MR-020「聖女見習い」
ストックが尽きてきたので、近日中に更新を週3か4とします。
「止まれ」
「? 何が?」
俺の言葉にわけがわからないという顔をする少女3人。なおも歩みを進めようとする1人を一瞬、見捨てようかという考えがよぎるがそれは隅に追いやって前に割り込んだ。背後でその少女の感情が膨らむのがわかるがそちらを見ている場合ではない。
正面には何もいない。だが俺の感覚は敵を捕らえていた。死角から襲い掛かろうというその相手を……。
「はっ!」
剣を抜くには後ろが近すぎた、仕方なく鉄剣の鞘ごと相手にたたきつける。鈍い音、そして悲鳴。悲鳴の主は天井に空いた隙間から飛び込んできた大きな狼だった。当たり所が悪かったのか、左肩付近が大きく曲がりまともに立ち上がれない。それでも無事な手足でどうにかしようというのか唸りながら俺と後ろの少女3人を見ている。
「ヒッ!」
「落ち着け。メリッサの教え通りに展開すればあいつらが100や200いても防げるはずだ。エーヴ、レーヌ、やってみろ」
「「は、はいっ」」
油断して1人進もうとし、危うく狼に襲われるところだった1人、ディアナは目の前の出来事に硬直したままだった。無事な2人に声をかけると、まだおぼつかない手つきながら霊力が体をめぐり、そして放出されるのが感じられた。
(簡易な障壁とはいえ、ちゃんと張れてるな)
柔らかな光の膜というべき障壁が俺たちを包むように広がり、それが狼に迫る。目の前に来たその膜に襲い掛かる狼。だが、無駄。何もないように見える場所でぶつかり、ガリガリと表面を削ろうとするだけだ。驚きに硬直していたディアナもその光景を見て落ち着いたのか、気配が静まっていくのを感じた。
「申し訳ありませんわ」
「構わんさ。それも修行だ……ってメリッサなら言うだろうからな」
事実、メリッサに頼まれた依頼はとある洞窟奥の泉の水と、そこに生える薬草類の採取。そしてそれには訓練を一応終えた3人を同行させてほしいという物だった。距離的には女の足でも無理のない場所だったが、俺は最初は反対した。なにせ、護衛は俺1人でというのだから。
「悪いな、苦しませた」
折れた足から血を流しながらもこちらを睨む狼に近寄り、鉄剣を一閃。空気の抜けるような声を残して狼は崩れ落ちる。問題はこの流れた血の匂いが奥に漂っていかないかだが……幸いにも奥から洞窟の外に向かって風が流れている。問題はなさそうだ。
ふと後ろを振り返ると慌てたことで裾についた汚れをはたくディアナ。街で過ごしたり、一定の依頼に行くようならそのぐらいでもいいのだろうが……メリッサはその程度じゃ満足しないだろうな。取れる手段は多い方がいい、その上で選んだなら後悔は少ないといつも言っていた女だ。仕方ない……俺が悪役をしたらいい話か。
「おい、今すぐ転がって全身汚せ。そんな真っ白な服装じゃ目立ってしょうがない」
「え!?」
「おじさん、それでばれにくくなるの―?」
「ちょっとエーヴちゃん。お兄さんって呼ぶ方がいいと思うよ」
女3人集まればとはよく言ったもので、それから説明をして実際にやらせるまで結構な時間がかかった。このあたりが基本的に平和で、さっきみたいな狼が稀な方という土地でなければもう襲われていてもおかしくない。
(だからこそ、だろうな。本番前に心を備えさせたいんだ……まったく、上手く使ってくれるぜ)
メリッサは彼女を2度も振ったことを俺が気にしていることを見抜いている。面と向かって貸し借りとは言いださず、巧みに誘導しているわけだ。二つ名のわりには腹黒いところが結構あるなと前から思っていたが変わっていないようだ。聖女と呼ばれたこともあるのにな……そうなるとこいつらは聖女見習いってとこか。
「終わりましたわ。うう、帰ったらお洗濯しないと」
「洗濯することが出来るってことは生きてるってことだ。素晴らしいことだな。細かいことを怠れば洗濯する機会すら奪われる。メリッサがお前たちを引き取り、育てているのは何も善意だけじゃないはずだ」
「それは……その、わかってるよぉ」
「自分で生きていけるようになったら生き抜け、そういうことですよね」
エーヴとレーヌが見た目よりもしっかりしていることに満足した俺は歩みを再開する。洞窟自体はそう深くはないはずだが何があってもおかしくない、そのつもりで進まねばな。そういう背中を見せるのも修行となるのだから……。
「ふー……3人とも、動けるか?」
「なんとか……ですの」
「あんなの反則じゃん!? なんで目いっぱい狼がいるのさ!?」
今にも倒れ込みそうなディアナ、怒りが疲れを抑え込んでいるっぽいエーヴ。2人はある意味予想通りだ。エーヴが帰るまでこの調子が続けば逆にありがたいが……残るレーヌは?
