MR-061「東の変異」
「これでよしっと」
「何してるの、おじ様。あ、お手紙?」
つらつらと2通の手紙を書き終えたところで、朝の手伝いが終わったらしいエルナが部屋に戻ってくる。ちなみに若い頃はその意味ではヤンチャしていた俺だが、カインド司祭にそのあたりは仕込まれているのだ。良い依頼を受けるには相応の対応ができないといけなかったりするからな。
「ああ、東に行くからな。メリッサとマスクルに一報ぐらいは入れておこうかと思ったんだ」
なじみの仲間と、色々と関係のある貴族、それぞれに書いた内容は同じようで細部は違う。マスクルへは商売やコネ作りにつながりそうなネタを、メリッサへは街と弟子たちを守れるような警戒すべき情報を主にした。
南北の戦いがまだ続き、東が怪しいとなるとどこが安全なのかと言われると難しいところだが、ずっと続く平和という物はないと……俺以外の人間もきっとどこかでわかっている。いつかそれが来ると信じるか、目をそらすかといった違いはあるかもしれないがな。
「東……確か川や湖が多いのよね?」
「ああ。東の果てには山が多いからな」
この場所からずっと東に行くと、まるでそちらに行くなと言わんばかりに山々が広がっているはずだった。東国は、そんな山脈の中央にまるで巨人がえぐったような谷間を挟んで繁栄している。以前は東西に分かれていた国を統一し、中央である谷間に王都を建設したという話は聞くが果たしてどこまで本当なのか。
こちらとはいくつかの川を超えた先の平原で隣接した国である。そんな場所に国境がある理由は、天使出会った。以前はその平原を中心に天使たちの軍勢が一大勢力を築いていたのだ。それによりこちらと東国は交流を分断され、互いの状況がなかなかわからないままどちらの国も人間の国として天使と戦っていた……はずなのだ。
「生きて帰ってくるように」
「勿論。エルナも顔を出させますよ」
別れの朝、ひどく真面目な表情の先生に送り出された。子供達も何人かは早起きなのか一緒に見送りだ。エルナはそんな子供達と涙ぐみながらもまた来ると約束をしていた。後ろ髪を引かれるとはこのことか、と横で鼻を鳴らすエルナを抱き寄せつつ、街へと向かう。馬を買うためだ。
そうして一路東へ。これまでの状況が本当ならば……東の街は随分と騒がしいことになっているはずだった。そういえば、このまま進んで少し向きを変えればあの黒天使が向かう方向になるな……何も起きてなければいいのだが。
(やはりあいつはあそこでどうにかしておくべきだったか?)
見えないところで物事が動くというのは思った以上に不安をあおる物だ。ただ、今気にしてもしょうがないことも確かであるので気持ちを切り替えて東への道を進んだ。途中、エルナにトレントの杖を使った術の練習をさせたりとしているうちに1週間が過ぎる。
「やっと今日はベッドで寝られるわ!」
「ゆっくりできると良いんだがな……」
見えて来た町並み。特別荒廃しているとかそういった様子は見当たらない。むしろ建設途中の建物やら行きかう馬車の様子からしてかなり熱い状況と言えるだろう。道理でここに来る間も護衛をしっかりつけた馬車がいくつも通り過ぎるわけである。
町に入るのに思ったよりも厳しい警備があったことを見ると、魔獣か野盗か……なんらかの脅威が多いということなんだろうと思わせた。馬を降り、通りを歩けば威勢のいい露天商たちの声。言葉で表すのならば、平和な街並というよりは暴れる男達の街、であった。
「おじ様、なんだか豪快なお店が多い気がするわ」
「気のせいじゃないさ。あのぐらいの方がお互いにやりやすい、そんな場所なんだろうさ。ちゃんとした物は少し高いしな。だが思ったほどじゃない」
