Ⅱ-ⅴ 茶番と小道具
翌朝の天気は春先のいい天気で、雨の場合に控えていた雨よけの魔法をかけるための魔導師たちの出番は必要ない、決闘に相応しい晴天だった。
――正午の決闘の見物に、城下の人間はいなかった。即断即決の極みで決まったとはいえ、どこから漏れるのか、噂はあっというまに広がり、翌日の城下はその話でもちきりだったのだが、王弟ゴンザレスの指示で城下の人間の見物は禁止された。
黒髪の女王シーナと共に名高く人気のあるゴンザレスだったが、これには非難する人間が出ないわけがない。
「なんでえ!我らがシーナ様の相手にふさわしいかどうか決める決闘ってえのを、国民が見届けちゃいけねえってのか!」
「戻れ!ゴンザレス様の命令だ!貴様らが見物に入ると、相手が負けた時、お前らのせいにされるかもしれないだろう?」
門番の言葉を聞いて、城門の前に押し寄せていた連中からどっと笑いが漏れる。
「はっはっは、そりゃ敵わねえや。」
……そういうわけで暴動には至らなかったのだとか。強さ誇るケパルドの人間が聞いたら怒り出していたかもしれない。
幸い話題の渦中の二人、シーナとケパルド三の王子ドーランに、決闘前にその話が伝わることはなかった。二人ともに和やかに朝を迎え、笑顔さえ見せる余裕だったと言う。
「なに、少なくともケパルドの連中は下手な細工はせんからな。ドーラン王子とは直接戦ったことはないが、ともかく正々堂々勝負すればいい。――単純な話さ。」
心配する従臣や貴族の娘たちに、笑顔で答える。
一方ドーランもドーランで、判定員王の二の槍ガリに、嬉しそうに話す。
「ケパルドで姫の強さは目の当たりにしていたが、こうして実際剣を交える機会があるとはな。何とも幸運なことだ。」
「姫の剣の腕前は確かですからね。ケパルドにいれば、王の槍になることも不可能でないでしょう。」
「はは、惜しい話だ。……だがまあ俺が勝ったとすればそれも有りうる話だな。」
にやり、と笑う。ガリは王子の言葉に微笑み、釘を刺した。
「殿下に負けても、姫が玉座を手放すわけもないでしょうに。そも、ここで負けるのならばあの時我が国の母となることを拒みはしなかったでしょう。」
全くもって冷静なガリの言葉に、ドーランは少しばかり顔をしかめた。
「お前は相変わらず姫贔屓だな。……ま、いいさ。強者と剣を交える喜びは何にも勝るものよ。」
上機嫌に言い放ち、決闘までのわずかな時を過ごすのであった。
判定員はゴンザレスとガリの二人だったが、当然決闘のための采配の指揮を他国のガリが取れるはずもなく、昨日の今日で着々とゴンザレスが進める。そうして整った正午の決闘には、限られたラカ貴族と他国の貴賓が揃い、今か今かと二人の登場を待った。
ラカ貴族側の見物席には、レントと黒猫チィの姿もあった。……他の執政官二人に関しては姿が見えない。判定員二人の取り決めで、ホームであるシーナが雰囲気的に有利になりすぎないように、ラカ側の見物人を限定したせいであった。それに執政官の仕事が山積みで、三人揃って抜ける余裕がないという、実際的な問題もあった。三人の中でレントが見物の名誉を得ることとなったのは、やはりその地位に少なからずマスコット的な意味が含まれているからだろう。
二人が、登場する――。ラカ側の席から歓声があがる。人数は少ないのだが、何人かシーナの熱狂的なファンともいえる貴族の娘が混ざったらしい。シーナは笑顔で、手を振ってやった。
一方ケパルド側も負けてはいなかった。ドーランとガリの他は使節として最低限の兵と世話係だけだったのだが、こういう決闘を好むお国柄、負けてはならぬとばかりに貴族ばかりの中で歓声をあげる。ドーラン王子も喜んで、これに手を振る。
不気味なほどに静かなのは、他国貴族の連中だった。昨日の今日の急展開に、戸惑いながら、密かにケパルドの勝ちを心配したりする者が大半だった。
