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MR-040「潜む違和感」


「それは確かなのか」


「冗談で言えることではないと思うがね。幸い、討伐が可能な冒険者が領内にいたので被害は雇い賃だけで済んだが……」


 しばらくぶりの味わいは相変わらずの深みを感じる良い物だった。とても本宅ではなく、この地方にある別宅での物とは思えなかった。しかし、そんないい気分も食後の話で吹き飛んでしまった……よりにもよって、天使がいくつか目撃されているという話であったのだ。しかも、ここ最近立て続けにだという。出現場所は、彼の領地内でも田舎に分類される地域らしい。


「まさかとは思うが……」


「例の遺跡跡は何も起きていない。私も真っ先にそれを疑ったんだがはずれたよ。良かったような良くないような……ははっ、こんな時には貴族の力も役に立たない。出来ることとしたらこれまで以上に情報を集めるぐらいな物さ。それでも限界はあるのだが……引っかかった物もある」


 俺の隣でちびちびとエルナはお茶を口にするも暇そうだ。けれども自分にも関係してきそうだということがわかるのか黙って聞いている。俺もまた、腕組みながら続きを促す。というよりも、先を聞かないとなんとも判断できない状態でもある。


「人々が何故、天使を信じるようになるか……君なら知っていると思うが……」


「1つはあの力の前に命を助けるために。実際には使徒と化してしまうわけだから人間としては死んだも同然だな。もう1つは……神々よりも天使たちの主が上だと思い込む奴ら……」


 天使を信仰する狂信者たちは様々な背景を持つ。しかし、共通していることがある……それは、この土地で信じられている神々を見下す、あるいはその力を信仰先が凌駕していると信じ込んでいることにある。


 残念ながら、それは真実味を帯びつつある。俺がこれまでに経験した限り、天使たちの上にいる存在と、俺たちの信じる神々は似たような性質を持っている。何かといえば、信仰が力になるということだ。現にこの国が乱れ、天使があちこちにいたころは人々は恐怖し、信仰にも似た祈りを必死に捧げたのだ。そのことで神々は盛り返し、俺を含めた祈祷術を使える面々が力を増し……同様に恐怖を信仰として取り込んでいた天使たちを上回ったのだ。天使の数が減るにつれ、神々を信じる人が増え、そのバランスはますます傾き、ようやくこの国からほとんどの天使を滅することが出来た……はずだ。


「平和は毒となる……つまりはそういうことのようなのだよ」


「なるほどな。貧民か……この土地でもやはりあるか」


 不思議そうな顔をしているエルナへ向けて、自身の再確認のためにも説明をしてやることにした。と言っても構図は単純だ。魔獣も減り、天使も少ないとなればいいかえれば国内に変化のきっかけがないということになる。そうなると、生活の逆転の目というのも少なくなり、貧富の問題はゆるやかに継続していくわけだ。

 富める物は富んだまま、そうでないものはそうでないまま。単純で、平和だからこそこの程度で済んでいると言える状況なのだが……魔獣や天使といった目に見える脅威、あるいは恨みをぶつける相手がいないと発散できなくなる。


 娯楽の少ない、田舎ほどそういった考えに陥りやすいのはこれまでの歴史が証明している。町では狂信者という物は生活しにくい。すぐにばれるか、山の中にこもって生活する必要があるからだ。逆に地方の村といった場所では村全体が考えに染まってしまえば、全くばれないまま……ということも十分にありうる。


 そんな説明を受けたエルナは不満そうだ。彼女の村はごく普通、天使の襲撃に怯えつつも降ることはよしとしない、当たり前の村だったからだろう。本当ならば、皆わかっているのだ。天使を信仰したところで畑が豊かになるわけではないことを。それでも……人は救いを求める。


「自分たちが苦しいのは神様たちがサボってるからだ……天使の主の方が力があるに違いない、そう思うってこと? よくわかんないんだけど……」


「お嬢さんの考えが普通ではあるね。多少いつもの小麦の出来が悪いからと言って、食べられるかもわからないものを栽培の中心にしようなどと普通は言い出さない。そう考えられない一部の人間がその道に走っているようだが……どうもその数が妙なことになっている」


 また天使の襲撃がいつあるかと怯える時代になるとでも言うのだろうか? だとしたら、あいつらは一体何のために犠牲になったというのか? 名前も残らなかった英雄未満の戦士たち、半ばで力尽き、未来を託していった仲間たち……それが無駄になるというのか?


「おじ様」


「ああ、悪い。面倒なことになるのは厄介だなと……思ってな」


 マスクルも俺の正体に大体気が付いている。エルナもまた、つい先日の話から俺のこれまでの戦いを知ったはずだ。となれば何に気を取られたかもいちいち説明することもない。問題は、サフタの言っていたことだ。今になるとわかる。あいつがどこで神託を受けたかはわからないが、天使の問題がそこそこある土地では天使たちの主も介入をするつもりがないが、影響力の無い場所には天使を送り込もうとする、簡単に言えばこういうことだろう。


「中央でも聞いたことの無い説だ。だが、そういうことなのだろうね。しかしそうなると疑問が出る。果たして狂信者たちはそれを知って動いているのか? はたまた、偶然動き始めたのか? その理屈でいえば、多少は天使がいたほうが我々は安全なのだろう?」


「ああ、そこが俺にもわからない。腐っても奴は英雄だ。自分から火種を撒くことはしないはずだ。それを自分が管理できる範囲で燃やすことはあっても、火の気のない場所を燃やすようなことはしない」


 火種の内に対処できるとして、そうしてしまうと結局その土地では天使が召喚されずに白紙のまま、それでは困ると実際に天使を召喚させる……それがサフタの目的の1つだと俺は考えている。順番的には火種が先のはずなのだ。


 恐らくは偶然、そう思う状況だがそれで済ませていいのだろうか、という不安もやはり残る。答えは誰かが教えてくれるかもしれないし、ずっとわからないままかもしれない。それでも何もしないわけにはいかないであろうことは確かだった。


「これも何かの縁だ。しばらく逗留して情報を集めてはどうだろうか。兵たちも君との再会を嬉しがると思う」


「そうだな……他に有力な手掛かりもないし、疑いのある貴族に直接飛び込むのも何が出てくるかわからんからな」


 マスクルの提案は魅力的であった。多少例の天使像を送って来た貴族の領地からは離れているが、それでも俺とエルナだけで集めるよりは情報の精度も量も違いそうであった。湖もそばにあり、他の地形から言ってもエルナの特訓には困ることはないだろう。

 ついでに旅の食事も向上するような色々を覚えることが出来ればさらに良い。何なら影袋に好きなだけ仕舞い込めばいいわけだからな。


「ぜひお世話になりたいですっ!」


「おいおい、お前が先に言うか? まあ、問題ないがな……よろしく頼む」


「ははっ、出来るだけ長い付き合いになることを祈ってるよ」


 マスクルと握手を交わしながら、かつての仲間たちはどうしているだろうか、彼らはこの状況をどう思うだろうか?そんなことが胸をよぎった。



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