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MR-065「感染する信仰」



「おらおら! 近づくとやられるぞ!」


「うわあ!?」


 一見すると正気を保っている人間のそばに天使がいるという初めての状況に、俺もしっかりと手加減できる気がしなかった。だからこそやや大げさに脅し、人間を遠ざけることにしたのだ。普段ならやらないような音を立て、炎を撒き散らかした。無論、変な延焼はしないようにだ。それでもそんな区別は普通には出来ない。


「よう。人間をこんな風に利用するなんて、信仰が変わったのか?」


 通じないとはわかっていても、こちらに迫ってきた異形に向けてそんなことを問いかけていた。彫刻めいた顔に同じく人形のような体。1対の羽根が人間ではないことを証明している。典型的な姿の天使だ。何体も何体も、葬り去ってきた相手。


 無言で、こちらを見る天使たち。途端、何かが頭に襲い掛かってくるのを感じた。天使の得意の心への攻撃だ。一般人がこれを受けると、天使を称賛するようになる危険な物。だが俺には効かない……対策もしっかししているしな。


「おせえ!」


 先頭の1匹がそれに気が付いて手刀を構えるがもう遅い。踏み込み、しっかりと隕鉄剣を振り下ろす。わずかな手ごたえだけを残して、まずは1匹滅びた。最後の瞬間まで、その瞳には自分を疑わない光が感じられた。自分たちが人間に何かされるはずがないという傲慢、それが天使の弱点だ。


 今回の村のようにやり方を変えてくる割に、自分たちが滅ぼされることがあるということは不思議なほどに天使の中に浸透していないように見える。あるいは、認めることができないのかもしれない。自分達という存在が、人間と同等の位置にいるということが。常に上でいなくてはいけないという思いがあるのだとしたら……少しばかり、哀れに思えた。


 別の1匹が両手を突き出すとその手からは光。俺を貫くべく繰り出された光の矢は、半透明な障壁によって弾かれる。他でもない、エルナの仕業だ。振り返るまでもなく、彼女の気配がすぐ後ろに近づいてくる。


「エルナ、祈りは!」


「もう大丈夫みたい。ほら!」


 実のところ、問いかけながらも俺もそれを感じている。俺たちの祈りと、続けていたエルナの祈りによってこの土地の隅の方ではあるが元の神々が戻ってきているのだ。そうなると元々の管理者が戻ってきたような物だ。徐々に領域から天使の影響力を排除していってるように感じた。


 今のところ、出てきている天使は残り4匹。やる気があるのかないのか、連携もあった物ではない。そう時間もかからず、俺たちは天使たちを殲滅することに成功した。後は……この村をどうするかだ。


「なんてことをしてくれたんだ」


「正気か? 天使を信じ続けて無事だと、本当に思っているのか?」


 狂信者とは違う方向で何やら狂っている気がする村人に向けて一応そう言ってみるが、反応は芳しくない。何人かはそのまま地べたに這いつくばるようにして天使への祈りを捧げる始末だ。これ以上は国に対処を任せた方があとくされがないかもしれない、そう考えるほどだった。


「おじ様、これどうしよう?」


「むう……ん?」


 こちらにわめき続ける村人、祈りをどこかに捧げる村人、そんな中に1人の老人が混ざって来た。出てきたのはやや大きな建物……まるで集会所のような……。老人はややどこを見ているのかわからないような顔をしながら、ふらふらと歩いている。


「どこにでも神がいるというのは迷信である。本当の神は天使様の仕える神ただ一柱のみである!」


 その物言いに直感が走った。この男が、最初に天使への祈りを叫び始めた男だと。どう対処したものかと悩んだとき、状況は変化した。村人たちの前で、男の気配が変わったのだ。そのまま地面に膝をついて座り込んだ。


「ちっ」


「アウラ様! 一体……ひっ!?」


 近くにいた男がアウラと呼ばれた老人の顔を覗き込み、悲鳴を上げる。それがその男の最後だった。座り込んだ老人が顔を上げたかと思うと男に飛び掛かり、噛みついたのだ。悲鳴が周囲に広がる中、嚙まれた男は痛みと驚きに染めていた表情を変える。具体的には、無表情という表情へ。使徒に……いや、使徒が感染した? そんな馬鹿な、病気ではないのだ!


「ええい、何が起こってる!」


「みんな! 私の後ろに!」


 それがきっかけだったかのように、老人の出て来た建物から何人かの人影が出てくる。どう見ても使徒だ。顔も表情をなくし、近くの生きている相手を襲おうとしているように感じた。敢えて威力の少ない祈祷術を放ち、そいつらの気を引いた。まだ少数とはいえ、あちこちに散らばれたら面倒なことになるからだ。


「悪いが眠ってもらうぞ!」


 力で言えば天使の何分の1にも満たない使徒。だが一般人にとっては脅威そのものだ。エルナの障壁でこちらに近づけないと言っても、見えない何かにぶつかって無表情にこちらに飛びかかろうとする姿は不気味としか言いようがない。


 後で火葬する手間が省けるとばかりに、俺は炎を産んで彼らを焼き尽くした。念のために奴らがいた場所に近づくが……ほぼ何も残っていない。時間にしてみるとわずかな間に、一見平和な村は騒動に包まれることになった。


「ああ……村長がまさかあんな……」


「あのお爺さん、村長だったの? なんてこと……」


 エルナの嘆きは村人の嘆きでもあった。愚かなことではあるが、実際に目の前に豊作があればなかなかそれを否定して過ごすということは難しい。薄々問題は感じながらも、いざとなれば村長という主犯を差し出せばいい、そう考えていたんだろうな……まったく、本当に怖いのは人間じゃあないのか?と思う瞬間だった。


「俺たちが信じている神々が、優しいことを祈るんだな」


 それだけを言い残して、俺はエルナを引き連れて村を去った。後に残った連中が何をどうするかはわからない。が、俺たちが何かするというのは問題だろう。別世界のように感じた最初と違い、いつもの感覚の道を歩き……元の街道に出る。


「どうしたの、おじ様。そんなに考えこんじゃって」


「ああ……エルナ、使徒はどうやって増えると思う?」


 そう、俺が悩んでいたのは老人にかまれた男が使徒に変わった瞬間の光景だった。人間が使徒に変わるのは、天使による洗脳のような信仰の植え付けの結果……今までの経験上はこうだ。だがあの光景は、天使でなくても使徒が増えるという恐ろしい事実を突きつけてくる。


「どうって……わかんないけど、仲間が欲しいのは誰でも一緒じゃないのかしら?」


「仲間……なるほどな」


 眉をひそめたままのエルナの答えに、思った以上に納得が行っている自分がいた。なるほど、確かにそうだ。であれば……奴らの目的は……。


 問題が1つ片づけば別の問題が出てくる。そんな世の中のお約束を嫌というほど味わいながら、俺たちは帰還した。 




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