MR-082「死者使者屍者」
それは、理不尽の塊であった。
廃墟に近づくにつれ、露わになっていく動く輩の姿。途中で、俺は見るのを止めた。もっとはっきり見える距離になってから見るべきだと判断したのだ。半端に拡大した姿ではよくわからないというのが正直なところ。
そして、近づくことが出来た俺たちが見た物は……人と思うほかない、異形。理不尽を悪意とを混ぜて練りこみ、人の形を無理やり取らせたらこうなる、と説明することは出来なくはない……そんな存在だった。
「なんだよ、なんなんだよこいつら!」
「人? ううん、違う!? でもこの姿は!」
口々に動揺に満ちた言葉が飛び交う。それでもまだ誰一人も逃げ出そうという奴がいないのは感心するほかない。若さからくる正義感、なんてものが頭に浮かんだがそれはそれ、だ。引き際を間違えないのならそれで十分だ。
「お前たちに攻め込んでもらおうかと思ったがやめだ。術士は全員こっちに集まって援護に徹してくれ。近接担当は半数がここで護衛、残りは俺の後ろについてこい。ただし、絶対に2人以上で組め、いいな!」
「「はい!!」」
人間、混乱した時や不安な時にははっきりとした指示を出すことである程度落ち着きを取り戻すのはこれまでにも散々経験して来た。だからこそ根拠もないのにそうすれば行けるんだと思わせるような言葉の強さが必要だった。
「婆さん、頼む」
「はいよ。まったく、年寄り使いが荒いねえ。ほれ、お嬢ちゃんはそっちにいきな」
「う、うん」
自分も後方に待機しているつもりだったらしいエルナがクロス婆さんに背中を押され、おずおずといった様子で前に出てくる。他の若い奴らはそれに文句は言わない。これまでの訓練で、エルナが自分達より1つ2つと抜きんでていることを実感しているからだった。本人はその自覚がまだまだ薄いみたいだけどな。
「こんな場所で騒いでるのにこちらを見る様子もなければ向かってくる様子もありませんな。可笑しな事です」
「だな。あいつらは……なんなんだ?」
集団の中で唯一俺と歳が近い戦士の男、ブランシュ。本人曰く好奇心は人一倍だが際立った実力は無いとのこと。ただ、判断と逃げ足だけは早いからこれまで生き残ってきたのだ、なんて言っていたな。そんな奴がまだついてくるのだから目に見えるような危険はあまりないんだろう、今のところは。
警戒をしつつも、全体でまとまってゆっくりと廃墟とうごめく人影へと近づいていく。そして……廃墟跡に入ってしばらく。ようやく動く相手が拡大せずとも観察できるような距離になった時、動きがあった。
「ヴァアアアアアア!」
「ちっ! まともにしゃべるやつじゃないか!」
近場の数体、数人か?がうめき声のような物を叫びながら寝起きのような動きで向かって来た。動きは遅いがその目的は間違いなく、平和的な物ではないだろう。その手にはいつの間にか、こん棒のようなものが握られていた。先ほどまでなかったはずのそれが、どこから来たのか……確かめる前に手が届きそうな距離まで迫っていた。
「まずは足っ!」
まともに生きているようには見えないが、死んでいるようにも見えない相手。首を飛ばすのが確実そうだがまずは移動する術を奪う。軽く踏み込み、怪しい影の数体を足だけを切り捨てる。倒れ込むようにする相手を間合いを離して観察すると……言葉を失った。
「おいおい、冗談だろう?」
「再生……いえ、くっついた?」
「気持ち悪い……こんなの……!」
遠目に見えている後ろの連中のほうが不気味に思ったかもしれない光景。それは倒れ込んだはずの相手がそのまま切られた足を手にし、断面をくっつけると何事もなかったように立ち上がってくる姿だった。壊れた物を直すかのようなその光景に、俺は背筋に嫌な物が走るのを感じた。
立ち上がり、再びこちらにやってくる相手。その顔には表情という物がない。感情という物が無い。そして、体は服のように見えるが服ではなかった。見た目は人間だが、人間ではない。動くからには死者ではない。こちらに何かを伝える使者という訳でもない。よく見れば体のあちこちは腐ったようにぼろぼろで、今にも削げ落ちてきそうな……屍者、そう呼ぶべきように思える相手だった。
「まずいな。下がれ! 距離を取る!」
この状況で婆さんの手を借りて廃墟事吹き飛ばすと何が起こるかわからない気がした。ひとまずは距離を取り、対処法を探ることにした。じりじりと下がり、近づいてきたやつを切り捨て、時には風で廃墟の方へと押し込みながらも観察を続ける。
