MR-024「共に立つこと」
月明かりの元、弱音のような祈りを捧げていた俺。そこに現れたのは過去の象徴であるかのようなかつての戦友、メリッサ。天使の呪いで幼くなってしまった彼女は、瞳の強さは変わらずに俺を叱咤し、遠慮していた俺の心を蹴り飛ばすように立ち上がらせる。
そんな強い彼女の姿に、俺はエルナを預けようと声をかけ……本人に見つかってしまったのだった。
「エルナ……」
腕の中で泣き続けるエルナ。その涙の理由がわからずに、俺はおろおろと名前を呼ぶしかない。すぐそばでメリッサは状況を楽しむように微笑んでいるし、エルナを振りほどくという訳にも行かない。寝間着を湿らせていく女の涙という最強の敵を前に、英雄として戦って来た経験は全く役に立たなかった。無論、元英雄として過ごしていた経験もだ。
「一人前以上にしてやるって、言ったじゃない」
「ああ、言ったな……だが」
エルナの人並み以上、むしろ稀有なほどのドルイドの才能に気が付いたのは旅を始めてすぐだった。最初はそこそこ程度だと思っていたのに、祈祷術を覚える度、使う度にその底が見えなくなっていく。あるいは俺の祈祷術を使う姿は、他の人間にはこう見えていたんだろうかと思うほどの霊力の増大であった。
ただの村娘で、ちょっと足腰に自信があるだけの少女であるはずのエルナ。彼女の手にしてしまった才能に、それを目覚めさせた責任のような物を感じて鍛えようと思ったのは事実だ。そして、教える度に成長し、将来を感じさせる姿は夜の灯りのように眩しくも頼もしさすら感じたと言っていい。
(だからこそ……他の師匠が良い場合もあるだろう)
結局、俺の技や術は人殺しに使えるような殺傷のための術がほとんどだ。わざと威力を抑える形で教えているがその幅は狭いと言わざるを得ない。だとしたら、メリッサのように障壁や癒し、身を守る術を中心とした相手の方がより良いのではないか、そう思ったのだ。
「おじ様、私ね……いざという時に自分で振り払えないのは嫌なの」
「そう……か」
正直で元気な少女は、俺のそんな思惑はお見通しだと言わんばかりに見上げる瞳でこちらを射抜きながら、きっぱりとそう口にした。守るだけじゃなく、自分で脅威をなんとかする力が欲しいのだと。力は安心につながり、油断にもつながる。そのことは俺がよくわかっている。だからこそ、単純に頷くわけにはいかない。
「腕を磨くほど、後ろ指をさされることもある。あんなことが出来るのは化け物の類に違いないとかな」
「知ってるわ。村の人もおじ様のことを怖がってる人もいたし。でもそんなのはちょっと剣の腕が良いか悪いかぐらいよ。自分じゃどうにもならないようなのがいることぐらい、生きていく中で覚悟を決めるべきだわ」
少し意地悪いかなと思うような問いかけも、何を馬鹿なことをと言われているかのように言葉が返って来た。泣きすぎて真っ赤になった目をそのまま俺に向けたまま、エルナはなおも言葉を紡ぐ。
「私は後悔したくない。だから、おじ様にもちゃんと言いたいの。自分のために、自分でついて行きたいの。いつか村に帰って両親に再会した時にも、自分自身の教えを口にできるように生きてきましたよって」
「自分自身の教えを口にできるように……そうか」
エルナがドルイドとして目覚め、俺の腕の呪いをどうにかした時にもつぶやいていた言葉。それはどんな偶然なのか、かつて俺やメリッサ、他の英雄たちと共に戦っていた1人の少女の口癖でもあった。そいえば、今エルナがつけている守護の指輪も、あの子がいつもつけていたな……まさかな。
いつしかエルナの俺に抱き付く力も緩み、メリッサもすぐそばで俺たちの話を見学しているという構図になっていた。若い時のような気恥ずかしさが襲い掛かってくる直前に、俺は隕鉄剣を鞘ごと掴み、俺とエルナの間に差し入れるようにしてエルナを引きはがす。
「エルナ、俺は戦うことしか知らない男だ。あの子供に仕込んだことだって、戦っていく中で覚えたことに過ぎない。俺についてきても、最後にはそのぐらいしか残らないぞ?」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれないわ。だって、戦いじゃないなら私が教えられるかもしれないじゃない」
何かの合図のように、隕鉄剣を握る俺の手をエルナは包み、堂々とそう言い切ってなぜかそばにいるメリッサの方を向いて微笑んだ。言葉もなく微笑んだだけだというのに、メリッサもなぜかエルナに笑みを返した。なんだっていうんだ?
