
「これからいくつかに別れて探索をしてもらう。恐らくもう何もいないとは思うが、油断しないことだ。最初はここに泊まる予定だったが、お前たちもこんな場所で夜を過ごしたくはないだろう? 取って返してとなるが終わり次第街に帰還する」
疲れることが確定の命令になっているのに関わらず、反対の様子はない。それだけここが不気味で、嫌な印象を与えたんだろう。正直、俺も好んでここで寝泊りはしたくはないな。横に走り寄ってくるエルナの背中を軽く叩いて無言で褒めつつ、近くの廃墟へと潜り込む。
「何もないというか、いなくなったままというか……真似はさせてたのに手付かず?」
「きっと再現してたのはこの街の住人ではなかったからだろうな。あっても少々の金品ぐらいか……」
大体は脱出時に持って出ていったものと思われた。建物の外に出て他の面々の報告を聞くもやはり同じような状態だった。結局、ここで何故東国の兵士らしき相手が天使の犠牲になっていたかはわからずじまいであった。
「このあたりを根城にしてたら天使に捕まった……?」
「本当のところはわからないままだけど、そうというしかないかねえ……まったく、面倒な話だよ」
全面的に同意だが、これまでに遭遇した出来事が全部偶然と呼ぶには少々厳しくなってきた。出来ればこんなに波乱に満ちた運命は背負いたくない物だが……どうだろうな。
「よし、戻るぞ!」
一通りの探索を終えた俺たちはそのまま南下し、街へと戻ることにした。行きと同じく歩きの行程。だが、行きと違うのは俺も色々と質問を受けていたということだった。生き残るための術を、多少なりとも身につけてくれたならいいのだが……。
「? おじ様、何か変よ」
そうしてもうすぐ街が見えてくるという頃、エルナの言うとおりにこれから向かう先は何かが変だった。街のあちこちで煙が上がっている。火事の、という感じではない。あれは炊事用の薪の煙……だが、どうしてこんなに一気に使う必要がある? あんなに煙が上がっていると、まるで狼煙のようである。重要なことを伝える必要があるような……まさか!?
自然と速足になり、街に飛び込んだ俺達。そこで兵士を1人捕まえて聞いた話、それは……。
隣国との国境沿いに軍勢が現れたということと、それに対応すべくこちら側も兵士が集まっているということだった。
とてもあっさりと、その日が来たことを俺は感じ取っていた。
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