MR-067「天使侵食」
いつどんな時も、慌てず騒がず自分を保つ。
生き残る秘訣だと、いつだったか一緒に戦った戦士が言っていた言葉だ。どうやったって無理があるだろうとその時は思ったものだ。世の中、予想外の出来事やどうしようもない出来事が存在してしまう物だから……。
(今になればわかるぜ……そうなるだけの余裕と力を持つのが大事だってことだ)
「動くなよ、エルナ」
「う、うん。おじ様……アレ」
エルナに言われなくてもわかっている。森に隠れ、こっそりと覗き込む先では……多くの魔獣と天使とが死闘を繰り広げていた。街道からは逸れ、物好きな冒険者や開拓者ぐらいしか来ないだろう国境沿いの土地。一応俺たちのいるアースディア側の領土内ではある。
果たして、どちらも人間の敵と言える存在が争う場所を管理したい奴がいるかは別として。
「魔獣が優勢……か。まだ天使の数は多くないようだな」
「すごい、かみ砕いたところが消えて行ってる」
遠くに見える戦いは、数の多い魔獣側がなんとか押し込んでいるといったところか。人間を使徒としてしまう天使であるが、獣や魔獣に対しても似たような力を行使する。その力に負ければ家畜のようになってしまうことを本能的に悟っているのだろうか?
1匹に構っている間に別の魔獣が襲い掛かるという連携に数で劣る天使はほんろうされ始めている。狼型の魔獣、毒草を好んで食べるというポイズナスウルフはそういう狩りが得意な魔獣でもあるからこそだ。他の、単独行動を好むような熊型であれば結末は別になっていただろうことが容易に想像できる。
「街道近くでこれでは、逃げかえるわけだ……」
「抜けた先でも何か起きてないか考えるときっと損するって思う訳よね」
2人でつぶやいているうちに、戦いは終わった。数を大きく減らしながらも勝利したポイズナスウルフたちは遠吠えの後、東国に近い方面へと走り去っていく。どうやら天使の異様な気配を感じ取ってここまでやってきたようだった。
「こんな状況でこっちにちょっかいを出してくる余裕があるのか? わからんな……」
「それだけ追い詰められているか、どうにかする手段があるのかしら……例えば、天使に勝つだけの力がある英雄を手に入れたとか」
言われ、頭に浮かぶのは何人かのかつての仲間たち。誰もが相当数の天使を相手にしても勝利できる実力者たちだ。だからこそ、時に疎まれもした。事情を知らぬ街の人間に化け物扱いをされたことも一度や二度ではない。それでも俺たちは……理解者のためにも戦って来た。中には、北にいるという強力な太陽の加護を授かった少年の顔も浮かぶ。今は良い年した大人だろうがな。
いずれにしても、結構な実力の持ち主だが基本的に共通していることがある。それは、人間同士の戦争なんてまっぴらごめんだということだ。これに関しては、とある島で出会ったサフタですら同じだ。人の言いなりになるのは一番嫌いだと言っていた彼でさえそう思っている。人の気持ちは変わる物。けれどこれに関しては1人として東国に渡ってこんな戦いに関わるやつはいないと信じている。
「その力、国内に向けておけばいい物を……さて、調査を続けるか。正直面倒なことこの上ない状況だが」
「平和なら平和でいいのにね。どうしてもっとを求めるのかしら……」
もし人間がエルナぐらいの欲望で収まっていれば、きっと今の状況は訪れていないだろう。そこそこの望みで満足できる人間だけならば……が、現実はそうではない。少しでも危険があるなら全部無くしてほしいと思う感情が英雄を駆り立て、隣国が次は人間に向かうかもしれないと考えると軍備を整える。少し儲けるともっともっと儲けたいと思う。そんな気持ちが、連鎖する。
「その答えは誰もが知りたくて、誰もが得られないだろうさ。俺も、きっと手に入れることはない」
「ふーん、そんなもの? おじ様がわからないなら私にもきっとわからないから気にしないでおくわ!」
