MR-062「豊穣の意味」
王都を出発し、東の街に向かっていた俺達。そちらで本来ないはずのブツが運ばれていたり、色々と値上がりしそうな話を聞いたからであった。何かがあり、厄介そうであるということで。昔から、こういう問題が起きそうな場所に天使はいつの間にか忍び寄っているのだ。まるで人間の心の隙間に忍び込むように……。
「草木の色も濃いな」
「うん。信じられないぐらい」
とある東の街についた俺たちは、状況確認のために適当に仕事を探した。結果、他の土地ではありえないほどの需要と供給の流れが繰り返されていることがわかったのだ。そのままであれば枯渇しそうな草木、そしていなくなるだろう獣や魔獣。ところがこのあたりでは今はちょうど均衡が保たれているというのだ。
試しにと外に出た俺たちは、熟練の農家が手入れでもしたかのようにあちこちの土が良い状況であることを発見する。これならば草木も驚くほどよく育つし、それを食べるような獣たちもどんどんと成長するだろうと思わせた。
理由がわからない何とも言えない光景を2人して眺める。もしもこの土地の状況が普通であれば、食料だってたくさん採れるはずだ。それこそ、王都付近から芋を集めるようなことをしなくても、だ。聞いた話より安いのはそのせいだろうか? 問題はどうしてかということと、今後はどうなるか、だ。畑だって無限に育てられるわけではない。ちゃんと土地に栄養を与え、手入れをしなくてはすぐに痩せてしまう。
次はどこを見て回ろうかと思った時、耳に悲鳴が届く。2人してそちらを伺うと、森から駆け抜けてくる碌な装備を持っていない男3人。どうも街の人間が無理して森に割って入ったような感じであった。そいつらは武装した俺たちを見るなり、助けてと叫びながらやってきた。
「一体なんだって……ふむ」
問いただしてる最中に新たに森の奥
森から出て来たのは、熊。しかもかなり大柄だ。どうやら豊かな大地は獣にまで影響を与えてるらしい。恐らくは見た目よりも若い個体なのだろう。狩りの仕方が下手だし、動きも成体のそれとは思えないぐらい稚拙な物だ。
「ひ、ひぃ……」
「そのままじっとしてて。ええい!」
自分の親ほども年の離れた感じの男3人を後ろにかばい、小さな杖を取り出すエルナ。手慣れた様子で霊力を集め……見事に熊の足を縛り上げた。彼女の祈りに答え、草木とその神さまが力を貸してくれたのだ。
「そらよっと!」
動きが鈍れば元よりそう手ごわい相手でもないがさらに輪をかけて弱体化する。足元を気にして視線が逸れた隙に駆け寄り、普段使いの鉄剣を熊の首元へと突き刺した。痛みにか暴れる熊もそのうちに大人しくなり、巨体で地面を揺らすことになる。
「こいつは貰うが、構わんよな?」
「あ、ああ! 助かった!」
礼もそこそこに、男達は街に走り去ってしまう。もっと頭を下げろとか言うつもりもないが、命が助かったにしては……なあ? ちらりとエルナを見れば、俺以上に憮然とした表情を浮かべていた。手が届くなら今にも捕まえて文句を言いそうだ。それをしないぐらいには大人になって来たということだろうか?
「さあ、捌いちまおう。匂いで寄ってくるかもしれん」
「……はーい。お肉と思えばいいか……な?」
そういうこったな、と笑い返し捌き始める。川のそばでなくても俺とエルナであれば穴を掘り、水を生み出すことぐらいはたやすいことだ。もちろん、川のそばのほうが水も産みやすいのだが……やはり、この土地はどこか変だ。まるで水場のそばであるかのように祈りが大きく返ってくる。
「神様がこの土地を気に入っているのか……? いや……どちらかというと……そのぐらいしないと危ないことが起きるのか?」
「私にはわからないけどもしそうなら、神さまってなんだか遠回しな事しかできないのね」
開いた腹の中に、俺が生み出した氷をぶち込みつつ、2人して地面を引きずる。適当に枝葉を使った簡易的なソリだが町までなら十分だろう。そんな途中での会話はこのあたりの土地への感想だった。まだ情報が足りず断言はできないが、俺はこのあたりの土地の豊かさを、これから起きる困難へと人間や獣たちが対抗できるようにと神々が与えてくれた恵みなのかもしれないと考えたのだ。
過去、そういったことは何回かあったと記憶している。天使たちに侵略された土地で、反撃を開始することが出来たのもその残った土地に神々の力が集まり、力を持った存在が生まれやすくなったからだと。どこまで本当かはわからないが、今の状況が続けばこのあたりの戦力は中央をしのぐものになるだろう。
「直接相手を吹っ飛ばすことは神様にはできないからな。もう……地上には降りられない」
「そうなんだ……じゃあしっかりお祈りして声ぐらいは届けないとね!」
元気な声でエルナが言ったことはメリッサも含め、多くの有力な祈祷術士の言うことと一致していた。やはり神様も正しく祈ってくれる相手に力を貸しやすい物なのだろう。エルナが本気を出したいときに、正しく力を発揮できるように鍛えてやらなくては……。
見た目が子供のエルナと、若くは見えない俺が引きずるには熊は少々大きかったのだろうか。視線をそこそこ集めつつ、肉や毛皮を買い取ってくれるらしい店へと向かい、売りさばく。少しばかり自分達で食べるために肉を分けてもらい、共用の井戸の近くで体を洗った。と言っても作業をした手や足ぐらいなもので鎧だとかはほとんど汚れていない。
2人して首元などを拭いて一息ついていると、護衛らしき男2人を引き連れた爺さんが近くにいることに気が付いた。こちらを値踏みするようなよく見た瞳だ。着飾りすぎでもなく、綺麗にまとまってるとこを見ると成金という訳ではなさそうだ。
「アンタら、良い腕みたいだのう」
「2人でここまで来れるぐらいには、な。話なら一杯やりながらにさせてくれ」
そんな状況で話しかけてくる相手となれば商売の話というのは世の常。良い店の1つぐらい知っていそうな雰囲気を感じた俺は警戒しているエルナの背中を軽く叩きつつ、まずは1つ攻めた。当然この流れなら奢るよな?ってやつだな。にやりと浮かんだ笑みに、相手の力量を感じ取った俺だった。
代わりに表情1つ変えない護衛に先導され、通りを歩く。向かった先はそこそこ大きな建物の店だった。高級過ぎない、よさそうな店だ。表の扉ではなく、裏手にあるほうから入っていくところを見ると、この爺さんの店なんじゃないだろうか?
「高そう……」
「招いたのはこちらさ。そちらのお嬢さんには酒ではない物を。さて、出会いに」
「良い出会いになるかは保証できないぞ?」
通された部屋は壁の厚そうな部屋だった。内緒話をするには最適で、誰かを消すにも最適だ。もちろん、俺がいる限りそんなことをさせるつもりはさらさらないが。乾杯の合図を受け毒を疑っていてはきりがないところではあるが、少なくとも俺がわかるような毒は入っていないことに若干安堵しつつ注がれたそれを口に含み……驚く。
「君を実力ある者と見込んで依頼がしたい」
「続けてくれ」
口に広がった風味。それはゲルダの店で出された……東国の酒だった。部屋の空気が急に変わった気がしたが、気のせいではないだろう。何故俺のことを知っているのか、そして何をさせたいのか。エルナを守るためにも無理はするつもりはないという覚悟で相手と向き合う俺だった。
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