プロローグ
『……ルティシミア。こちらへ来なさい。』
『まあ、おじいさま!おきてはだめよ。むりをしては、おからだにさわるわ!』
『はっはっは、大丈夫だ、ルティ。今日は調子が良いのでな。』
『このまえもそういってたのに、ねつがあったじゃない!ほら、ねていなくちゃだめ!……それでおじいさま、なにかわたしにごようなの?』
『おうおう、そうじゃった。ルティに渡したいものがあったのだ。』
『わたしたいもの?……これってかぎ?』
『そうじゃ、私の秘密基地のな。いいかい、ルティ。これは私とルティだけの秘密だ。この鍵のことは誰にも言ってはいけないよ。』
『だれにも?おとうさまたちにも?』
『そうだ。誰にもだ。六歳の誕生日がくるまで誰にも言わずにいられたら、お前のもとに迎えが来る。そうしたら、それを持って行ってみなさい。無事、私の秘密基地へ辿り着けたら、そこは全てお前のものだ。』
『……?わかったわ、おじいさま!ひみつはまもるわ!』
『そうかそうか。それでは、私は少し眠るとするかな。』
『それじゃ、おひるになったらおこすわね!おやすみなさい、おじいさま。』
『ああ……おやすみ。私の愛しいルティシミア。』
窓の外、舞い散る花びらは薄紅色。
ふわり、ふわり、舞い踊る。
遠い遠い、誰も名を知らぬ異世界のものだというそれは、おじいさまの一番好きな花だった。
花はそれぞれ言葉をもっているのだと、おじいさまはいつも言っていた。
蕾をつけて、咲いて、すぐに散ってゆく。
儚く美しいその花の言葉はー……。
『精神の美』
おじいさまが愛した言葉。
『ルティシミア。外見だけでなく、精神まで美しい人間になりなさい。』
今でも鮮やかによみがえる、おじいさまの言葉を忘れたことなどない。
もう、二度と戻らない懐かしい記憶だ。
どんなに望んでも、もう二度とかえってはこない。
幸せだったあの頃の記憶。
ー……あの日。
世界を白く染めていた雪がとけて、ようやく春がやって来たあの日の午後。
少しだけ眠ると言ったおじいさまはー……二度と醒めない眠りについた。
ルティシミアの六歳の誕生日が来る数週間前のことだった。