まるで食事のおかずが決まった時のようにあっさりと気持ちを切り替えた様子のエルナ。この切り替えの早さは素直にすごいなと感じるところだ。何年も悩んだりしていた自分がどうなんだ?と思うほどに。見えない向きで苦笑を浮かべつつ、街道沿いの調査を続ける。
やはりというべきか、時折馬車だったであろう残骸が見つかる。馬の死骸は見つからないことを考えると、獣か魔獣あたりが自分たちの領域に引っ張っていったのだろう。奴らは人間がここを通り、いざとなれば反撃する存在だと身をもって知っているからな……。
「……んん?」
馬車だった物を確認していた俺はあることに気が付く。王都のゲルダは国境付近で隊商が襲われたと言っていた。そしてその積み荷はどうにかして流通したとも。だからこそのあの酒だ。では今回はどうか……俺が見た限りでも4回は襲われている。全部が全部天使かどうかはわからないが、不可解な点が1つあるのだ。
「エルナ、近くに木箱の中身は転がっているか?」
「中身? そういえば……何もないわね」
やはりか、そう思いつつも思考を巡らせる。一番あり得て一番あり得ないのが、毎回誰かしらが発見して物資を盗んでいった形。この街道でそうした場合、物を捌くなら遠くまで運ぶか、俺たちが依頼を受けた街でこっそりと売りさばくしかない。だが、そういった幸運は何度も続かない。正確には、買う側が遠慮してしまうのだ。もちろん、裏に入れば不可能ではないだろうが、それにしたって場所が悪すぎる。
(一体何を運んで、何のために……運んでいたのは酒……とも限らんな。後は……!)
羽根。頭に浮かんだのはそれだった。天使の羽根は数自体が多くないはずだった。そもそも、天使本体が滅ぼされれば体は消えていく。その前に散った羽根だけが残るのだ。問答無用の天使を前に、羽根だけむしり取って最後に滅ぼすなんてことをわざわざする人間がいるとも思えない。普通なら、だが。
仮に、仮にだ。天使を弱い状態で降ろすことが出来たとして、周囲を相応の実力者で固めたらどうだ? 量は不明だが、むしり取るだけむしり取ってから滅ぼすことも不可能ではないだろう。では何のために?
その答えは、俺が見てきたはずだった。
「冗談じゃねえ。東の奴ら……本気か?」
「どうしたの、おじ様」
思わず愚痴をこぼした物の、あくまで仮説に仮説を重ねた現時点では俺の妄想でしかない。だが、状況はそれを示しているように見えた。東国が、アースディア国内に天使を呼び込むようなことをして疲弊したところを攻めこもうとしている、なんて話は……。
「エルナ、たまたま干ばつや虫の被害が続いた年があるとする。お前なら次の年にどうする?」
「? 急にどうしたの? んー、でもそうね。放ってはおかないと思うわ。虫に強い奴を育てたり、準備をしたり、ため池を頑張って村総出で作ったり……そのぐらいかしら?」
「問題はたまたまやってきたのにか?」
言いながら、俺はこの問答に面白さも感じていた。基本的にエルナは村娘でしかないが、馬鹿ではない。ちゃんと自分なりに答えを返してくる聡明さを持っているからだった。
今もまた、急な話にも関わらず彼女なりに真剣に答えようとしているのが見える。
「たまたまだから来年は大丈夫……そう思うには被害が大きいし、何もなかったらそれでいいじゃない?」
「そうだな、ああ……そうだ」
何を迷うことがあろうか? 最悪の可能性が見えてきたのならば、それ自体は報告し、頼れる相手に頼ればいい。俺は一人で世界中で戦っているわけではないのだ。力を借りるのは恥ではないと、再び世界に旅立つときに俺は知ったはずだった。
「もう少し調査した後、戻る。最悪の場合は、戦争だ。俺たちは魔獣や天使を相手にすることになるだろうがな」
そう告げた時の、エルナの悲しそうな顔は……俺は一生忘れないだろう。
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