そんな中リーナ姫は静かにシーナを見つめていた。……シーナがその姿を見つけて、下から笑顔で手を振る。思わず、笑顔になってしまう。――先日腸が煮えくり返っていたのが嘘のようだ。
そう、先日の舞踏会での発言の時、リーナ姫の心を閉めていた感情は、怒り一色であった。……それがシーナに対するものなのか、それとも嘲笑う周りの貴族に対するものなのか、自分でもよくわからない。とにかくリーナ姫は怒りのあまり、舞踏会のあともほとんど寝付けなかった。
「その様子ですと、順調にシーナ様を口説いているようですな。」
気にしてもいなかった隣の天幕を振り向けば、昨夜出会ったばかりのシーディア二の王子、ツビスがいた。リーナ姫は文字通り、鼻を鳴らした。
「ええ、あの通り男よりも雄々しく立派な陛下ですもの。女のわたくしが恋焦がれて何がいけません?」
「ではもしシーナ様がどこぞの求婚者に負けたとするならば、姫君の恋のお相手は変わるのですかな?」
くつくつと、嫌な笑い方をする。リーナは扇で口元を隠し、笑い流した。
「ほほ、そのように簡単に燃え移る恋でしたら、昨日のような宣言はいたしませんわ。……わたくしはシーナ様を信じております。」
「なんとも殊勝な御言葉だ、。これではわたくしの付け入る隙がありませぬな。」
「あら、一体どちらを横恋慕しようとおっしゃいますの?」
今度は、リーナがくつくつと笑ってやる。ツビスはあの冷たい笑みを浮かべた。
「もちろんリーナ姫にございます。」
「まあそれでは、シーナ様には決闘を挑まないつもりですの?」
「この通り、シーナ様に引き換え何一つ雄々しいと呼べるだけのものを持っておりませぬ身ですので……。」
「ですがシーナ様は“南の臥龍”と呼んでおりましたわ。」
扇の上の、鋭い目がツビスを射抜く。はた、とツビスの目線が下に落ちる。
「……剣舞が始まったようですよ。」
微笑んで言われ、思わず目をやると、ゆったりとした動作で二人が剣を合わせるのが見えた。
「……ご存じですか?剣舞というのは実力に大きく差のある人間同士では、忽ち呼吸が乱れ、一方が怪我をする事態になるそうですよ。」
「お二人の実力はほぼ同じ、と?」
「剣舞を見る限りでは……。そも剣舞が成り立つのは、それなりに実力のある者同士、やはりお二人とも腕は確かなのでしょう。」
リーナはその陶器のような冷たい顔立ちを扇の上から眺めやる。……何を考えているのか読めない。
「ツビス様はシーナ様の剣を見たことがあるのですか?」
目線を下に落としまま、ツビスは首を横に振った。
「いえ……姫君はラケディア戦争についてはご存じですかな?」
「いいえ。名前から察しますに、ラカとシーディアにおける小競り合いのようですが。」
「小競り合い、ね。――ええ、栄華誇るニージェンバルトから見れば小競り合いかもしれませんな。
わたくしがシーナ様とお会いしたのはその一度きりでしてね――。」
ちょうど、剣舞が終わった。シーナとドーランは握手を交わし、剣を交換した。
「それで?」
リーナが先を促すと、ツビスは下を示し、首を横に振った。
「続きは勝負のつきました後にお話しましょう。始まりますよ。」
話の続きは気になったが、試合は集中して見たかった。姫も大人しく引き下がり、下に目をやった。
長身のガリが、勢いよく手を挙げて合図をした。
隙のない構えで、ゆっくりと、二人が円を描くように移動する。……二人の緊迫した空気に呑まれたかのように、会場がしんと静まり返る。
……先にしかけたのはドーランだった。真っすぐな、鋭い一撃をシーナに見舞う。……かわし、横から剣劇を食らわせる。反応よく、ドーランの剣がそれを受ける。……と思ったら、すぐに滑らされ、シーナの姿が下に消えた。下から剣が振りあげられる。……ドーランでなければそこで勝負が決まったかもしれない。手首を狙ったシーナの剣戟は中々見事だった。しかしながらドーランがそれを許すはずはなかった。重力も上乗せされた剣戟がシーナを襲う。
「危ない――!」
