MR-033「運河の鼻先で」
「エルナは後から来いっ!」
「わかったわっ! 追いついたら援護ね!」
わかってるじゃないか、そんな言葉はいちいち口にせず馬を走らせる。向かう先には川辺に押し寄せる魔獣、そしてそれを押し返そうとする人間たち。一見すると集団同士の乱戦だが実際にはそうではない。魔獣側も全部は陸に上がれず、人間側も水中にいる相手には手を出せない。面と面の戦いであるからだ。
(見覚えのある奴らばかりだな……今回は組み合わせもおかしくないか)
近づくたびに見えてくる魔獣たちの姿は不自然なところの無い、ある意味よくある中身だった。魚のようで腹のヒレで陸に上がるような奴とヤドカリを大きくしたような奴だけだ。多少種類はあるようだが、基本的にはこの2種。どちらも時折陸の生き物を襲うのだ。魚もどきがその体液を食事にするのに対し、ヤドカリもどきは肉を食う。まあ、どちらも人間にとっては敵だな。
「まずは魚もどきを……貫けっ!」
砂に足を取られないよう、街道部分から放つのは砂を固めて刃にする物。最初は砂玉を作るぐらいしかできない術だが極めていけば作れるものが大きく増える、そんな術だ。硬いヤドカリもどきの殻は破れないが、魚モドキを貫くぐらいならば十分である。
突然のこちらの乱入にも人間側は慌てる様子もなく、これ幸いとばかりにこちらに合わせて魔獣どもを退治にかかった。途中、追いついてきたエルナの祈祷術が加わることで勝敗は決定的な物になる。
「兄さんやるじゃねえか! そっちの嬢ちゃんも」
「なあに、放っておきゃ飯が食えなくなるからな」
普段は漁師でもしているのか、豪快に笑う男の手にしていたのは銛だった。これが必要なほどの大物がいるとなると、魔獣もやはり相応にいるのだろうな。普段は数がいないだろうから十分対応できているのだろう。
ふと、倒した魔獣たちを住人が器用に切り分けてどこかへ運んでいるのを見る。それを見て気が付いた。ここは魔獣を食べることが出来る地域だったのかと。そういえばこのあたりはそういう土地だったか?
となると先ほどの銛も最初から魔獣用かもしれなかった。
「今日は大潮だからよ、いつもよりあいつらが押し寄せて来たのさ」
「えっと、よくあることなの? 私知らないんだけど……」
山育ちのエルナにはなじみのない話だろう。目の前に広がるのは運河、ただこの幅だともう海と言ってもいいぐらいかもしれないな。対岸へ泳げというのはかなり厳しい。地形的にはこのあたりは運河の先端付近だから地形としては元々こんな感じだっただろうが……。
「このあたりの名物は魔獣な魚モドキを使った煮つけさ! 食ってくかい?」
「おう。ついでに宿も紹介してくれ」
思わぬところでの出会い、これが旅の醍醐味と言えば醍醐味だ。たまに外れがあるが、それはそれ。俺も英雄時代によく現地で魔獣を仕留めては食ったものだ。食料を持っていくとかさばるからなあ……。
賑わう町を進んでいると、今のところは妙な感じはしない。先ほどの魔獣の襲撃も頻度はともかく、普通の内容だったように思える。ただまあ、こういうのは表面化してからでは解決が困難なことがほとんどだ。
「この町に来たならこいつを食わねえと始まらねえぜ!」
「アレがこうなるとわかんないわね……あっ、山の魚とは全然違うのね」
「住んでる場所のせいだろうな……あの川は育つのにはいい場所だ」
誘われた先は先ほどの男が家族と一緒にやっている店であった。男が獲って来たものを提供するという良くある話だ。通りにもいくつも同じような店があった。少し飯時とは違うのか、他の店にも客はそう多くないが寂れた様子ではない。通り自体は賑やかなのは、他に売りがあるからか、運河沿いを旅してくる奴がそれなりにいるからか……どっちもかもしれんな。
「どうだい、ウチのは」
「予想以上に美味かったよ。俺たちは東の方から来たんだが……ああいうのは多いのか?」
