MR-027「鉱山の町へ」
人は慣れる生き物だという。どんな辛い環境でも、そこで生きるとなればいつの間にか適応し、そこで生きる術を手に入れるという。それは暑さ寒さ、貧富の差、様々だ。もちろん限界はあり、耐えられない奴は逃げるか死ぬわけだが……贅沢にも慣れてしまうというのは恐ろしい話だ。
平和という贅沢に慣れて、いつしかその贅沢すらも停滞に感じた人間が、この世界にはいくらかいるようだった。魔獣を従えるという恐ろしい祈祷術かそれとも何らかの技術か。不明な部分が多すぎて詳細がわからない中、俺とエルナはその噂のある大陸の南側の土地、ノヴムに足を踏み入れていた。
「おっきいお山ね」
「ああ、あれがあの地方最大の火山、ヴォルスだ。月に一度ぐらいは噴火まではいかずとも溶岩を吹き出してるらしいぞ」
メリッサと別れて2週間。その間にすっかり馬の扱いも上手くなったエルナ。馬がエルナを認めたということでもある。痛むはずの体も、俺が自分の体をこっそりと強化しているのを見抜き、同じように肉体強化の祈祷術を使い始めてから普通の休憩以外に必要としていないようだった。
(いいことなんだが、なんだか気になるところだな)
堰を崩し、流れ始めた川が止まらないように、エルナはドルイドに目覚めてから急速に実力を身に着けているように思えた。それは才能のある戦士でも時折ある現象でもあった。己の成長が楽しくて仕方ないのだろう。逆に、一番危ない時期でもある。力を自分の物にするには、その力の怖い部分も一緒に学ばねばならないのだ。それに失敗すると、堰からあふれる水のように力に溺れることになる。
「山の神様が怒ると火を吹く……本当なのね」
「どうだかな。神様は気まぐれなところがあるからな……」
人にとっては噴火は厄介な出来事だが、神様にとってもそうであるかは全く別の話だ。そうでなければそもそも、噴火という物が起きるはずもない。頻度はともかくとして、噴火そのものは神様にとって時には起こさないといけない物なんだろうなとは思っているが……現地で被害を受ける側にしてみればそこまでは知らないよ、となるだろうな。
ふと、だんだんと周囲の景色が変わっていることに気が付く。そびえる木々、街道脇の草花。それぞれが土地に合った姿に変わっている。そのことにはエルナも気が付いたんだろうな。きょろきょろと周囲を見渡している。当然、そこに住む生き物も姿を変えてくる。
「今日はコイツでいいか」
「え?」
馬が反応するよりも早く、練り上げた霊力は刃となり、茂みに飛び込む。悲鳴のような声が聞こえ、沈黙。戸惑うエルナを引き連れて茂みに向かうと、転がっていたのは大きなウサギ。茂みに隠れていたが少しだけ耳が出ていたのを見つけたのだ。
探れば同じような反応はあちこちにある。こういった類の獣が数多くいるということは、このあたりは肉食の魔獣はあまりいないことを示している。まだ平穏は平穏のようだ。
既に光の無いつぶらなウサギの瞳に感じる物があったのか、最初の内は少し食欲の無かったエルナだが最終的にはしっかりと肉を食べていた。この先で生きるためにもちゃんと食べてもらわないとな。向かう先は、そうやって慣らしておかないと腹を壊しやすい土地なのだから。
「おじ様、まずはどこを目指すの?」
「ああ、言ってなかったか? この先に、鉱山がある。山と地面、両方で掘れる珍しい土地だ。出てくる奴を利用しての鍛冶が盛んな街さ」
背負ったままの隕鉄剣も、元をただせばその街の関係者によるものだ。もし不在でなければ、刃こぼれは出ていないが一度見てもらうのもいいだろう。ただまあ、人間の町に長くいるとは思えない相手だが……。
ウサギを仕留めてからさらに4日後。見えて来た町並みは以前見た姿よりも大きく成長しており、活気にも満ち溢れているように感じた。
「すごいわ! こんなにたくさん……」
「うむ。予想以上だな」