ふと彼女のほうを見ると、なぜか取り分として切り取らせた狼の大きな牙を握ってうっとりとした表情だった。
「レーヌ?」
「うふふ……あんなに力強かった狼さんが私の手の中で物言わぬ牙だけに……」
相方らしいエーブも彼女の様子がおかしいことに気が付いたのだろう。さっきまでの怒りの表情はどこえやら、隣を歩くレーヌを覗き込み……呆れたような顔になった。俺もそのころには状況を掴むことが出来た。つまりはレーヌは戦いに興奮する性質だったのだ。興奮してか、赤くなった顔はまるで男に抱き付く前の女のようだ。
「私とは別の意味で一人つっこまないように気を付けないといけませんわね」
「それがわかっただけ上等さ。お前らは生き残るよ」
良い水場兼子育ての場所としていたのか、洞窟の奥の泉は狼に占領されていた。メリッサはさすがに知らないだろう。知っていればもう少し違う依頼になっただろうからな。洞窟まで下がって、俺が遠慮なしに切り続け、漏れた奴を3人が……というかなり強引な迎撃戦になったのだから。
魔獣と呼べそうな個体がいなかったのが幸いし、なんとか撃退に成功して毛皮や牙等有用な物は貰えるだけもらった。残った死体は……仕方ないので洞窟や泉の隅に大きく穴をあけ、放り込んで土をかぶせた。本当は外に持ち出して処分したいが無理な数だったからな。
「おじさん強いんだねー! 見直したよ」
「ちょっとエーヴちゃん」
「いや、いいさ。おじさんって歳なのは間違いない」
正気を取り戻したレーヌとエーヴの掛け合いに苦笑しながら答える。まだ若いつもりだが体や見た目は正直だ。若々しさという物は確かに無いし、青年と呼ぶのはつらい見た目になってきている。
言われても何も思わないかどうかとは別ではあるが、否定するほどの物ではないわけだ。
「私、わかりましたの。こうあってほしいという気持ちだけでは危ないのだと」
「ほう……いいじゃねえか」
行きは碌に周囲の警戒もしなかったディアナが、むしろ率先して周囲を見渡す姿に俺は内心、彼女らへの評価を改めていた。聖女見習いとして甘やかされているところがあるかと思えば、それだけではないんだなと感じることが出来たのだ。まあ、あのメリッサがそんな甘いだけの育て方をするかどうかというと半信半疑ではあったのだが……。
「ねーねー、どかーんって大岩を砕いたりはできないの?」
「必要があれば、な。お前たちはそんなことより障壁や癒しの腕を磨く方が先だろうさ」
俺の指摘に、子犬のように周囲をウロウロしていたエーヴがぴたっと動きを止め、とぼとぼといった様子で道を歩く。どうやら俺以外にもよく言われていることのようだ。その姿がなんだか妙に面白く感じ、俺は一人笑いながら先に進むのだった。