「残念。エルナがいれば私がピンチの時にも代役になってくれるかと思ったのに。代役は3人娘に頑張ってもらうとするわ。そうそう、エルナ。ゼルはその気になるまでは遅いけどそうなったらしつこいから。朝焼けをベッドで迎える覚悟はしておくのね」
「えええ!?」
「馬鹿っ、何言ってやがるっ」
言葉のわりに全然残念そうに見えない仕草のメリッサはそのまま扉に向かって歩き、とんでもないことを言って建物の中に消えていった。残されたのは驚くエルナと、文句を言った俺だけ。自然と沈黙が場を支配し、俺は自分の鼓動すら聞こえそうな気がする時間を過ごす。
「……そうなの?」
「聞いてどうするっ。もう寝るぞっ」
締まらねえなあと自嘲気味に笑みを浮かべつつ、あれはメリッサなりに気を使ったんだろうと思いなおしながら俺はそのまま階下に降りた。後ろに追いかけて来るエルナの気配を感じつつも、手をひらひらとさせるだけで振り返ることなく自室に戻った。
翌朝、なんとなく気まずい気持ちを抱えて朝食の場に向かうと……弟子の少女たちを引き連れて朝食の準備をするメリッサの姿があった。そのそばではおろおろとした様子のエルナ。一体どういうことだ?
「朝からなんだか騒がしいな」
「あら、おはよう。水は汲んであるわよ。顔ぐらい洗ってきなさいな」
倒れた影響は全くないように元気な姿のメリッサ。その笑顔は若返った体に相応しい少女然としたもので、出会った時のことを思い出して少し動きが止まるほどだった。未練がましいというか、女々しいというか……まあ、口にするとろくでもないことになるであろう感情だった。
のろのろと歩き、部屋の隅にある水瓶の水で顔を洗っていると、すぐそばになじみの気配、恐らくはエルナだ。何か用かと問いかける前に、顔にあたるのは布。ありがたくそれで顔を拭くと、やはりエルナがいた。
「どうした。何か手伝おうとしてたんじゃないのか?」
「そうなんだけど、お客さんなんだから座っててって」
なるほど、それで困っていたわけか。エルナはそんなお客のつもりはないのに、ということだ。正直者というか、律儀というか、エルナらしい姿に思わず吹き出す俺がいた。
メリッサはなんだかんだと面倒見がいい、もっと言えば誰かのために何かをするのが好きなのだ。今回だってお客だからというのは言い訳に過ぎないだろうな。ああやって何かするのがいいのだ。
「大丈夫だ。ああいう女だよ、メリッサは」
「……そーですねー、おじ様はメリッサ様のことよーく知ってるんですもんねっ」
何気ないつもりだった一言、それを聞いたエルナは何故か急に不機嫌になり、そそくさと自分の席に行ってしまった。やはり、女はよくわからないな。
メリッサや弟子の少女たちは、不機嫌なエルナを見、俺を見、何かに納得したらしくエルナになぜか口々に慰めの言葉を投げかけていた。俺がそのことに問いかけをしようと腰を浮かせたとき、屋敷の警報が鳴った。
「朝っぱらから侵入者だと!?」
「いえ、きっと何かあって街の人が飛び込んできたんでしょう」
朝食もそこそこに、みんなして外に出ると……どこからか走ってきたのか息の上がった衛兵らしき武装した男が倒れ込むようにして門のそばに転がっていた。怪我……はないな。一応警戒しつつ近づくと、男は俺を見て一瞬絶望したような表情になったが、後ろについてきたメリッサたちを見て表情が一気に輝いた。悪かったな、むさくるしい男でよ。
「ああ、メリッサ様! お助けください! 魔獣が、魔獣の群れが街道に!」
悲痛な叫びは、騒動の狼煙のように庭に響き渡るのだった。
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