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MR-014「対価の価値は-1」


 あれから1週間。俺たちはマスクルと一緒にまだ宿にいた。少なくない金が必要だと思うのだが、心配はいらないという。よほど稼いだのか、実際に余裕があるのか……まあ何事も裏は知らないなら知らない方がいいこともある。


「あんなにいっぱいいたのに……」


「そんなもんだ。あさってにはここを立つ。買い忘れが無いようにしておけよ」


 この街の領主の息子と国の将軍家の娘との結婚は無事に終わった。たかる蜜が無くなれば虫とていなくなる。利益にうるさい商人がその流れに乗らないはずが無く、あれだけ街にあふれていた商人たちはいつの間にかいなくなっていた。自分の荷物を売り、そして新たな売り物を仕入れてまた儲けのために別の街か元の街に戻るのだろう。

 村暮らしでそういった移動に縁の薄いエルナにとってはなかなか信じられないことだったわけだ。


「おじ様の方はもういいの? 訓練ってすぐには終わらないんでしょ?」


「大した事はしていない。俺が教えたのは日々の鍛錬では覚えられないようなちょっとしたコツだとかを仕込んだぐらいさ」


 実際、付きっ切りで訓練するために雇われているならともかく、こうして少しの間で教えられることなど限られている。基礎体力だとかはもう持っているか、これから鍛えればいい。それ以外の……例えばそう、刃物を持った相手に実際に襲い掛かられ、殺気を向けられたときの鍛錬なんかは下手にやるとけが人が出る。幸い、俺ならその手加減が出来る……はずだ。


「柱に縛り付けて目を閉じるな!なんて結構おじ様も厳しいのね」


「エルナが男だったら同じぐらい厳しくしてたさ」


 それって……とエルナが呟いたところでノック。俺は口が滑ったことを気にしつつも助かったとばかりに扉を開ける。そこにいたのはもう顔なじみになった使用人の1人がいた。

 そこそこ歳のいった、教育を担当していそうな女だ。


「主がお二人にお話がしたいと」


「わかった。すぐ行こう」


 別れの挨拶にしては少し早い気もするが、マスクルが忙しくなるかもしれないということを考えるとそう不思議でもないタイミングだ。何度も通った通路を歩き、いつも通りの部屋に案内される。前も思ったが、宿のわりにまるで屋敷にいるかのような流れだ……これが本職の使用人ってやつか。


「急にすまないね」


「別に問題はない。それで、何か厄介事でも起きたのか?」


 座った俺たちに流れるような仕草で出された冷えたお茶……使用人の1人が冷気の祈祷術を覚えたのをさっそく利用している……を口にしながら聞いてみると、マスクルは首を振った。特に問題が起きていないのならやはり早い別れの挨拶か?


「それは大丈夫なようだ……いや、そうでもないのか。それはともかくとして、正式に依頼金を払おうと思ってね。成り行きとはいえ、最初の契約以上のことを君たちはしてくれた。それには正しい対価を払わねばと思ってね」


「なるほどな。金額は任せる。マスクルが出したいと思う金額で……と言いたいところだがこれから物入りだろう? 領地に戻れば売り出し中の物品への投資なんかもいるだろうからな。相場の半分でいい」


 俺が破格の値引きを自ら言い出したことが予想外だったんだろう。マスクルだけではなく、隣のエルナや部屋にいた使用人までもが表情を変える。ただ、マスクル自身は俺が言外に請求した依頼金に気が付いたようだ。


「わかった。2人が領地に立ち寄った時には盛大にもてなしをさせてもらおう」


「楽しみにしている」


 そう、俺はマスクルとの関係をこれで終わりとするには惜しいと思った。珍しく話の分かる貴族という生き物……まあ、こういう言い方は失礼だとは思うが、この前言った時には本人は笑っていた……と縁が結べるのだ。多少の依頼金でそれが出来るのなら安い物だ。


 その後一応耳に入れておくべきだと思ったという話は、今回の婚姻騒ぎでこのあたりに人の出入りが激しかったため、魔物達を刺激したらしいという噂を聞いたということだった。具体的には郊外での活動には注意がいるだろうということだった。


