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一話



 その日、ルティシミア=ブルームはこの上なく上機嫌だった。



 ある晴れた日の午後のことである。

 ワームウッド王国の後宮に存在する、とある庭園で盛大なパーティーが開かれていた。

 盛大な、とは言え後宮でパーティーが開かれるのはよくあることなので、何か特別なことがあったわけではない。

 これは寵愛争いしかやることのない側室たちによって開かれる情報集め&最近調子に乗っている令嬢に対しての牽制などなどが行われる、表面だけは優雅なお茶会なのだ。

 もちろん裏で行われているのは真っ黒な腹の探り合いである。

 そんないつものパーティーに珍しくルティシミアは現れた。

 それを目ざとく見つけた今回のパーティー主催者である公爵令嬢&取り巻きたちは、ただちに談笑しているルティシミアの元へ向かう。

 真っ赤な口紅を塗った唇が、にやり、と不気味につり上がった。

 後宮内でも一、二を争う権力者である公爵令嬢の登場にルティシミアのまわりの令嬢たちは怯えて逃げて行く。

 結局、その場に残ったのはルティシミアだけであった。

 はじめに、取り巻きAが口を開く。



「ルティシミア様、ごきげんよう。貴女がお茶会へ参加するなんて珍しいですわねぇ。まさか情報集めでいらっしゃいますの?」



(いつもお茶会に来ないくせに、どうして参加なんかしたのかしら。まさかとは思いますけれど、降嫁が決まって焦って情報集めにいらっしゃたの?なんて見苦しい!もう降嫁は決まったことなのだから、今さら陛下の機嫌を取ろうとしても無駄ですわよ!)



「あらあら、失礼ですわよ。しかし、ルティシミア様?悪あがきはみっともなくてよ。お気の毒だけれど、諦めることをおすすめするわ。」



(そうそう、全くもって同感ですわ!今さら悪あがきするなんてみっともない!恥を知りなさい!本当にお気の毒。でも諦めることね。所詮貴女はその程度だったっていうことよ!)



「ふふふ、皆様ごきげんよう。お気遣いありがとうございます。でも情報集めではありませんわ。ただ、もうすぐここから出ることになりますから、最後くらいお茶会へ参加しようと思っただけですの。」



 しかし、ルティシミアは穏やかな笑顔を浮かべるだけであった。

 なぜならルティシミアは非常に上機嫌だったから。



 そう、あからさますぎる側室たちの悪意ある言葉を鉄壁の笑顔で流せるほどに。



 ルティシミアは上機嫌だったのだ。



 ー……全てのきっかけは、一つの知らせだった。







 ルティシミア=ブルームはワームウッド王国の伯爵令嬢である。

 現在、17歳。

 14歳の時に後宮へ側室として召し上げられてから三年間。

 どこかの公爵令嬢&取り巻きと侯爵令嬢&取り巻きのように、寵を競ってドロドロの戦いを繰り広げるわけでもなく。

 私は全く陛下には興味ありません、と言わんばかりに部屋に引きこもり、たまに使用人の格好をして城内をうろついている男爵令嬢のようなマネをするわけでもなく。

 目立ってはいないけれど、それなりに正妃の座は狙ってはいますよーという至って普通の令嬢を演じてきた。

 ルティシミアは王妃になることを望んではいない。

 陛下は見目麗しく、能力的にも性格的にも問題はない立派なお方だと聞くけれど、ルティシミアはそんなものに興味はなかった。

 数多くいる他の側室たちと争ってまで、王妃という立場を手に入れたいとは思わない。

 絶対に面倒臭いに決まっている。

 だって考えてもみてほしい。

 ルティシミアは例の公爵&侯爵令嬢たちのように幼い頃から王妃になるための英才教育を受けてきたわけではないのだ。

 恥をかかない程度に勉学、マナー、流行のチェック……その他諸々を身につけはしたが、それだけだ。

 ルティシミアはどこにでもいるような平凡な貴族なのである。

 つまり、王妃になったとして困らないのは容姿、頭脳共にハイスペックな身分の高い令嬢くらいで他の誰かが王妃になったとしたら苦労するに決まってるのだ。

 ルティシミアなんかが仮に王妃になったとしたら、自分より高い身分の令嬢にチクチク嫌味言われたりするに決まってる。

 絶対、面倒くさいに決まってる。

 ルティシミアは何よりも面倒なことが大嫌いなのである。

 だから慎重に行動した。

 目をつけられないよう後宮内の派閥争いには参加しないようにしたけれど、開かれるお茶会やパーティーには時々参加したし、長いものにはそれなりに巻かれて過ごしてきたのである。

