MR-012「狂乱の宴-2」
その時、俺は英雄を辞めてから2度目の大きな危機に瀕していたと言っていいだろう。守るべきものは多く、切り捨てるべき物も多い。生き残るためなら、切り捨てるべき物をあっさりとそうするべきだった。だが、そうしてしまえばエルナは責任を感じ、旅の目的も大きく変更を余儀なくされるだろう。
周囲には叫びとも悲鳴ともつかない声が多く響き渡る。それに加えて、金属と硬い物がぶつかる音も多数。その音が途切れる時は、人間側に勝者がいないか、相手が敗者となるか……どちらかだけだ。
(そう、羽根付相手にはそれしかない……)
「おじ様……」
「エルナ。気合を入れろ。お前が成功させられるかでだいぶ違ってくる」
背中越しに、エルナが息をのむ気配が伝わる。事実、エルナが失敗しても恐らくは押し切れる自信がある。しかし、世の中には絶対は無いし、状況が悪化する可能性だって十分にあるのだ。そうなればますますエルナはこう思うだろう。あの時、無理にでも見ておけばよかった、と……。
「まったく、とんだ余興になったもんだぜ」
「おい、ゼルのおっさん! そんな余裕ぶっこいてる場合かよ!?」
声の方向に意識を向けながらも、俺は剣を振るう手を止めない。降りてこようとしている羽根付、天使の部下である妙な小さい羽根付を切り裂きながらだからだ。放っておくといつの間にか使徒を増やす厄介な相手……まあ、普通に斬れるから問題はないと言えば無いのだが。
「お偉いさんたちが避難中だろう? だったら焦らずやれることをやるだけだろうが。アルフのほうこそ、ここにいていいのか?」
「うっ……ここはいいから元凶をぶっ倒してこいって言われたんだよ」
言いながら、アルフ自身も初めて見るであろう異形相手に奮戦中だ。左手の小盾ではじくか受け流しつつ、無難にショートソードの類を突き刺している。小回りの利く室内用の戦い方だった。
俺はその一突き一突きに、無意識にか祈祷術の気配をまとわせていることに気が付いて1人、ほくそ笑んだ。
(しっかし、どうしてこうなるかねえ……貸し1つだぜ、将軍さんよ)
背後のエルナに行かせないよう、手早く増援の羽根付もどきを切り裂いていく。悲鳴も上げず、ただ顔をゆがめては散っていく姿は哀れですらある……が、まあ……あいつらはそれを感じないだろうな。まだ完全には降りてきていないのだから。
俺は隕鉄剣を背負ったまま、羽根付もどきの出てくる先……己の胸元に突き刺さった剣の彫刻を抜こうとする羽根付の像を睨んでいた。
あれはそう、結婚式の行われる建物にマスクルに呼ばれ、せっかくだから参加していってほしいと誘われた時のことだった。俺はどうでもいいが、エルナはやはり参加したがっていたので誘いに乗ることにした。そろいの衣装を身に着け、エルナも使用人の女たちに街で買い込んだという衣装を着せられていた。こういう時、嫉妬するもんだろうかと思っていたが、マスクルという上司に恵まれた中では上手く育ったのか、自分たちが出られない代わりに楽しんできてほしい、と言われてエルナは面食らってたな。
俺は一度は引退した身内の剣士として、そしてエルナは会場の花の1つとして結婚式の宴に参加することになった。
大声は出さないが、小声でいちいち感動した声を漏らすエルナ。俺はと言えば、そんな彼女を見守りつつも会場を探っていた。形だけとはいえ、護衛として参加しているのだから最低限は仕事をしようと思っていたのだ。
それに、エルナの成長のためにはただ楽しんで終わり、というのももったいないと思ったのもある。
「どこかのボンボンが失礼なナンパでも始めんものか……」
「ゼル様、さすがにそれは……ありえそうですが」
独り言同然のつぶやきだったが、たまたま隣にいた馴染みの兵士に聞かれてしまったらしかった。忘れてくれ、と苦笑しながらつぶやき、改めて会場を見渡す。
さすがに俺たちがいる場所と、花婿花嫁の両者がいる場所は遠く離れている。力を示すためか、当人や貴族以外を参加させていること自体が異例と言える。
(食事も悪くない……むしろ借金でもしてるのか?と気になるぐらいだな)
ウェズロー家が今もなお勢力を拡大しているとしても、対する将軍家は平和が主な今の世の中ではなかなか難しいところだろう。いつか来るかもしれない災厄に備えて……では限界があるだろうな。人は味わったはずの危機も、恐怖も、絶望すら時間と共に忘れていく。それ自体は悪い事ではない……ただ、その忘却によって備えをおろそかにする、それはとても怖い事だった。
(いつまでも英雄がいるわけじゃないんだぜ?)
