MR-066「組み合わさった破片」
「邪魔するぞ」
「おお、今日も終わったのですね」
「ばっちりよ! 確認してちょうだい」
すっかり顔なじみとなった屋敷の門番に、獲物を入れた布袋を渡すエルナ。今日は大型の相手ではなく、とある木にしか集まらないという甲虫を採取する依頼であった。子供の拳ほどある大きさの、宝石のような光沢を誇るその甲虫は幸運のお守りとしてよく使われていた。とある戦争の際、その効果が偶然の上でだがあたかも実証されたような形となり、各地で乱獲された経緯がある。
(乱獲された……はずなんだがなあ……)
屋敷の主に信頼されているが故か、検品役も兼ねている門番と談笑するエルナを見つつ、物思いにふける。このあたりの土地が異様に肥えており、魔獣や獣、そのほかの動植物も数が多いという話がどこまでも本当のことだと実感してしまう。
うっそうとした森に潜り、かつての経験上甲虫が良そうな場所を探ってすぐに見つかるような状況は間違いなく、異常だ。
単純に考えれば、賑わいの勢いに乗って稼ぐ商人と、冒険者が集まることでさらに賑わいが増し、街は豊かになっていく。そうすれば自然と街に集まる戦力も増え、国境でにらみを利かせる形になると言える。ここは、東端なのだ。この国にちょっかいを出そうとする奴が躊躇しそうなほどの膨れ上がりを見せてしまえばいいわけである。
「そううまくもいかんか」
「? 金額が安かった?」
不安そうに振り返るエルナに首を振り、なんでもないと呟いた。今ここで言ってもどうにかなる話ではないからな。それに、甲虫の買い取り金額には問題はなさそうだった。いささか詰め込み気味だが、エルナも段々と冒険者としての知識、そして何よりも大事な経験を積めていると思っている。
「時間があれば少し聞きたいことがあるんだが」
「この場所で門番をしながらでよければ。私に答えられることがあるかは気になりますがね」
店の方に出ていて、こちらには夜しかほとんどいない主以外の話が聞きたかったところだからちょうどいい。街の住人として、最近の状況への意見を聞きたかったのだ。おかしくはないか、と。質問が曖昧であるから、答えも曖昧な物になる覚悟はしている。
「おかしいところ……私はこの街に産まれ、この街で育ちました。ですから……おかしい、と言えるでしょうね。悪い事ではない、そうは思いますが。上手く行き過ぎているという気持ちが消えませんね」
「上等だ。その話が聞けただけでも十分だよ」
「え? え? どういうことなの? 普通じゃないのはわかるけど……」
戸惑うエルナに笑いながら頷きつつ、買い込んでおいた干し肉を間食代わりに渡す。門番の男は、律儀にも辞退した。しっかり仕事をするところは好感が持てるなっとそれはともかくだ。今渡した干し肉さえ、獣が取れ過ぎて仕方なく保存食に回した分なのである。だからまだ柔らかさが残る美味い物だ。
「普通、中央ほど富んでいて、地方に行くほど貧乏になるもんなんだよ。それには理由がいくつかあるが、一番大きいのは開拓され切っていないから、というのがある。要は土地から稼げないんだ」
「ええ、それはわかるわ。村でも新しい畑を作ろうとしても何年かは上手くいかない時が多いもの。石やら木の根っこやら。だから新しく村を作ろう、なんて時には準備をしっかりして持ち出しになるわよね?」
エルナの言うように、よほどの場合を除いて新しく住む場所を作るというのは相当な苦労が伴う。それでもうまくいくかどうかは賭けだ。人手も、金も集中させにくい地方の田舎なんていうのは常にそういう状態と同じような物だ。例え国境近くで拠点としては大事だとしても、あからさまに規模を大きくしてしまえば相手を刺激するからな。
「今のままでは、この街はすごく美味い狩場なのさ」
「狩場? つまり、隣の国が奪いに来る……」
頷き、門柱にもたれかかりながら少し空を見上げた。どこまでも青い、同じ空だ。視線を戻すと、エルナだけでなく門番まで俺の言葉の続きを待っているようだった。
あくまで俺の推測でしかないが、この土地の豊饒具合にはいくつかの状況が重なったということがあると考えている。当然、天使による物だけではないということだ。実際、天使のいない土地も富んでいるのだから。
「理由はわからんが、神々もここが大事だと感じているんだろう。あるいはこの場所で何かが起こるのを知ったのかもしれない。だから、人間に力をつけてほしいと豊穣を恵んでくれている」
「街からしばらく進んだところに、かつての大戦時の戦場や遺跡がいくつか残っています。まさかそこから?」
天使が戻ってくるのではないか、そう門番は言いたいのだろう。俺はそれを否定できない。無数とも言える天使を仲間と一緒に滅ぼしてきた俺だが、今だに天使たちの降りて来る条件、降りてこられない条件、というのは経験則以外わからない状態なのだ。
「随分と遠回しな支援だが、十分ありうると思っている。もっとも、俺たちだけがそれを信じてもほとんど意味がないんだがな。問題は東国がどう絡んでくるかだ。本当に侵攻してくるかどうかは相手次第だからな」
「戦争……嫌だな。いっぱい人が死んじゃうんでしょう?」
「そうだ……な」
エルナ自身は、小規模ないさかいは知っていても戦争は言葉でしかしらない。最後の大規模な戦争が起きたのは、エルナが産まれる前か産まれた直後ぐらいだろうからだ。それも国境で終わり、領土内はほとんど攻められていないのだ。
「いずれにせよ、一度主に話をしてみてはどうでしょうか? このあたりの兵士への武具の供給も担っております故」
「そうする……か。よし、行くぞ」
「はーい。門番さん、またねっ!」
エルナにとっては門番との会話も面白い物らしい。陽気な挨拶で別れ、街の中央にある店にいるであろう依頼主を訪ねに行く。途中、街の賑わいにさりげなく耳を傾けると、やはり時折……きな臭い話が飛び込んでくる。
東国とは普通の内容の交易までないわけではない。武具になるようなものは制限がかかり、荷物を改められたりするわけだが、全くないという状況ではないのだ。1つ1つは小さなものでも、寄り集まれば1つの大きな物が見えてきた。
客を装いつつ、店に入ると相手はすぐにこちらに気が付いて商談をするような奥へと案内された。他の店と比べても2周りは大きいこの店は、言うなれば雑貨屋だ。規模は全然違うがな。何でも扱うゆえに、どこに火種が紛れ込むかわからない怖い部類でもある。そんな物品たちを捌ききっているのだからその腕がわかるというものだ。
「ここしばらく、東国からの馬車が途絶えた。珍しいことだ。これを機に少しでもお互い儲けようと言っていた相手までもな」
「いきなり聞くには重い話だな……この状況で来るのか……」
エルナにその可能性の話をしたばかりだというのに、本当にそうなるというのだろうか? 冗談を言う相手ではない、そうなると本当のことらしい。が、あくまで馬車の行き来が途絶えたというだけとも言える。
「さすがに国境を越えてほしいとは言えないが、探ってもらえるだろうか?」
「顔の知られていない奴の方がいいってことだな。わかった」
魔獣が出るか羽根付が出るか。出来れば両方というのは勘弁してほしいなと思いつつ、新たな依頼を受けて東へと向かうのだった。
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