MR-018「若返った思い出」
他の作品よりやや展開は早いのを意識しています。
もう少し旅慣れてから買う予定だった馬。それにエルナを乗せて訓練をしながらの旅路。そして向かったのは鉄壁、聖域、そんな二つ名がいくつもついた祈祷術士、かつて一緒に戦ったこともあるメリッサに会うためだった。もう少しゆっくりとエルナを鍛える予定だったが、どうも嫌な予感がしたためだった。
前に噂を聞いた街に向かい、見事にそこで探している相手と出会えたのだが……。
「もしもーし? 聞いてるー? あ、白髪が増えて耳も遠くなったの?」
「違えよ! というか下手にその名前を出す……相変わらず早いな」
俺の名前を誰かに聞かれでもしたら面倒だ、そう言おうとしたがすぐに気が付いたのだ。周囲がうっすらと膜のような障壁で覆われていることに。矢を防ぐとかそういった能力はない。奇襲の時によく使ったやり方によっては卑怯すぎる……消音の障壁だ。
「おじ様……すごい、すごいのね! わーわー! こんなに薄いのにすっごい力を感じるわ!」
色々と重なり、ため息のような物を思わず漏らす俺とは対照的に、エルナは自分のすぐそばにあるメリッサの作り出した障壁のすごさを感じ取っているようだった。感じられていることを喜ぶべきか、大人しくしておけとしかるべきか……悩むところだな。
「1つ、聞いていいか?」
「何かしら? 乙女の秘密を聞き出すつもり?」
乙女って歳かよ、という言葉はかろうじて飲み込んだ俺がいた。例え出会った時には俺より少しだが年上で、随分とからかわれた覚えがあるとしても、だ。目の前の現実が、それを口にするととんでもないことになると俺に警告している。なぜかと言えば……。
「そんなんじゃねえよ。どうして若返ってるんだってことだ」
「ええ!? メリッサさんのお弟子さんとかそういうのじゃないの!?」
そう、エルナが弟子だろうと思うぐらいに……メリッサは若い姿だった。エルナよりは歳が上には見えるが、少なくとも大人というには無理がある。この姿、俺が出会った時とほとんど同じ……そんな馬鹿なことがあるだろうか?
「正真正銘、メリッサですよ。そうね……アンゼルム、貴方が最初にナンパした相手は2人の子持ちだったわよね」
「わかった、信じる。だからその辺にしておいてくれ。一応俺にもコイツの師匠としての立場ってもんがある」
もう20年以上前の、誰も他に知らないような話を持ち出されたのでは反論のしようがない。メリッサが弟子に言い伝えるような立派な中身でもないしな。エルナは最初はきょとんとしていたが、そのうち何かわかったような顔をして俺とメリッサを見比べている。こいつめ……。
「そうね。立ち話もなんだもの……いらっしゃい。ウチでお茶でもしましょう」
そういって障壁を解除し、歩き出す姿は歳を全く感じない。メリッサ本人なら……すでに40は超えているはずなのだ……一体どうなってるんだ?
疑問ばかりが募るが、じっとしていても仕方がない。大人しくしていた馬を引っ張りながらエルナと共にメリッサを追いかける。
「ねえ、おじ様。あの人、本当にメリッサ様なのよね?」
「ああ、そうと思うしかない。で、なんでメリッサは様なんだ?」
歩きながらそんなことを聞いてみる。前を行くメリッサが振り返らなくてもこちらを気にしてる様子がわずかだが感じられる。こういうところは……変わってないな。懐かしい思い出のままだ。
エルナは何やら考え込むように指を口元にやりながら唸っている。そんなに難しい質問だっただろうか?