誰にでもなくそう心の中でつぶやき、ため息のような息を吐く。それをたまたま見たのか、袖を引っ張られる感覚に振り向けば取り分けた料理を手にしたエルナ。上品……とはさすがに言いにくいが、この場にいても叱られることはなさそうなぐらいに花の1つとなれている。貴族のお嬢さんや、鍛えられた女兵士とは違う方向性の花だ。
「はいっ。今日はおじ様、あまり食べてないでしょ? 言ってるじゃない、食える時に食うのが生き残る秘訣だって」
「そうだな……ああ、お前の言うとおりだ」
あまりぐだぐだと考え事をするのも俺らしくない。いつも通り、何かあれば全力で踏み砕き、乗り越えればいい。それが俺自身の、そしてエルナのためにもなる。そうだ、この護衛が終わったら祈祷術の訓練に人を訪ねよう。俺だけじゃ教育に限界が……んん?
「おじ様、この感じ……覚えがあるわ」
「奇遇だな、俺もだ。……あれか」
正面の主役たちがいる場所から歓声があがる。どうやら式自体は終わり、歓談の場というか、貴族同士の戦争が始まっているようだった。そこで行われていたのは余興や贈り物として持ってきた物品の紹介や受け渡しの場。
目録として武具100人分を一式、などと読み上げられていくたびに歓声があがり、紹介された物品を眺めては騒いでいる。
その中の1つ、未だに幕がかぶせられている大きな何かに、俺とエルナは嫌な物を感じていた。
(この感じ……まさか? いや、そこまで馬鹿ではないだろう……と思いたいな)
俺が感じた気配、それは羽根付共の物だった。だが、周囲をよく観察しても使徒1匹すらいない。確実なのは隠れている何かがその気配をまとっているということだった。
一体どういうことか……その答えはすぐにやってきた。
「続きまして! ピヨル運河が完成したことを記念しまして! ライマン家よりお祝いの彫像が届いております! 実にオルド金貨にして200枚もの大作! お金の話をするのは無粋とは言いますが、今回は大目に見ていただきたい、とのことです……では御開帳!」
司会の掛け声に、何かにかかっていた幕が降ろされ……俺は衝撃にグラスを落としていた。幸い、下はそこそこ上等な絨毯。割れて音を立てることはなかったが……そんなことを気にしている場合ではなかった。
「嘘だろ……」
「残念ながら、俺の目にも見えるよ。はっきりとな……剣で胸を貫かれた天使像だぁ? 正気か……?」
アルフのつぶやきに俺も絞り出すような声で答える。俺たちのそんな声は当然届いておらず、視界は目録に記載されているであろう言葉を読み上げていく。曰く、彫師は魂を込めた。曰く、素材には実際に天使が召喚された建物の1部を使っている……等だ。
確かに、天使共が召喚された建物や遺跡等は上手く砕き、正しく使えば天使避けとなる。逆に言えば、だ。その使い方を誤ると再度召喚装置となってしまうのだ。
「おじ様!」
「エルナ、ついてこい! アルフ、お前はいけそうなやつらと一緒に守りにつけ!」
「お、おう!」
叫びも俺達以外の叫びにかき消されそうになる。他でもない、天使像のそばにいた貴族たちの叫び声だ。なにせ……お披露目とばかりに祈祷術で照らされたかと思うと、その灯りを吸収し、動き始めたのだからな。あいつは待っていたんだ。周囲に羽根無しがたくさんいる場所に着くのをな。
ついでに羽根付もどきがどこからか現れ、周囲の人間を襲い始めた。さすがに本気で駆け寄るわけにもいかず、人ごみをかき分けてたどり着いたときには何人かは羽根付もどきに怪我をさせられていた。幸い死者は出ていないようだが……時間の問題だ。
まずは羽根付もどきの数を減らす……その後はエルナ次第だ。
「いいか、エルナ。出来るなら俺の解放を試せ」
「……うん、わかったわ」
そうして、祝いの宴は狂乱の最中に叩き落されるのだった。




