MR-070「一流の境目」
幸いにもというべきか、それとも不幸にというべきか、ドレイクの情報はあっさりと見つかった。昔放棄された鉱山付近でそれらしい影を見かけたという話が飛び込んできたのだ。肉も好きだが、鉱物も食べるというドレイクらしい住処と言える。
(俺を含めて3人で仕留める、と言った時の顔は見物だったな)
婆さんとエルナのいる宿へと戻りながら、話をしていた酒場の主人の顔を思い出す。普通は10人20人と集めて戦うことが多い相手だ、無理もない。だが逆に言うと人数が多いということは問題もはらむ。連携の問題は元より、相手の攻撃にあたるかもしれない人間が増えるという点でだ。
「爪と牙、尻尾に……ブレスは微妙なところだな」
獣や魔獣にも祈祷術のように不思議な力を持つ存在が確実にいる。魔獣となれば大体は1つぐらいはそういった物を持っていると思っていいだろう。恐ろしい毒であったり、鉄をも切り裂きそうな爪であったり、何を食べても大丈夫な腹だとか、様々だ。
ドレイクはそんな中でも、成長と共にその力も増えていくパターンの魔獣だ。幼いうちは少々鋭い爪、と言ったところだがある程度以上になると体内にため込んだ鉱物を使って火を起こす。見た目は単純にものすごくでかいトカゲだが……。
「戻ったぞ」
「お帰りなさい! どうだった?」
婆さんに編み物でも教わっていたのか、机の上に広げられた毛玉と道具を勢いよく置き、エルナが近寄ってくる。ちらりと婆さんを見ると、真剣な顔で頷きが返ってきた。昔からクロス婆さんはいつもこうだ。基本的にいつでも準備万端、常時戦場というわけではないけれども、世の中どこに何があるかわからないという考えだ。緊張と弛緩を上手く切り替えるための心の置き方なんかは今の俺でもどこまでまねれていることやら。
「南東の鉱山跡に1匹、話があった。明日にでも向かう」
「! いよいよね……射線に立つな、引っ掻き回して拘束と尻尾切り、可能であれば目を潰す、よね?」
「近接しかできない馬鹿なら別にして、エルナになら十分さね」
さっそく準備しておいで、とエルナを部屋に向かわせ……婆さんは俺に向き直る。年長者の顔だ……俺もエルナに同じような顔を出来ているといいのだが、と不意に考えた。そうしてる間にも婆さんはどこからか地図らしきものを取り出し、指先で撫でていく。
その指が止まったのは、俺が先ほど告げた鉱山跡。そう、徒歩にしてみると日にちはかかるが……馬であればそうでもない。そんな距離に、場合によっては災厄と同じ意味を持つドレイクらしき目撃談がある……その意味は大きな物だ。
偶然としか思えないが、そう思うには偶然が多すぎる。
「婆さん、人が魔獣を操り、天使とも交渉する……あり得ると思うか?」
「ありえない。そう断じることは思考の停止だと、散々言ったよアン坊」
力強く言い切るクロス婆さんを見ず、深くソファーに座り込んで天井を見つめた。魔獣は……まだわかる。獣使いというような、独特の文化を持つ集団がいることも話には聞いたことがある。それが一緒に育った結果であるとか、調教の結果であるということであるかや、何らかの怪しい手段によってといった場合であってもまだわかる。
だが……天使と交渉だと? 仮にそれが成功したとして、それはもう人間として生きていると言えるのだろうか? いつ使徒と化すかもしれない状況で、人が生きていけるのだろうか?
気が付けば思考の渦に捕らわれていたようだった。こつんと、額を婆さんの杖で叩かれた。
「悪い癖だね。まずはドレイクを見な」
「そうだな……そうだ。基本的には俺がまともに攻撃せずに一通り動きを見せてから目つぶしの後で交代する。さすがに初見で食われるなんてのは見たくないだろう?」
いつだったか俺がそうされたように、試験としての手順を詰めていく。結局その日はエルナの準備でどたばたとし、翌日に備えて早めに寝ることになった。
そして俺たちは馬を借り、婆さんはエルナの方に同乗となった。一応馬が無くても動けるのだが、人目というのもあるからな。霊力が節約できるに越したことはないという事情もある。
最近はあまり人が行き来しないのか、荒れが目立つ道を進むこと2日。俺たちの前に小高い丘が見えて来た。
「エルナ、あれがそうだ」
「思ったより緑があるわね」
丘の上から見る先には、長年掘られたことで高さを減らした岩山が1つ。それでも横に広い岩山は結構な大きさを誇り、全身を草木に覆われている。人が掘らなくなって久しく、かつては掘り出された土砂の処理をしていたであろう場所も今では草木が生い茂っている。今でも掘ろうと思えば多少は鉱石が得られるためにか、最近掘られた跡がここからでも見ることができる。
「こっちは風下だねえ。じゃ、私は予定通り周囲の警戒をするよ。馬も見ておくよ」
「頼む。エルナ、行くぞ」
緊張した様子の彼女を引きつれ、鉱山跡へと踏み入る。足元に変化は無いというのに、段々とそれらしい場所に入った実感があるからこういう時は面白いのだ。戦場に入った、と言い換えられるかもしれない。ピリリとした肌を刺す感覚。
「おじ様」
「ああ、来たな」
風下にいても、相手はこちらの人間としての気配を感じ取ったらしい。ぽっかりと開いた穴の1つから大柄な影が出てくるのが見えた。大きさは幼体からわずかに成体に近づいた……そんなところか。こちらを見るなり、甲高い声で吠えてくるのがその証拠だ。
そのままこちらにトカゲと同じように走ってくる。巨体故にか遅く感じるが実際の速さは結構な物。予定通りにエルナを下がらせ、俺はドレイクを迎え撃った。
「おらよ!」
今回はエルナのための戦いだ。だからこちらの攻撃は致命傷にならないように、手加減した物になる。それでも挑発としては十分なのかドレイクは俺を見てくるばかりだ。だからそこにさらに攻撃を加えて、相手の意識を向けさせる。
爪、牙、そして尻尾。体当たりや飛び掛かり、一通りの攻撃を見せた後……目の前で太陽の力を借りた目つぶしを放って相手をかく乱した。
「エルナ! よく見ていけ!」
「う、うんっ!」
彼女自身、気が付いていないかもしれないが体術も出来るだけ仕込んだつもりだ。落ち着いて行けば、このドレイク程度なら延々避け続けることが出来るぐらいには……なっているはず。
こっそりと障壁を張りながら、俺はエルナとドレイクの戦いを見守る。
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