 数多く開かれるパーティーの中には参加しないと何気に目立つものも存在するのだ。

 面倒なことではあったけれど、目をつけられるよりはましである。

 まあ、それでも派閥争いに関係するようなお茶会は欠席していたので、側室たちの中では嫌味を言われた方だけれど、目立つところまではいっていなかったはずだ。



 それに、後宮には彼女がいた。

 リリア=フロリアン。

 例の普段は部屋に引きこもり、そして時折、使用人の格好をして城内をうろついている男爵令嬢だ。

 パーティーにも常に不参加で、ほとんど姿を見かけない。

 しかし、ルティシミアは以前、リリアを厨房で見かけたことがあった。

 最初は気難しいことで有名な料理長に気に入られた者がいる、という噂を聞いて厨房を覗きに行っただけだったのだ。

 しかし、ルティシミアがそこで見たのはとんでもない光景だった。

 料理長とにこやかに話しているのは使用人の格好をしてはいたが、どう見てもリリア=フロリアン男爵令嬢だったのだから。



(そもそもどうして誰も気づかないのかしら?男爵令嬢の髪は珍しいストロベリーブロンドなのに……。)



 その日から、ルティシミアはたびたび使用人の格好をしているリリアを見かけるようになったのだった。

 本人は目立っていないつもりのようだが、はっきり言って彼女の行動は逆に目立つ。



(彼女、そのうち陛下たちに目をつけられるわね……。)



 ルティシミアには何となく分かっていた。

 これまで読んできた小説でよくある典型的なシンデレラストーリー。

 身分の低い令嬢が王と恋に落ち、様々な障害を乗り越えてハッピーエンドを迎える話。

 きっと彼女はそのヒロインであるだろうと。

 ルティシミアは一度だけ、しっかりドレスを着た彼女を遠目に見たことがある。

 公爵令嬢や侯爵令嬢のようにグラマラスな美人というわけではないが、清楚に整った顔立ち。

 化粧や身につけているものは質素で、とてもこの後宮では生きていけそうにない清らかな雰囲気をまとっていた。

 側に仕えている侍女は彼女をとても大切に思っているようだし、護衛や侍女長までも彼女は味方につけている。

 ルティシミアは勝手に同情した。

 もしもリリアがルティシミアの予想した通りの人生を歩むのだとしたら、あまりにも前途多難だ。

 王に愛されるのは幸せだろう。

 正妃という地位につけるのも幸せだろう。

 しかし、それと同じほど苦労も伴うのが現実なのである。

 それをあの儚げな少女に乗り越えられるのだろうか……と、そこまで考えてルティシミアは苦笑する。

 まだ何も起きていないのに少し考え過ぎた。

 まだ彼女の物語は始まっていないし、ルティシミアの予想通りになるかも分からないのだから。

 心配しても仕方がないし、リリアもルティシミアに心配されるいわれはないだろう。



(でも……ああ、やっぱりだめね。彼女、もう見つかるわ。)



 しかし、あまりのヒロインっぷりを見て、ルティシミアはやはり直感する。

 ルティシミアのこういう時の予感は結構当たるのだ。

 だから何となく分かる。

 もうすぐ後宮内が荒れる、と。



(ああ、困ったわ。どうしましょう。これは完璧に巻き込まれるわね。)



 ルティシミアは本当に困っていた。

 どうにかしたいけれど、ただの伯爵令嬢である自分にできることなどない。

 もしかしたらルティシミアの予想は外れて後宮内は荒れないかもしれない。

 しかし、今までの経験からルティシミアは自分の予感が外れるとは、どうしても思えなかった。

 もう諦めるしかないのか、と思っていたその時。

 ルティシミアに降嫁の話が来たのである。

 神は私を捨てていなかった、とルティシミアは大喜びした。

 たとえ、降嫁される相手が戦争で負傷し、前線に立てなくなった騎士であるとしても。

 その騎士を厄介払いするために、ルティシミアが降嫁されるのだとしても。

 ルティシミアは後宮から出られることに歓喜したのだ。



 また、ルティシミアにはある夢があった。

 それは、この後宮にいては絶対に叶わない夢。

 遠い昔からの夢。

 だから、降嫁の話はルティシミアにとって都合のいいものだったのだ。



(しかし、問題は私の望みをお相手の方が許してくださるかよね……やっぱり騎士って貴族出身でプライド高い人多いから、無理かしら。いいえ!そこは説得するしかないわ。やっとチャンスが来たのだもの。)



 それに、負傷して厄介払いされるのならば望みがあるかもしれない。

 彼はここから出て行きたいはずだし、王都にもいにくいはず。



「とにかく、会ってみて話をしましょう。」



 ルティシミアは数日後に迫ったお相手との顔合わせを心待ちにしつつ、どうやってお相手を言いくるめようかと作戦を練ることに専念するのだった。





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