「んー、特に理由はないかも。メリッサ様はメリッサ様だし、おじ様はおじ様よ? あ、ほら、おじ様だってちゃんと様を付けてるじゃない」
「そういうことじゃ……まあいい」
なんだかこれ以上つっこむと沼にはまりそうな予感がしたので俺は戦士としてのそのカンに従うことにした。こんなのを戦士のカンと呼んでいいのかはわからないままだがな。
ふと前を見ると、メリッサの向かう先に周囲より二回りは大きい建物が見えて来た。壁もあるし、本宅であろう建物以外にも倉庫のような物がいくつも敷地内にあるのが見える。もしかしなくても……ここがメリッサの拠点ということだろうか? 結構稼いでるんだな。
「あら、貴方が稼いできた金額よりは安いわよ。なにせ、自分は討伐は苦手なんだもの。貴方の方がよく知ってるでしょう?」
「だった……な」
そうだ。仲間として戦いに挑みつつもいつもメリッサは味方を守り、時に無謀に突撃する俺を追いかけながら必死に障壁を張ってくれたんだったな。武装が壊れたら一気にピンチになるマジクルなのに、障壁の体当たりで挑んだり、形を変えて障壁で突き刺すなんて戦い方をしたのは後にも先にもメリッサぐらいなものだろう。だが、そんな彼女を俺は……。
「さ、遠慮なく入ってちょうだい」
「お、お邪魔します」
大きな屋敷に小さな少女という妙な組み合わせにどこか驚きつつも、案内されるがままに俺達は屋敷の門をくぐり、中に入る。少しひんやりとした感覚に、俺は改めて驚いた。隣のエルナも同様だ。日の当たらない場所に入ったから、では説明がつかない冷え方だったのだ。
「ふふ、驚いたでしょ? 開発中の障壁よ。外に冷気を出さず、外から熱気を入れない、最終的には火山地帯でも汗をかかないのが目標かしら」
「相変わらずの研究熱だな……一人……なわけないか」
メリッサが帰ってきたことを合図にしてか、屋敷のあちこちから人の気配がした。それらはこちらに近づいてきて……見えたのは何人もの少女たち。幼子というべき子供から、もう成人したであろう歳の女までいる。共通しているのは、メリッサと同じリボンのついた服を着ていることだ。衛兵が統一した装備を身に着けているのと同じような物か?
「お前の弟子たちか」
「ええ、そうよ。聖域の後継者たちね。みんな、紹介するわ。彼はアンゼルム。天使討伐数じゃいまだに誰にも抜かれていない伝説の男よ」
今さらながら、隣に立つと随分と視線を下げないといけない、そんな気持ちを抱きながらの問いかけにあっさりと答えたメリッサ。そして彼女の弟子だという女たちに問題の起きそうな紹介をしてくれた。ほとんどそのあたりを話していないエルナなんかは不思議そうな顔をしている。
対してメリッサの弟子たちは……半信半疑ってところか。そりゃそうだろうな。自分の師匠が連れて来たから信じようという気持ちがないわけじゃないけれど、という状態なんだろうな。
「どのぐらい滞在するかはわからないが世話になる。こっちはエルナ。ドルイドだがまだまだだ。祈祷術の先達として機会があれば鍛えてやって欲しい」
普段は気を使うことの無い態度ばかりを取る俺ではあるがいつでもどこでもそうというわけじゃあない。そうするしかなかったとはいえ、エルナを人生ごと預かっている身なのだからこのぐらいはしないとな。
「ゼル……貴方変わったわね」
「そうか? まあ、見ての通りおっさんだからな。そのぐらいはやれるさ」
話しながら、だんだんと気持ちがどこかかつてに戻るような気がしていた。あらゆる戦場を駆け抜け、血で血を洗うような戦いの中、それを忘れるような仲間たちとのじゃれ合いとも呼べる日々に……。
「さ、持ち場に戻ってちょうだい。彼の実力は後でいくらでも見れるから」
「おい、どういうことだ?」
メリッサから色々と話を聞くために多少のことはお願いされても頷くつもりだが、何も相談なしに決められては問題が出る。そう思って慌てて問いかけるが、メリッサは笑みを浮かべるばかりだ。こいつは昔からそうだった。人の気持ちが読めるかのような……まあ、不気味というよりはそんなに気を使ったら疲れるぞ?と心配する類だったがな。
「心配しないでいいわよ。出来ないことは言わないもの」
「おじ様が押されてる……」
くすくすと笑うメリッサと、反論できないでいる俺を見てか、エルナはどこか驚いた顔でそんなことを呟くのだった。




