MR-025「赤い道」
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魔獣、それは獣が土地の霊力を長く受けることで進化したと言われる異形、あるいは異能を持った獣たちのことだ。見た目は獣と同じでも、中身が違う奴。あるいは見た目からしておかしい奴と様々だ。共通しているのは、人間や亜人ともその土地で生きる権利を賭けて古来争い合う仲であるということ。
ある程度規模のある街のそばであればそれに出会うことは稀で、日々の努力が実を結び、少なくとも街道沿いに見かけることはあまりなくなった……はずだ。それが衛兵が駆け込むほどの規模で出てきただと?
「落ち着きなさい。規模は相当だとして、こちらに向かってきているの?」
「はっ! あ、いえ……街道から冒険者連中が駆け込んできたので何事かと聞き出した中身がそれでして。実際に物見からも遠くにだが道が埋まるほどの集まりがあると」
衛兵の言葉に、メリッサはすぐに少女たちへけが人の治療の準備をするべく走らせた。祈祷術はなくても治療の1つや2つ、出来るように仕込んでいるんだろうな。霊力が尽きてもあきらめない、そんな戦い方をしていたメリッサらしい教育方針だ。
その間にメリッサが聞き出したところによると、実際の被害はまだ出ていないことがわかった。はっきりしているのは、様々な姿の魔獣が争うでもなく街道に我が物顔で居座っているということ。
聞けば聞くほど、おかしな話だった。通常、魔獣はそれぞれに持つテリトリーから出てこない。出てくるとしたら実力に自信のあるやつか、そういった分別が付かない低級の奴らだ。後者だとしたら同族以外出会えば争う、その程度のはず……目撃情報からも強者とは思えない。
(魔獣どもが争わずに仲良しこよしだぁ? なんだか嫌な感じだな……)
経験上、どう転んでもろくなことにはならない予感があった。普段群れない奴らが群れている。しかも何かを待っているかのように通せんぼと来たもんだ。かつて、世界のあちこちにいたというキマイラ、魔獣どもの親玉みたいな連中は例外的に周囲の魔獣を従えるなんてこともあったが、俺も含めた腕利きによってそのほとんどが駆逐されたはずだった。少なくとも、こんな街のそばにいるはずがない。人間の過ごしにくい過酷な環境であればもしかしたら……というレベルだ。生きた姿を見るなどあり得ない話、今日までは……かもしれんな。
「メリッサ、この街では魔獣の首は金になるのか?」
「え? ええ、そういう依頼もあるにはあるけど……良いの?」
細かく聞かずとも、俺の考えに気が付いたメリッサの問いかけに頷きを返す。既に戦闘準備とばかりに服装も変え、かさばる道具は聖女見習いな少女の1人に預けたエルナも一緒だった。どこで借りたのか、杖代わりの金属錫杖まで持っている。
「このままどこかに逃げていくにせよ、不安が残るだろうな……ま、いい訓練さ」
「メリッサ様はここで待っててね!」
他の目が無ければ隕鉄剣の出番かもしれんな、そう思いながら振り返らずに手を振り、エルナと2人で街の門へと向かう。何故だか浮かれた気分なエルナの額を横から軽くデコピンする。当然ながら急な行動に驚きつつも文句を言ってくるエルナ。その彼女の額に指をびしっと突き付ける。
「エルナ、第一目標は五体満足に生き残ること。これが守れるか」
「……おじ様がそうしろっていうなら、そうするわ」
言外に込められた様々な思いに、俺は子供にするようにエルナを乱暴に撫でる。嫌がるように少し頭が動くが俺の腕からは逃げられない。子供の成長は早い。この前泣いていたと思えば今日は強い力で立ち上がる、それが若さだ。
(もう少し、子供でいてくれよ……なんてのは俺のわがままか)
エルナと過ごし、旅をしていくごとに自分の錆びが落ちていくのが実感できている。それは体の錆が、ではない。英雄として求められることに疲れ果て、周囲が俺ではなく英雄を見ていると悟った時……動くのをやめて、錆びついて行った心が……ほんの少しだが力を取り戻しているような気がした。
そんなことを俺が考えてるとはつゆにも思っていないであろうエルナ。いつしか動きの緩んだ俺の腕から逃れ、べーっとばかりに舌を出しながら先行していく。その先にある門からは別の街道からやってきたであろう馬車たちが慌てて入ってくる。彼らにも見える範囲に奴らがいるということか。
「状況は」
「は? いや、アンタ何を……ああ、あいつらはなぜか固まってる。こっちがやりにくいのがどういうものか知ってるみたいな動きだ。狩りに出るのはお勧めしないよ」
「固まっている? ならちょうどいいな」
こちらを呼び止めようとする門番を振り切り、街の外に出る。周囲を見れば、同じように外に出てきている命知らず共。果たして何人が生き残る覚悟を決めているだろうか?
