MR-011「狂乱の宴-1」
その日、街は狂乱ともいえる騒ぎに包まれていた。庶民にとって、自分が税を納める先……言い換えれば自分から搾取する相手が誰であろうとその意味では関係がない。
あるとしたら、そんな上から落ちてくる諸々……まあ、おこぼれってやつか。それがどれぐらいの量でどんなものなのか、自分が得られるのか……そんなところだ。
ウェズロー家に嫁に入る形の花嫁が街にやってくる。それ自体は興味はあっても庶民に実利は無い。珍しい物見たさ、乙女のあこがれ、その程度ならばただ騒がしいだけで済む。それがその程度で収まらないのは……。
「うわー! 見てみて、おじ様! 砂糖菓子よ!」
「ああ……降るのではない、ただ嫁ぐ……か」
今回、ウェズローの家に入るのは長女ではなく、三女。普通に考えればあまりものの片づけ……まあ、そこまでは言わなくてもあまり重要度は高くない。だというのに、少なくない金を費やしてこうして祭りのように騒がしている。そこに対する親の真剣度合いが見えてこようという物だった。
飛ぶ鳥を落とすままのウェズローの勢いに乗る形で結婚話が出たであろう状況で、下手に手を抜けば当人の親、つまりは将軍家がウェズローに下ったに等しい。それを防ぐためにも、あくまでも対等な結婚、それを演出したいんだろう。
「私、よくわからないけどそうなるとちょっと花嫁さんが可愛そうだな。だって、本当の意味では望まれてないんでしょう?」
「かもな。当人同士が愛し合っていれば幸せ……と言えるのは庶民ぐらいだ。貴族となるとそうもいかんな」
当日までは手抜きに近いように感じた警備も今は驚くほど過密だ。曲がる道ごとに兵士がいるかのような錯覚さえ覚える。なるほど、警備の兵士を下手に増やすわけにもいかず、かといって足りないままでは問題がある。そこで栄誉をという建前で引き込んだわけだ。マスクルたちには苦労をさせるかな?
(だが自由にしてくれていいというということはわかってるか……)
マスクル本人は他の貴族と一緒に、2名の兵士だけを護衛に連れて残りは街の警備に参加している。例の……手ごたえのある若い兵士の家も同様だ。アイツも緊張した顔で街角に立っていた。
「よう、調子はどうだ」
「誰だっておっさん! あ、なんでおっさんは警備に参加してないんだよ」
最初は真面目な感じで返事を返してきた若者だが、俺とわかると急に文句を言って来た。晴れの舞台の警護だ、そこらの兵士としちゃあこれすらめったにない出来事のはずなんだがなあ?
「おっさん呼ばわりされるように歳だからなあ……ははっ」
「日頃はおじさん呼ばわりだとちょっと怒るのに……もう、おじ様ったら」
からかうエルナをはたきつつ、若者の邪魔にならないように少し後ろに回り込む。こうしておけば本人は前……警備先の街中を見ながらも後ろからの声に反応できる。何より目撃されてもサボってるとは思われない絶妙な配置である。
「平和だから退屈なんだよ」
「馬鹿言え、俺たちぐらいの年代がそれだけ苦労したから今の平和があるんだ……とか言った方がいいか?」
押し殺した笑いを漏らしながら、俺は存分に若者をからかいつつ元気づけた。確かにこういう時は暇だ。だからこそ気を付けないと注意が散る。例えばそう、人ごみの中での騒動とかな。
「っと、あっちで婆さんがこけたぞ。いってこい」
「何!? マジかよ……」
根は真面目なのか、俺が言った通りに人ごみに押されて婆さんが店先に倒れたのを見た若者は素早く駆け出し、警備の穴を作らない程度に婆さんを介抱し戻ってくる。その背中にはばあさんが何度も頭を下げている。うんうん、いい具合に注目を集めてるな。これなら十分気を引けそうだ。
「そういえばおっさん、名前は? 俺はアルフレッド。アルフでいい」
「あん? あー……ゼルだ。こっちはエルナ」
「こっちって……もう、エルナよ。よろしくね、アルフ」
何をどうよろしくしてやればいいのかは俺にはわからないが、エルナの元気な声にアルフは満足したようだった。やはり、男をやる気にさせるのはいつの時代も女ってことかねえ?