「もっとも、君たちであれば問題は無いかと思うがね」


「騒動があれば飯の種は増える。良くはないが良いことだ。後は精々、互いに得になるように依頼をこなすだけさ」


 実際、依頼金の大小を気にしなければ世間には依頼は星の数ほど転がっている。割に合うもの、となると意外と少ないというのが奪い合いのような状況を作り出してるわけだ。ただ、それに関しては俺にはあまり大きな影響はない。なぜなら……割に合わない理由のほとんどが、対処できないような強さの相手、ということだからだ。







「だからこそ、良い実地訓練になる」


「おじ様!? だからってアレは無くない?」


 マスクルたちとの別れを終え、一冒険者として街中に躍り出た俺達。路銀と経験のために依頼を受け、出かけた先が目の前の状況だ。3体ほどの大きな何かが好き勝手に暴れている。石材を切り出す山肌が霊力だまりだったようで自然に生まれる特殊な人形、ゴーレムの類だ。そこを離れたら自分が動けなくなるのだけはわかるのか、場所を移動しないのが特徴だった。


「心配しなくてもエルナなら出来る。そう思ったから受けるのを反対しなかったんだ。自分を信じて、やるべきことに集中しろ。出ないと依頼人が悲しむぞ?」


「うっ……まだ依頼金がほとんどない依頼を受けたのを怒ってる?」


 痛いところを突かれたと表情を変えるエルナ。そんな彼女には、さあなとだけ答えて俺は近くの岩の上に腰を下ろした。今回は出来るだけエルナだけでやる、そういう訓練だ。駆け出しでも3人はいればこなせる内容だ。彼女の実力なら対処そのものは簡単な部類だ。後はそれに気が付けるかどうかだが……さて。


「正面から殴る? 今回は無しね。祈祷術で何かをぶつける……のは耐久不明だから保留、と。あ、そもそもゴーレムってどうやって動く……確かどこかに核となる物があったはず」


 ぶつぶつとつぶやきながら自分なりに作戦を組み立てていくエルナ。今のところ致命的な間違いはない。世の中に確実という物は無いのは百も承知だが、だからといって可能性を高めることを否定はしない。良く知り、良く学んだ戦士の意見は値千金となるのだから。


「……よしっ!」


 自分の中で考えがまとまったらしく、気合を入れてエルナは動き出した。まだこちらにゴーレムは気が付いていない。この状況からだと……俺なら奇襲で一気に粉砕だが彼女はどうだろうか?

 と、祈祷術の気配が感じられた。その中身はわからないが、エルナの顔を見る限り成功したようだ。


「見えた! みんな腰の後ろね。だったら……! 縛れ!」


 俺の視界で、ゴーレムへと緑のツタが襲い掛かるのが見える。エルナの祈祷術により、自然の力を借りた拘束術だ。昔からよく使われている術の1つで、効果は単純故に確実だ。

 ゴーレムが動けなくなったのを見て取ると、エルナは後ろに回り込み、攻撃用の祈祷術をいくつか打ち込んでゴーレムたちの核を無事に破壊した。


 崩れ落ちたゴーレムの残骸からお金になるであろう部分を回収し戻ってくるエルナ。気になることはあるが、成功させたことは褒めるべきだ。ねぎらいの言葉と共に成功を褒めておく。


「上手くいってよかった。たまーに全く何も起きないんだもん」


「呼びかけが曖昧だったり無理があると祈りも届かんさ」


 喋りながら、今回の依頼目標である薬草を探す。なんでもこのあたりにしか増えないコケがそうらしいのだが……もしかしなくてもゴーレムの体の1部になんだかそれっぽい物が付いている。

 事前に聞いていた特徴とも一致するので、これにて依頼は完了だ。


「今回は上手くいったが、他に敵がいないとも限らないし、拘束しきれないことだって多くなる。そこには気を付けるように」


「はーい! これなら……あの子のお母さんも……」


 自然と速足になるエルナを追いかけつつ、俺達は依頼人のいる街はずれへと向かうのだった。





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