MR-063「美味しい毒」
「もう一度、言ってくれるか」
「ああ。依頼は互いに納得ずくのほうがいい結果が出ると昔から決まっている」
そういうことではないのだが、と思いつつも敢えて止めない。エルナのほうは状況に半分もついてきたらいいところだろう。俺も、にわかには信じがたいことを言われたような気がするのだ。
「この異常な豊穣の原因となっているであろう天使の居場所を突き止め、始末してほしい。人々が慣れ切ってしまう前に」
やはり、冗談や聞き違いではなかったようだった。目の前の依頼主、どこかで店でもやっていそうな爺さんは……真面目な顔でそう言い切ったのだ。これで天使を否定せず、神々のどうのとか言われたら狂信者かと思うような内容だった。
この爺さんは、街や周辺で起きている豊作を含めた色々が天使の仕業だと言っているのだ。それがどういう意味か、わからないような男ではないと思うのだが……。
「元々、このあたりは祈りが不足すると実りも減る、そういった土地だった」
「俺も他の地方でだが通ったことがある。住民一丸となって祈り、確かな信仰が確立されていたな」
人間、目の前にその行動による利がぶら下がってきたらなかなかそれに反抗することは難しい。その上、祈ること自体は褒められはすれども、叱られるような物でもないから子供だって幼いころからしつけられれば一緒に祈るようになる。そうして1年に1度の感謝祭ともなればそれはもう、大人数で行う儀式にも匹敵する力を産んだだろう。
それに対して……この土地では天使がその役目を背負っているというのか……? そんな馬鹿なことがあるはずがない!
「天使が豊穣の原因だなんて……そんな馬鹿な話はないわっ! あいつらは……あいつらは! 強制し、奪い、去っていくだけの存在でしょう!?」
「エルナ、落ち着け。こいつらもそれはわかってるさ。だからこそ、依頼してくるんだ。悪い、まだ子供なもんでな」
だって、とまだ言いたそうな彼女の頭を乱暴に撫でてやり、ひとまず気をそらす。力を得て、成長したように見えてもまだ彼女は……若すぎるのだ。俺にも経験がある。真っすぐに、自分の考えを押し通そうとする勢い。それが必要な時もあれば、本来は迂回すべき時もあるのだ。
「私達も同じ気持ちだったよ……だが、調べれば調べるほどそうとしか言えないのだ」
「街で感じた違和感はそれか。教会が小さくて、数も十分ではない、そういうことか?」
頷きが嫌な肯定となった。最初はたまたま通りに無いだけかと思ったのだ。大体の街にはある教会、そこそこ大きいことが常で、街の避難所にもなってることが多い施設だというのにだ。ようやく見かけたのは、この店に入る直前のこじんまりとしたものだ。むしろ配置的には、この男が立てたものと思われた。
「元よりこの土地は、以前の戦で激戦区だった場所。互いに見捨てられた……そう感じる古い住民がいるのも確かなのだ。祈りは引き継がれるもの。大人がそれを引き継ごうと思わなければなかなか……な」
「だが、人の出入りは多少はある。だからこそ教会が無くなることはなかったが十分とは言えない、と。そうなれば祈りも減り、実りも段々と減っていたはず」
そこを変えたのが、天使だというのか。まさか街に堂々とやってきて自分達に信仰を捧げれば実りをもたらそうなどと宣言したという訳ではあるまい。一体どこからその流れになったのか、そう思っていた時に机の上へは麻袋が二袋。片方はもう片方の3倍以上は膨らんでいる。
「これがとある畑でのおととしと去年の収穫の一例だ。出来の良し悪しを見るのに納めてもらっている」
「嘘でしょ……こんなに違うなら、みんな多い方がいいって思うに決まってるわ」
「お嬢さんの言う通りさ。何が起きてこうなったのか、そう疑問が広がり始めた時……一番に声を上げたのは、変わり者だった男さ。天使だって正しく祈れば応えてくれるはずだ。これまでは人の祈りがおかしかったんだ!ってな」
そんなはずはない、俺の大多数はそう叫んでいる。が、どこか一部の冷静な俺は全てを否定はできないだろうとも思っていた。1つは、確かにこれまでの経験から天使という物は被害だけを与えてくる存在と知られている。他の神々へと祈ることを許容しないという点において特に。そして祈りを捧げると使徒になっていくのだからどんな悪神だって話になるのは当然のことだ。
だが、俺とエルナはそうならないかもしれない天使を知っている。あの黒天使は……言うことを信じるのならば、そういったことをしない天使ということになる。全部信じるわけではないが、違う立場の天使がいるかもしれない、ぐらいには思っている。
勢いと感情、時に大事であるこれらも接し方によっては毒となる。そういったことも知っているのは年寄りの強みだな。
「その変わり者は今どこに?」
「少し離れたところに村を作ったよ! 同じように信じてる奴らを引き連れてな。最初は使徒になるんじゃないかってビビってたが普通のままだ。それどころかあいつらの畑の方が実りは多い。そうなると……まあな、そうなっちまうのさ」
「天使が理由かは証明されていないのに、真実だと人が思ったわけか」
苦渋の表情の頷きが、この問題の厄介具合を示しているような気がした。その後の話しからも、天使がそんな存在なはずがないという派閥と、実りが増えるならいいじゃないかと日和る者や少しぐらいならいいかなと信じ始めてる者等様々だそうだ。
「だが私はこれは天使の罠だと思っている。奴らもようやく気が付いたのさ。正面から改宗を迫るだけでは反発が大きいと。からめ手を奴らが覚えた、そう思っている」
「なるほどな……あり得ない話じゃない」
思い出されるのは若い頃のあいつらとの戦い。最初は本当に正直に村にやってきて改宗を迫り、拒否したらすぐさま使徒化していたと聞いている。それがいつしか考えなおす時間をくれるという名目で時間を長引かせたり、武力を示して考える余裕をなくしたりと奴らなりに工夫していた。ならば、懐柔を考えてもおかしくない。
「わかった。受けよう」
「おお、ありがとう! 怪しい場所のめぼしはついているんだ」
机に広げられる地図。簡単な物だが町周辺の地形がよくわかる。後でこれも報酬に入らないか交渉をしたいぐらいだ。ともあれ、その地図で指示されたのは……そう遠くない場所にある泉。昔の戦いで、天使たちが舞い降りた場所らしい。
「少し前、実りが増えたあたりからこのあたりで光が目撃されている。怖くて誰も近づけないが……状況的には恐らく」
「後は任せておけ」
力強く言い切り、前金代わりに地図を貰えないか聞いてみるとあっさり頷かれた。それだけの価値があると思われているのか、地図をそんなに重要と思っていないのか……前者であってほしいと思いながら明日向かうと伝えて俺たちは店を出た。
「……本当に天使なのかしら」
「さあな。だが、無関係じゃあるまい。なあに、あいつらも……目の前に自分たちを滅ぼす力を持った存在がやってきたら気が気じゃないだろうさ。すぐにわかる」
不安そうに揺れるエルナの瞳。ガラじゃないなと思いながらも元気づけるべく背中を叩き、適当な宿にすべり込むのだった。
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