服がないように見えるのは、木彫りの彫像のように体と服の部分が溶けるように一体化しているからだとわかる。服の下に、肌があるようには思えない姿だったのだ。
「おじ様! たくさん来るわ!」
「まるで廃墟なのに元々住んでいた人数がいるかのようですねえ……ほら、もっと下がりましょう」
何を感じ取ったのか、下がっているうちに周囲に動く相手が増えて来た。その数は脅威の一言で、場合によっては道を埋め尽くしているような人数の場所もあった。こんなものを相手している余裕はない。ここを脱出したとして、その後こいつらを外でどう迎撃するか、そのことを考えながらの後退だった。
そして……街だった場所からそこそこ離れた時、奴らは戻っていった。1人の例外もなく、そうするのが当たり前と言わんばかりに。
「どういうことだ……? 下手に攻撃しにくいな」
「自分の領域を守ってる……の?」
「さすがに情報が足りなさすぎますね。私で良ければ何回か踏み込みますよ? なあに、逃げ足には自信があります」
後ろを振り返れば婆さんは若い連中をなだめている。あちらは大丈夫そうだ。よくわからない相手への混乱、で収まるならそれで何の問題もない。
ブランシュの提案を受け入れ、俺も一緒に再び廃墟へと進む。そしてある程度のところでやはり襲われ、迎撃しながら引いてくるとやはり途中で……ここまでが街だという場所を超えると奴らは戻っていく。さらには、よく見ると何か人間らしい生活をしようとしている感がある。廃墟だから上手くいっていないが、掃除をしようとする物、井戸らしき場所で水を汲もうとする物、様々だ。
「こいつはひょっとするとひょっとするな。婆さん、前にこんなことがなかったか? 天使が村全体を使徒にして、しばらく放っておいたらしい事件。狩りに出ていた猟師が観察を続けた話があったはずだ」
「そんなこともあったねえ。人間のことを知りたかったから放っておいたんじゃないか、なんて学者連中は言ってたね。それと比べると随分進んでるように見えるね。なにせ、使徒は自分では考えない」
実際、声と見た目はひどい物だが動きはこうして観察すると人のそれに近い。実現できているかは別として、だ。
「でもおじ様、この場所の人はみんな逃げたって聞いてるわよ。逃げ遅れた人がいるとしてもあんなにいるはずがないわ」
「そこなんだよな……」
「あ、あの! あっちの背の高い男っぽい奴。ここらじゃない服です!」
若い奴の一人が叫び、思わず彼の方を見、指さす先を改めて確認する。確かに、普通ではなく軍服のように見える……最初は警邏でもしているのかと思ったがどうも違うな。
「前に見たことがあります。あれ、東の軍服じゃないっすか?」
「なるほどな……こっちに潜入していた奴らが天使に捕まったのか? それにしては人数が多いな……そうか、記憶から……引っ張り出したのか。天使らしい話だ」
種がわかればなんてことはない。何かの機会にここに潜入した奴が天使に見つかったということか。どうして天使がいたのか、人数を増やす必要はあったのか、謎は尽きない。
「今のところ天使はいねえな。どこかに行ったのか、それとも……いずれにせよ、放っておくわけにもいかんか。よし、ぎりぎりのところであいつらを倒す。危なくなったら下がって戻らせる。その繰り返しだ」
正直、英雄と呼ばれたこともある身としては卑怯と言えば卑怯だが損害を出していてはダメだ。確実な手段があるならそれを行うべきである。まあ、一番の理由は突入するとめんどくさいなってことなのだが。
そして人間のように見えるのに同じことしかしない動物のような相手を引き寄せては倒し、燃やすという戦いとも言えない戦いが始まる。
不思議なことに、倒しても燃やしても……後には見事なまでに何も残らなかった。死体のような気持のよくない物や、灰になる前の残骸のような物が残ると覚悟していたのだが、何もだ。その代わり、度重なる炎の祈祷術により周囲は熱気と煙、何とも言えない匂いが漂っていた。
「一度打ち方止め! 風で吹き飛ばす!」
いい加減全体的に疲労が見えてきたころ、休息代わりに空気を入れ替えるべく下がらせた。すぐに俺は風を産もうとした。その時だ……漂っていたはずの熱気たちが一か所に集まり始めるのが見えた。
「嫌な感じ……おじ様!」
「アン坊、後ろは任せな!」
「微力ながらお供しますよ」
三者三様、それぞれの警告染みた声。無言で隕鉄剣を構えなおす俺たちの視線の先で、漂っていた諸々が……人影を形作っていった。
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