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MR-032「集まるモノ」


 平和という大事で、大切な物を叩き壊そうとする不穏な音。音の主である様々な出来事。例えば、普段ならあまりがちな小麦があるだけ買うとばかりに買われている。あるいは、武具に使われる鉱石類の採掘量の増大、極めつけは活発化した魔獣の活動だ。


 絶対的な永遠の平和という物は、恐らくありえない。そのぐらいのことは誰しもわかっていても、出来るだけ長く平和が続くことを祈る物だ……騒動で儲けるつもりの奴を除いて……。


「対処療法にはなるが、運河の方が深刻な結果になりそうだな」


「私もそう見ているよ。アレはウェズロー家肝入りの事業だ。中央の湖から海までを人工の川でつなぐというね。かつての天使掃討戦が終わってすぐに取り掛かってひとまずの完成。つぎ込んだ費用や人員は半ば国の事業とも誤解される規模だった。例え、途中の川を何本もつなげるような方法だったとしても」


 そう、この前結婚式が行われたウェズロー家が家の進退を賭けて行ったものがピヨル運河の工事だ。まだ大型船が行き来できるような規模ではないが、一応商船の類が行き来できるようにはなっている。本来ならば人力では不可能な規模の工事だ。それを可能にしたのは祈祷術使いの連続投入。


「天使の掃討が終わり、術士の需要は大きく減った。もちろん、天使が全滅したわけではないし、魔獣の脅威もある。それでもほとんどは無用とまではいかなくても高い依頼金で祈祷術士を雇う必要がなくなった……その受け皿になったんだったな」


 俺はその例外、不要とされずこき使われた側になるわけだが、必要な時はもてはやされ、不要となれば手のひらを返したように、というのは当時の彼らとそう変わらないと思う。運河がひとまずの完成となり、中央から一気に海に出ることも不可能ではない、その事実は大きな影響力を持つ。


「おじ様? その……運河って大きな川ってことよね? 出来たらまずいの?」


「そうだな……まずくはない。ただそれは、運河沿いの連中にとっては、だ」


 確か運河の先端はこの大陸でも内側にへこんだ部分、要は海に近い部分ではあるがそれだけなら他にも海に近い土地はある。湖から流れる川だって他にもあるわけだ。だが、残念ながら海まで行き来を苦労せずに行える川という物はこれまでなかった。


「王都のある湖、そしてその対岸の霊峰、王都自体はそれで完成している。後は物と人の行き来が全てだ。そこに登場する新たな運河……結局は商売の問題でもあるわけだが……運河の邪魔をしようと思う連中は他の川を領土内に抱えてる連中だろうよ」


「いささかわかりやすすぎるとは思うがね」


 確かに、疑ってくださいと言わんばかりだが今はまだ、そうかもしれないという疑惑程度だ。妬みの1つや2つは普通にやっていても受けるものだからな。これから、拡大をしていく必要がある場所に、なぜか武具のための物資供給が多いとなるとそれは別の意味を持つ。運河の護衛か、それとも……。


「状況はわかったが、それでなぜ俺たちに? こう言っちゃなんだが、お前さんには関係ないだろう?」


 売った物がどう使われるかをいちいち気にしていたら商売にならない、それは事実である。もちろん、変なことに使われてはたまらないとは誰しも思うだろうが止められるわけでもないからな。下手につつけば何が出てくるか、わかったものではないはずだ。


「王都にツテが出来れば癒し手が見つかるかもしれない。それでは不十分かね?」


「なるほどな……すまん。余分なことを言わせた」


 目を伏せ気味に、首を振るアロイス。若干の沈黙の後、使用人がまた入って来たと思うと台の上には何かの薬瓶らしきもの。アロイスはそれを見るやそんな時間だったか、とつぶやきつつ中身を手のひらに転がすと、口元に持って行き……俺はそれを身を乗り出すようにしてつかんだ。


「何を!?」


「1つ、聞きたい。それを飲み始めたのはいつぐらいだ」


 この場では立場は無い、そう宣言したも同然のアロイスだったがさすがにこの状況は予想外だったようだ。困惑と驚き、そして怒りのような物が顔に浮かぶ。まあ、そりゃそうだ……無礼な、と言われても仕方がない。


「もう10年になるか。元は顔がもっとひどくてね。これを勧められてからは今の状態を保てている。維持ではなく改善する物があればいいのだがね」


「自分のことになると目が眩みやすいのか……カミル。研究用にナイフぐらい持ち歩いてないか?」


「あ、ああ。それぐらいならあるね。それがどうした……まさか?」


 無言でうなずき、俺はアロイスから手を放すと共にその手にあった薬瓶と、錠剤を机の上に並べた。そして借り受けたナイフでそのうちの一錠、大豆ほどはあるそれを2つに割った。見えてきた中身は……何とも嫌な結果だ。錠剤の中に1つだけ、造りが甘いものがあって助かった。


「くさっ! なんなの、ソレ」


「毒さ。ゆっくりと効きそうな……ね。アロイス、さっきこれを飲んで症状が安定してるようなことを言っていたな? 恐らくは逆だ。これのせいでその症状のままなんだろう」


 あるいは、最初の内は本当に薬だったんだろう。症状が最初に良くなったというのがそれを裏付けている。典型的な詐欺の1つだ。すり替えられてることに、当事者ほど気が付かない物だ。信頼の積み重ねが、まさかそんなことがあるはずがないという気持ちを産むのだ。


「飲み続けてるうちに、他の薬では影響を受けにくくなった体になっているんだろうな。最初はきついかもしれないが……薬を断って影響を抜くことをお勧めするよ」


「これでは依頼金が足りないな……何かわかったら報告に来てほしい。追加で出そう」


 親の仇でも見るかのように、薬瓶を睨むアロイス。厄介な症状であるからには、そのための薬となれば普通の物ではないのだろう。ここでかっとなって薬を買っている相手に乗り込むと言い出さないところが好感が持てる。


(売っている奴も気が付いていないということもあるからな)


 大体、こういったことは単純に終わることはない。大元を突き止めるのは難しいが、アロイスならやり遂げる、そんな予感があった。少し予想外の出来事があったが、そろそろ運河へ向けて出発するべきだろう。


「楽しみにしている。話がある時はカミルを誘えばいいか?」


「そうしてくれるかな。君たちに月の女神の加護を」







「カミルさん、おじ様のことに気が付いたのかしら?」


「かもしれんな。まあ、騒ぎ立てられてないのなら問題はない。ピヨル運河か……マスクルの領土も接しているのだったかな?」


 街を出てしばらく。俺たちは街道の上にいた。結局滞在は短いものだったが、居座って調べるよりも目的に近くなりそうな気のする話を聞いたからには俺達自身が動くしかない。あるいは先にピヨル運河によって、事件に巻き込まれてでもいたらわけのわからないままになっていた。その点では、先にこちらに来てよかったと言えるだろう。


「もし巻き込まれてるなら助けてあげたいわ!」


「そうだな。そのためには特訓もしないといけないな」


 妙に元気な背中にそんな言葉を投げてやると、見事に呻きながら止まるエルナ。馬を買ってそんなに経っていないというのに器用な物だ。いや、馬の方が頭がいいというべきかな? 馬上で笑いをこらえながら、火山を背に俺達は運河に一番近いルートを選んで進む。


 これと言って面倒なことも起きず、俺たちがたどり着いた先は……2つの勢力が衝突直前の町だった。



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