ひっきりなしに行き交う馬車。買い付けに来たと思わしき商人と、上手く売りつけようとする側との攻防があちこちで繰り広げられている。その間を埋めるように、明らかに武装した人間たちがそれぞれに過ごしていた。
少なくとも、ここを見る限りでは魔獣に頼って平和を掴む、なんて考えが浮かぶとは思えない。俺としてはある意味一番健全に見える街の光景が広がっていた。まあ、少しばかり子供を育てるには向かない場所かもしれんな。
ちらりと見えた街並は夜にはそちら向けの店が灯りをともすであろう光景が広がっている。
「ひとまず宿にするか」
「? う、うん。どうしたの、おじ様」
今さら恥ずかしがるような歳でもないが、エルナのことを気にして少し動揺したのを感じ取られたのか、かけられた疑問にはなんでもないと答えつつ、宿を探す。馬を預けられて2部屋とれる宿となるとそこそこいい値段がしたがここはケチる部分でもない。外側は俺の部屋にし、内側はエルナだ。よほどないと思うが侵入される場所は少ない方がいい。
「仕事を見に行くぞ」
「はーい!」
大きな街だ。そういう場所に行けば日銭を稼ぐ仕事はいくらでも転がっている……はずだった。
冒険者と言えば聞こえはいいが、要は根無し草に変わりはない。稼ぎとなるなら他の町にもすぐに向かう、そんな連中なわけだが……これはどういうことだ?
「気のせいか?」
「ううん。私にも何とか読めるけど……なんかおんなじのしかない?」
そうなのだ。とある酒場がそういった仕事の仲介を兼業していると聞いて張り紙を見に来たわけだが、どれもこれも採掘の護衛や安全の確保ばかり。他の仕事がほとんど見られないぐらいなのだ。
採掘が順調という証拠なのかもしれないが、それにしても異常じゃないだろうか?
「おい、ここはいつもああなのか?」
「ん? ああ……いや、最近はだな。数年前まではあそこまであからさまじゃあなかったよ」
適当にカウンターで軽いものを頼みつつ聞いてみると、払った金の分は情報が返って来た。なるほど、これが普通ではなかったわけだ……そうなると、なんだか気になってくる話だな。活性化する小麦の取引、増産される鉱石類とそれを使った諸々。
「ちっ、面倒だな」
「どうするの、おじ様」
俺のつぶやきは別のあれこれに関してだったが、少女はそうは思わなかったようで、どの仕事を受けるのと来たもんだ。まあ、それも悪くない。1つぐらいは受けてやっても……だがどれにするか。どれもそう変わらん気がするが……。
「あんたらが腕に自信があるなら、右上に貼られてる青いのを受けてみると良い。刺激的な依頼が待ってるぜ」
「ほう? そう簡単に誘われ……んんん?」
俺は目は悪くない。だからこの距離でも大きさによっては読めないこともなかった。だが、読めた内容が信じきれず思わず立ち上がって張り紙に顔を近づけた。が、書かれてる内容に変わりはない。誰だ、こんな面倒だが放っておけない依頼を出したのは……。
「アレは貼られて長いのか?」
「そうだな……2か月目というところか」
だろうな、と一人心でつぶやいた。誰が金貨1枚程度で受けるというのだ。天使の遺跡らしき場所の探索、非常時の討伐を含む、なんて厄介しか残らなそうな依頼を!
(まったく、エルナのことを怒れないな)
俺は割に合わないとはわかっていながらも、この依頼を放置する気はなかった。だがそれは安請け合いはするなというエルナへの忠告には逆らうともいえる物だった。それでも俺はこの依頼を受けるべきであろうと思っていた。将来の危険を摘み取る。それは即ち、将来に発生するかもしれない依頼をなくすという点では大事な物なのだから。
「早速行きましょ?」
「そうだな、話は早い方がいい」
俺がそう悩んでいるのに気が付いているのかいないのか、いつも通りに先走りそうになるエルナをなだめつつ、依頼書に描かれていた場所に向かうのだった。
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