確か芋を買った時には倍になるとか言っていたが、意外とそうでもない。むしろ予想よりだいぶ安いと言える。これではここまで運んできても儲けはさほど出ないだろう。値上がりするかもと買い込んだが、失敗だったか? 嘘を言っていたということも考えられるがそんな利点はほとんどない。別に芋ならすぐに消費して次を買っていくわけだからな。その答えはすぐに出ることになる。
適当に宿を取り馬を預け、ひとまず状況をと依頼が集まりそうな酒場に行くと……随分と賑わっていた。朝一でもなく、夕暮れでもないのに酒場の客、依頼書を見る冒険者と双方だ。エルナを座らせ、荷物番をさせてから依頼を見に行き……納得した。需要も供給も王都が足元にも及ばない状態だ。
「こっちは中央の倍以上か……こいつは驚いたな」
俺が目にしたのはこれまでに旅して来た場所であれば駆け出しが最初にやる程度の依頼だったが、それでも報酬は随分と多い。そんな依頼がいくつもあるのだ。だというのにそれらはいくつも成立しているようだった。これは需要がありすぎて奪い合いになっている……ということでもなく、それだけ供給もあるということでもある。今はこのぐらいがこのあたりの適性な価格と受注具合なのだ。
魔獣やらの退治の数が多いというのはわからんでもないのだが、採取の依頼すら同じような状況というのは絶対数を考えるとよくわからない。取れば取るだけ近場の物は無くなり、遠くに行かないと行けなくなるのだから。もちろんそれは獣や魔獣も同じなのだが……どういうことだ?
「あ、お帰りなさい。ねえねえ、今このあたりすごいことになってるみたい」
少しもやもやしたものを抱えながら戻った俺に、エルナは随分と元気に話しかけてきたと思ったら……予想外の話を口にした。どうやらこちらもこちらで情報を得ることが出来たようだった。
その話とは、このあたりの獣や魔獣の数が随分と増えていること、それに関連するように山々の木々や、薬草類などが驚くほどの勢いで増えていっていること等だった。普段なら10日は次が出てこないような奴が、2、3日でまた生えてくるというのだ。
(どういうことだ?)
まるで自分達以外が急成長しているかのような状況なのだということで、稼ぐなら今のうちにねと通りすがりの女性冒険者に言われたそうだ。言われてから周囲を見回すと、意外に客じゃなさそうな一般人がそこそこいる。街の近くの採取なら一般人でもまとめて行えば出来なくはない……ということなのかもしれない。
「日暮れまで一回外で確認して見るか」
「はーい!」
どこかすっきりしないが、現実は現実として受け止めなくてはいけない。徒歩で街の外に出て、適当に森に進んでいくことしばらく。俺は見えてくる他の土地とそう変わらないはずの光景に違和感があった。何がと言われると言葉にならないのだが……何かが違うのだ。
試しにしゃがみこみ、地面の様子を確認するも特別乾いていたり、おかしな様子は……いや、これは……。
「エルナ、このあたりの土はどうだ? 畑に使えそうか?」
「え? どうだろ……うーん、触った感じだと大丈夫だと思うわ。スカスカじゃないし、栄養もありそうで……あれ? でもあっちも同じような……え、ちょっとまって……どういうこと? どこもかしこもちゃんとした土だわ」
確認していくうち、エルナの顔色が驚いた物に変わっていく。そう、俺も畑には詳しくないがこのあたりの土が良すぎるんじゃないかと感じるほどの物だということはわかる。こんな場所であれば、草木も簡単に育つだろう。それなりに速く、な。
「おかしいわ。まるで全部がちゃんと手入れされた畑みたい。こんなのが自然にあったら農家が放っておかないわ」
「だろうな。だが掘り返してる様子はない。ということはこれがこのあたりで普通になっているということだ」
街道側の森に佇む俺たちを、そよ風が撫でていく。普段ならば気持ちがいいはずの風も……なんだか厄介事を運んでくる風に思えて、どこか不気味に感じる俺がいた。
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