ラカ貴族の娘たちが悲鳴をあげた……しかし杞憂な心配であった。下に屈んだ態勢から、舞うように横に跳び、かわす。王子が追いかけるよりも先に離れた位置に飛び跳ねて起き、体勢を整えた。
「見たことのない動きですわ。」
「――恐らく先ほど屈んだ時、本当ならば足払いをしたかったのでしょうな。だが今回の決闘の主旨に合わせ、下から撃ちあげる独特の動きになった。」
目を再び円を描く二人に釘つけにしたまま、御丁寧な解説をしてくれる。ちらり、とその顔を見やると、どことなく楽しそうに口の端が吊りあがっていた。
再び円を描く二人の肩は、ドーランの方が多少大きく動いているように見えた。とはいえあれだけの動きの後、どちらも落ち着いたものだった。……それでもより激しい動きをしていたように見えたシーナの肩は、ほとんど動いていない。
今度はシーナが先に仕掛けた。
横からの剣戟……に見せかけて正面からの剣戟がドーランを襲う。見事なフェイントに一瞬反応が遅れるも、しっかりとシーナの剣戟を受け止める。……またしてもそれは流され、シーナは横に跳んだ。追いかけるようにドーランの剣戟が見舞う。……かわし、流れるような動作で屈んで踏み込み、下から上へ剣が振りあげられる。……黒髪が舞いあがった瞬間、リーナは何か金の光を見た気がした。次の瞬間、ひゅん、と小気味よいまでの音を立て、ドーランの剣が会場内に落ちる。……何も持たざるドーランの喉元には、シーナの剣がぴたりと突き付けられていた。
「勝者、シーナ・ラカ・トワンテット!」
ラカの言葉とケパルドの言葉で、同時にシーナの勝利が叫ばれた。……どっと、歓声があがった。
「ようございましたな?姫君の御信頼は裏切られなかったようですよ。」
既に喉元の剣を下ろし、熱い握手を交わす眼下の二人と対照的に、冷たい笑みを浮かべてツビスが言う。リーナも同じ笑みを浮かべ、言った。
「――当然ですわ。このわたくしの目に、狂いなぞありません。」
「実に頼もしい御言葉ですな。」
「先ほどのお話、続きを聞かせて頂けるのかしら?」
リーナのその願いは、しかしドーランの次なる言葉によって打ち消されてしまった。
「……わたくしはここに、ラカ十二世の強きを認め、永久に婚姻を申し込む権利を放棄することを宣言いたします!」
ガリによってラカの言葉で改めて宣誓され、次々とさざ波のように宣誓の内容が伝わっていった。……その波紋は大きかった。他国貴族の間に、大きなざわめきが走る。
ツビスはそれを聞いても顔色一つ変えなかったが、リーナは嬉しそうな笑いを浮かべた。なんとおもしろいお方――。そう愉快に思っている自分に気が付き、驚き、そして一層愉快になる。……そんな気分は初めてだった。栄華の絶頂に立ち、ゲハルト三世の威光陰ることなきニージェンバルト――。当たり前にその威光を享受していたリーナだったが、一方でその安穏とした境遇に厭いてもいたのだ。今、そのことに気がついた。
「これはこれは……ケパルドは噛ませ犬、というわけですな。」
「そのようですわね。それがわかっていて尚、あのように握手を交わしているようですが。」
再び、ラカの王とケパルドの王子との間に熱い握手が交わされる。ラカ貴族とケパルドの席から、盛大な拍手が送られた。……他国貴族の席からは、拍手はあるにはあるものの、苦々しい表情が添えられていた。
決着が着いて早々、執務室に戻ったシーナは、報告がてら、どん、と黒い毛の束をニージェとシャロットに見せつけるかのように置いた。
「何です、それ?」
ニージェが問うと、シーナはにんまり答えた。
「ケパルドに置いてきた私の女としての命、さ。」
その言葉で、ああ、と納得する。つい数カ月前、ケパルドに亡命したシーナがラカに戻るため、ケパルドの王の前で一芝居うって、結果置いてくることになった髪の毛の束だった。今でもその黒髪のあった頃のように、彼女を“黒尾のシーナ”と呼ぶ人間は少なくない。
シャロットの方は最初からわかっていたのか、一瞥しただけで持っていた書類に再び目を戻す。