少しばかり歩いたところで、俺は目を祈祷術の力を借りて強化し……驚きを見つけることになる。
「ホーンウルフにゴブリンが乗っているだと? 後ろにいるのはフィルベアーか……いるとしても森の奥だろうよ……」
「おじ様、どうするの?」
問いかけに思わず腕組。メリッサと一緒に聞いた情報とは食い違いが結構出てきている。どう見ても奴らはこちらを向いている。つまりは街に用があるに違いない。問題は誰がどうやって魔獣どもを引き連れているかだ。
ホーンウルフに乗っているゴブリンたち? いいや、違う。ホーンウルフは確かに額の角を使って突っ込むしか芸の無い魔獣だが家族を作り、群れで暮らす頭のある魔獣だ。少なくともゴブリンごときにいいように使われるような奴ではない。逆に言えばゴブリンに制御できるような強さではないし、そこまであのゴブリンが達者な技術を持っているとは考えにくい。そしてその後ろの熊の魔獣、フィルベアーだ。
「熊の魔獣なんて私、一度しか見たことないわ」
「一度でもあるなら上等だよ。強力な魔獣だが、その毛皮も含めて優秀すぎた」
疑問を張り付けてこちらを見るエルナを振り向くことなく、俺は鉄剣を構えた。そしてどこから攻めた物かと思いながらも理由を答えるのだ。
「乱獲されたのさ。だからこのあたりにはもう1頭もいない、そのはずの相手だ」
風の向きが変わり、俺たちの後ろから風が吹き抜ける。それは戦いの合図でもあった。鼻を引くつかせ、魔獣どもは動きを変えた。最初は小走りに、そして勢いをつけて走り出したのだ。エルナを後ろにかばいながら、籠城とどちらが楽だったろうなと何でもないように考えていた。
「おっと。来るぞ! 死にたくなければ生きろ!」
「無茶言うなよおっさん!」
どこの誰ともわからない冒険者の叫びに自然と周囲に笑いが起きる。明日の栄誉より今日の酒、そんな生活が冒険者だ。チンピラよりはましだが根無し草が当たり前、うら若き乙女を引き込むにはあまり良くない道というのも本人がよくわかっている……はずだ。
「エルナ」
「わかってる。しっかり身を守りながらついて行くわ」
背中にかかった声に頷きつつ、走り出す。他でもない、迫ってくる集団に向かってだ。こういう時は下手に待ち構えずに自分の得意なタイミングでぶつかるほうが案外うまくいくものだ。予想通りに、ホーンウルフたちはこちらに走ってはきているが、その順番はばらばら。狙いずらいと思う奴もいるかもしれないが、逆に考えれば……最低限を相手にするだけで後ろに突き抜けるということになる。
「大地の女神よ……眠りを妨げる愚か者たちに闇の世界を」
「風よ!」
エルナの短い一言で乱暴に生み出された突風。それに乗るのは俺が生み出した霊力のこもった砂たちだ。しっかりと祈りを捧げ、闇……目つぶしをするには最適な大きさの砂が無差別に吹きつけられていく。近くに俺達以外はいない、だからこそ出来る芸当でもある。
「いったん後ろまで駆け抜ける!」
「了解!」
親玉がいるならばまずはそれを片づける。対集団戦の基本だと俺が思っている戦法だ。初撃を不発にし、浮足立つところに突入、まずは全体を指揮する頭を潰す。その後各個撃破ってわけだ。
本能からかその右腕を勢いよく振り降ろしてくる大きなフィルベアー。だがその腕は当たらない。余裕を持った回避により地面をたたくだけだ。こいつ一頭で金になるなという気持ちを抑え、後ろにエルナの無事な気配を感じつつ走り抜ける。
こんな風に魔獣を動かすのであれば、薬品では無理だ。一頭二頭ならともかく、ホーンウルフも考えればもっと別の……よし、見えた! 霊力の糸だ!
「犯人に突っ込む。恐らく洗脳を仕掛けてくる奴だ。しっかり防御しておけよ」
「う、うん。月光よ、我らが意思は女神のために。祈りの場が平穏であることをたたえよ」
厳密にはドルイドの祈祷術には呪文のような物は無い。同じ効果を生むのに似たような呪文が作られ、それぞれにアレンジしていくのだ。逆に言うと、初めてでもしっかりと術が考えられていれば案外成功する物なのだ。エルナの祈りは通じ、俺とエルナの間に霊力で出来た繋がりが出来、何かが周囲を覆う。教わったばかりの移動用障壁をしっかりと使いこなす……成長しているんだな。
「おじ様っ!」
「わかってるっ!」
エルナも感じた霊力の違和感。その大元にいるのは……人間!?
「馬鹿なっ! こんなところにまで」
「言い訳はあの世で聞くぜ!」
尋問し、背後も含めて吐かせるのが一番。それは十分わかっているが……それを許さない時というのもある。さっさと被害を抑える方が大事な時や、聞いてもたぶん意味がないだろうなってときなどだ。
(今回は後者だろうな)
それでも口を滑らせてくれればと思いながら足の腱を切り、腕を落とした俺に対して犯人らしき男は最初のような恨みごとを口にせず……何かを嚙んだと思ったらそのまま紫色の液体を吐き出しながら死んでいった。顔を引きつらせるエルナに周囲の警戒を任せつつ衣服を探るも何も手がかりは無し。そういう扱われ方の男だったということ……。
「戻りつつ稼ぐとするか」
「一体何なのかしら?」
操り手がいなくなったからか、本能のままに暴れ出した魔獣はゴブリンを食らい、互いに争い始めた。人間もまた稼ぎを逃すものかと乱入し、戦いは混とんと化していく。あるいは……こういう姿が狙いだったのかもしれないな。何かの術で魔獣たちを操っていた男は何も言わず森の中に躯をさらしている。
街道が魔獣の血で染まり、赤くなるころには戦いは終わりを告げていた。
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