もちろん、魔獣の襲撃のことである。増減していれば何かきっかけになるか、と思っているのだが……店主である男は微妙な顔をした。なんといえばいいのか、と迷っているようだ。
向かいに座り、腕組みをしている様子からも言葉を選んでいるのがわかる。それはそうだろう。聞いておいてなんだが、魔獣の襲撃が増えていますと正直に言えば足が遠のく奴が増えるわけだからな。
「前よりは多いようなそうでもないような……ただ、運河がつながっただろう? だから多少はその影響が出てると俺は思ってる。たまに川にしかいなかった奴がいるしな」
「あ、私知ってるわ! 平たくてぺったーんってしてるトカゲを潰したような奴よね」
エルナが言うのはサンシャと呼ばれる川沿いに住む魔獣だ。大人しい奴で人間を襲うことはまずない。足もそう速くないし……よく他の魔獣に食われてるのを見る。その分繁殖力が強いらしいけどな。サンシャも滋養があるらしくて魔獣と呼ばれつつも結構人間に狩られている存在だ。
「普通の魚とかが少し減って、そいつらが網にかかったり、見かけるから仕留めることが増えたぐらいか? それでも俺たちとしては想定内、だな。やっぱりつながれば違いが出てくるもんさ」
「そりゃそうだ。美味いもんが増えりゃもっといいな」
笑いながらも、運河がつながれば違いが出てくる、という言葉に俺の何かが警戒を含みつつ頷いているのを感じた。俗にいう嫌な予感ってやつだ。俺たちの目的である武具を買った先がすぐに見つかり、たまたま警戒しているだけです、とかなら話は早いのだがそうもいかないだろうなあとは思っている。
一通り雑談交じりに情報を集めた俺は紹介された宿で休むことにする。町を見て回りたいと言っていたエルナだが、旅の直後はやめておけという忠告に大人しく従い、部屋にひっこんだ……そのはずだった。
明日からの予定を確認するために部屋を訪れた俺は、鍵がかかっていることに気が付いた。もちろん、中にいる時でも鍵をかけておくようには言ってあるが、中に人の気配を感じない。隠れてるということはない、つまりはエルナがいないのだ。
(誘拐!? いや、その線は薄いか……自分で出歩いたとみるべきだが一体どこへ……)
まだ空は明るいが探し人となれば余裕はない。目立たないように町をめぐり……エルナの霊力を探ればいいと気が付いたのはしばらくしてからだった。思ったよりも俺は焦っているらしい。
「ここは……教会か」
町の大小にかかわらず、1か所はあるであろう建物は?と聞かれたらこれと答える物。それが教会だ。どこにでもいる神様たち、しかし祈るにはどこにでもいるというのは少々厄介なことでもある。神聖さを感じにくいと言えば良いだろうか。教会はそれを意識させるために、祈りやすい場所を、という考えで作られた場所だ。中には火や水、風や土、木々や川、山、そのほか各種をモデルにした像が並んでおり、重要視する神さまの像の前で人は祈るのだ。
「月、か」
「あ、おじ様。ごめんなさい、教会を見かけた物だからつい」
「構わん。俺も祈るとするかな」
周囲にはそこそこ祈りを捧げる人がいる。邪魔にならないよう、小声で2人して祈る。と言っても日々の感謝と、今後に幸あれとするぐらいなものだ。大きな教会になると、この像たちを円形に配置して1日中順繰りに祈りを捧げる修行があるという。そこまでしても別に祈祷術が使えるようになるわけでもないが本人達がやりたいならそれでいいと思う。
せっかくの機会であるので、俺も膝をついて昔習った通りに祈りを捧げる。これからの旅路に迷わぬよう、夜の導となれと……実際に目に見ることのほとんどない神様たちであるが、実在することは疑いようがない。現に、よほどの外道でなければ祈りには神様は応えてくれるのだから。
神の声を代弁していると言われる鈴のような音を聞きながら、なおも祈り続けた。
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