「陛下、こちらに印を――。してそれは、公式の場で渡されたのですか。」
「ああ、北の選別商人の件か。――いや、残念ながら決闘の後個人的に渡されたよ。さすがにそこまでは付き合ってくれなかった。」
渡された書類にざっと目を通し、示された場所に印を押す。すかさずシャロットの補佐官が進み出て、書類を受け取った。
「いくらなんでも噛ませ犬やらせてそれは求めすぎだろう。」
シーナより一足先に執務室に戻り、本の山と書類の束に埋もれていたレントが顔を上げずに突っ込む。
「まあな。だがリーナ姫のおかげで十分ヒントはばらまけてるから、こいつは単純に思い出として取っとくさ。」
「いっそあの姫にあげればどうです?喜ぶんじゃないですか?」
こちらも目を通している書類から顔をあげず、ニージェが言う。シーナは笑い、手近な補佐官に処理すべき書類を持ってくるよう指示すると、既に机に乗っていた分に手をつけ始めた。
「相変わらず手厳しいな。……だがあの姫、思っていたよりおもしろい。」
嬉しそうに、くつくつ笑う。机の上に、書類の山が追加された。
「ああ――先日の舞踏会では南の臥龍相手に中々負けてなかったそうですね。」
ただし馬鹿にされてるのに気付いてなかったようですが、と付け足す。……よっぽど平和ぼけしているニージェンバルトの愚鈍さが、気に喰わないらしい。いつにない毒舌のニージェに、滅多に笑わないシャロットもくつくつ笑う。
「南の臥龍といえば、先ほどの決闘で例の姫にちょっかい出してたぞ。……今回の狙いに一番に気付くんじゃないか。」
レントの膝の黒猫が、ぴくりと反応する。……シーナは少しばかり顔を顰めた。
「今回の客人の中では、確かにあやつが一番曲者だからな……。だが正直、好かん。」
確認した書類にチェックをつけ、印を押したものと押さずにラインを引いたものとをよりわけ、どんどん補佐官に渡してゆく。……他の三人もほぼ同様で、違うのはさらにシーナに回すべき書類があるかどうかだった。
「好くも好かぬも、今回の選抜方法をお決めになったのは陛下でしょう。そんなことを言うなら、好いた相手を婿にすればよかったじゃないですか。」
「そう言っておきながら私がそれを言い出したら、お前が真先に反対するだろう?」
「勿論です。」
にっこり、書類から顔をあげてニージェは笑った。再び、シャロットがくつくつ笑う。
「陛下、こちらの書類を――。」
他に目を通していた手を止め、シャロットに渡された書類に目を通す。
「――よし、これで無事ケパルド帰国前に北の選抜商人の書類は揃ったな。急ぎ、届けてやれ。」
「はっ。」
書類の束を渡された補佐官が、駆け足で部屋を去る。……彼が去った後も、共同執務室は書類と書籍の山に埋もれたままだった。以降は、ほとんど会話の飛ぶこともなく、黙々と山は減らされてゆくのだった。
道化「やぁやぁやぁ、よいこのみんな、覚えてるかな?道化だよ☆そしてこっちが……」
あんぐ「あの、その、すみません、作者のあんぐです……。」
道「あれれぇ?なんで正座してるのかな?仮にもこの世界の創造主の癖に。」
あ「白々しいセリフはやめろ。」
道「ふふん、僕にそんな口聞いていいわけ?しばらく放置してたくせに。」
あ「うっ……ほんとうにすみません。読んでくださってた方には申し訳ない限りです。」
道「せめて言い訳はないの?」
あ「言い訳のしようもなく自分のダメ人間加減が原因です。更新遅れて本当にすみませんでした。とりあえずローカル環境で完結してる奴らは、見直しつつアップしきっちゃいます。」
道「まったくもう、君がさぼるとさ、その分僕らの出番がなくなるっていうか、時が止まるんだからね。いや、ほんと、やめてほしいよね。」
あ「お前、今日はやけに辛辣だな……。」
道「はいはい、面倒な作者は放置して、あと何話分かや予約投稿しとくから、しばらく連日でアップされると思うよ。それじゃあね、読者のみんな。また会えるのを楽しみにしてるよ☆」