「おう。エルナは運がいいよな、ゼルのおっさんみたいな人についていけるんだから」
「あはは。私の場合はちょっと違うかもね。連れ出してくれたんだ……おじ様が。私に未来をみせてやるって」
「おいおい、あんまりからかうなよ……」
嘘ではないし、間違ってもいないが正面から言われるとまるで若い頃のような熱いセリフをよくもまあ、あの時の俺も口にしたもんだ。村を襲った天使共を片づけ、平和が戻ったように見えたエルナの村。だがそこで彼女を待っていたのは自身を見る村人たちの畏怖ともいうべき視線と態度。
誰もが一応試験は受けるとはいえ、ドルイドの資質がちゃんとあり合格するのは一生に1人見ればいい方と言われている。それでもいないわけではないドルイドが何故それだけ貴重なのか? それは今、俺が彼女を鍛えているように色々と厄介事に巻き込まれるからだった。他の祈祷術使いと違い、何もなくても祈祷術が使える、それが何よりも強みで、何よりも……もしかしてという疑念を生む。
裏切るのではないか、といったような話はどこにでも転がっていた。最悪両手をなくし、目を潰され、口も塞がれてすらドルイドは術を使える。祈る頭さえあればいいのだから……。
それに加えて、天使共が急に探しに来るかもしれないという恐怖は、エルナを特別視させるのに十分だった。
(両親はまあ、立派だったな。ちゃんと切り分けて考えることが出来た)
本当は自分の子供を追い出すような真似はしたくない。だけど置いておくわけにもいかない。何よりも村に置いていては彼女が生き残れない。そのことを痛感していたからこそ、俺の申し出に悩みつつも乗ったのだ。
「まっ、人生いろいろあるよな。退屈っちゃー退屈だけどよ、覚えが良くなるんだからこれも大事だよな」
「そういうことだな。ん? おい、花嫁はもう屋敷に入ったんだよな?」
わざわざ俺が確かめたのには理由がある。通りを……妙に厳重な警備を引き連れた馬車が通り始めたからだ。荷台には妙に大きな……太い柱のような物。大きさとしては俺の2倍から3倍ぐらいか。そこそこ横幅があり、嫁入りの家具にしてはでかすぎる。馬が一頭ではぎりぎりだろう。
(なんだ……? 嫌な感じ……いや、違う……これは、なんだ?)
「おじ様……あの中身、普通じゃないわ」
「そうか? だけどあれはめくれないぜ。あの紋章、将軍家のものだからよ。いくらゼルのおっさんでも……」
どうにも嫌な感じはするが、アルフの言うように中身を拝見……というのは出来ない。状況的には嫁入りの際に相手の家へと持ってきたやつだろうからな……最初に見れるのは結婚相手ぐらいだ。
嫌な予感を感じつつ、その馬車を見送り……気が付けば街の喧騒はやや収まっていた。どうやら花嫁が屋敷に入ったことが伝わって来たらしい。
「よし、俺達は行く。アルフ、またな」
「おう、おっさんも気をつけてな」
手をひらひら、年寄りくさいなと思いつつも最近これが癖になって来た。英雄アンゼルムとしての名声は取り戻す気はないが、エルナのためにも、俺自身のためにもずっと隠れ住み生きるということはできない。マスクルもそのつもりだろうが、契約の間は互いを利用し合い、互いのこれからのために生きるのだ。
「エルナ、覚えておけよ? 一人で生きるってのはこういうこった」
「うう、自信が無い……優しく教えてね、おじ様」
さっそく弱音を吐くエルナに内心ため息をつきながらも、なんだかんだと俺も甘い……暇を見て甘味でも食うか、と提案してしまうのであった。




