Ⅲ-ⅰ お散歩道中
Ⅲ
シーナの“婿取り合戦”はケパルドの第三王子ドーランによるスタートで、求婚者たちに大変な動揺を引き起こしていた。まるで打ちあわされたかのような即断即決の試合、そして求婚権利永久破棄宣言――。
求婚に押し掛けた近隣諸国は、長年ラカとケパルドの間に国交がなかったのを知っている。シーナによって国交が開かれてから日が浅い今日、未だにラカ王国の大半の人間はケパルドを野蛮国と呼び、蔑む。その一番大きな理由がラカの北部にも出没する“竜”と呼ばれる魔物の存在であった。
これまで魔法使いが強大な権力を振るっていたラカにおいて、“竜”はタブーとも言える存在であった。何故なら“竜”には魔法が通用しない。ケパルドの特産品である“竜麟”は、その硬度と最高級の魔法封じの性質から、鎧などに利用される。
ケパルドはこの“竜”を自由自在に操る術を持っていた。ケパルドの“竜攻隊”はラカの“魔導軍”と同等、もしくはそれ以上に恐れられている。……幸い“竜攻隊”と呼ばれる飼いならされた竜は、通常三頭、多い時でも五頭維持するのが限界らしく、また竜の生息領域も北に限られ、南下して攻めようにも肝心の竜たちが弱ってしまう。元々北国で地力の弱いのもあり、大規模な戦争には向いてないのだ。ケパルドは十分そのことを熟知しており分相応に、他国への侵略なぞせず小競り合い時の威嚇に使うくらいしかしていなかった。
それでもラカの専売特許である魔法使いたちにとって、“竜”の存在はおもしろくなかった。実際に北部地域で野生の竜による被害の大きかったことも相まって、竜を扱うケパルドを野蛮とし、一切の国交を絶っていたのだった。
そんな二国であったからこそ、打ちあわされていたにしろいなかったにしろ、波紋を呼んだ。どちらにせよ、あれだけの試合をやるには両国間に信頼がなければありえない。少なくともシーナとドーランとの、個人的な信頼関係が必要だろう。
加えて求婚権利の破棄――。これはまた別の意味で波紋を呼んだ。
一番最初の求婚者がやったことは、不文律として公式なルールとなってしまう。――つまり、決闘を申し込めるのは一度きり、というわけだ。
どの道、婿になれるのは一人だけ、早く申し込まねば他に取られる可能性は大いにある。しかし一方で、十分な情報を収集し根回しした方が勝率が上がるに決まっている。……まさか本気で男らしさなどという曖昧なものだけで、婿を選ぶつもりでもあるまい。いかに他国より有利な婚姻条件を提示するか、いかにもっともらしく勝ちを下してもらうか、そういった争いに違いない。
そんな貴族たちの思惑が絡み合い、牽制し合い、静かな混乱をきたしていたのだが、一番ショックを受け混乱していたのは彼らではなかった。
城内を歩く背の高い人物が、懐に入れた黒猫の低い唸り声に気が付いて目をやれば、離れた廊下を最近話題の賓客がちょうど歩いているところだった。
『……お前、そんなにあの姫嫌いなのか。』
まさか黒猫に直接話しかけるわけにもいくまい。レントがまともにできる数少ない魔法、念話で話しかけると、黒猫は盛大にそっぽを向いた。
『べっつに、そんなんじゃありませんわ。』
何故だか意地を張る黒猫に呆れながらも、一応聞いてやる。
『このまま行くと鉢合わせるんだが、遠回りするか?』
『何故そんなことをする必要があるんですの?シーナ様のために一刻でも惜しんで働いてくださいな。』
本人がそういう以上、わざわざ遠回りする理由もない。……黒猫ならば直接言葉を交わすわけでなし、まあ大丈夫だろう、とそのまま進んだ。
「ニージェンバルトの姫君、このような場所に何か御用ですか。」
ニージェンバルトの言葉で呼びかけると、リーナ姫が振り向く。……貴族というよりは文官という印象の男、顔はともかくさらさらと絹ずればりの音を立てそうな真っすぐな金髪はよく覚えていた。
「ご機嫌よう、ラカ最高の大魔法使い様。シーナ様はどちらにおられます?」
レントの眉根が、少し寄る。
「陛下は執務室で職務中ですが……。何かお約束でも?」
リーナはにっこり微笑み、頷いた。
「以前馬に乗せて城を案内頂けるとおっしゃってましたので。次の決闘が申し込まれましたら、わたくしなぞに構う暇はなくなってしまいますでしょう?ですから今の内に、催促させて頂こうと思いまして。」
懐の黒猫が唸り声をあげた。リーナ姫の目が、レントの懐に向けられる。
「まあ可愛らしい猫。やはり魔法使いには黒猫が似合いますわ。」
「あーいやこいつは……陛下の愛猫だったのですが、下賜されまして。黒いのは陛下のご趣味です。」
全くもってその通りだった。
アズリルの黒猫然とした態度は、誰も本当は人間だなどと疑いもしないのだが、シーナの連れるチィを見たことある者ならば同じ猫だとわかるだけの独特のものでもあった。だからシーナからレントに下賜された、ということになっている。
ちなみに黒猫なのも暗躍しやすい、とかではなく、単純にシーナが幼い頃猫は黒猫がかっこいい、と言っていたのを元に、アズリルがチョイスしたそうだ。シーナに話を聞けば「黒猫に三日月って似合うよな。」とにっこり返された。……暗躍だとか諜報活動だとか、そういった類のことをシーナからアズリルにやらせることはなかったようだ。
「シーナ様は黒がお好きですの?」
まるで恋する乙女だ。
「いえ、猫は黒猫がいいらしいです。それより、姫君お一人でこちらへいらしたのですか。」
半ば呆れながら、目の前の娘を見やる。……恋する乙女たちにとって、シーナのどこがそんなによいのかレントには理解不能だった。
「ええ、一人連れてくると二人も三人も四人も付いてきて邪魔になってしまいますので。陛下の元までご案内願えますか?」
当然案内してもらえると確信している笑顔を浮かべる。黒猫は「シャアッ」と否定していたが、レントは呆れながらも承諾した。
「わたくしもちょうど執務室に戻るところです。道中こいつが少々煩くても構わないのでしたらどうぞ。」
なだめるかのように、黒猫の頭を撫でる。……反抗されて噛まれてしまった。予想通りの反応ではあったので、眉根を寄せただけで我慢する。
「レント様はシーナ様の幼馴染なのだとお聞きしました。十年ぶりに戻られたのですね?」
「ええ。」
……これは執政官になってから何度もあった会話の流れだ。うんざりしたような調子が声に出る。
「十年も辺境の地で暮らしながら戻ってきたのは、地位のため、ではありませんわね。それでしたら最初から出奔しませんもの。ということは……。」
「単なる偶然の結果です。どうしても欲しかった書を入手するために王都まできたら、騒ぎに巻き込まれた、それだけです。」
『サーヘル殴りましたくせに。』
黒猫の呟きは無視する。リーナは微笑み、おもしろがるかと思いきや、安心したように言った。
「それでしたら、わたくしの杞憂でしたわ。」
「は?」
レントが間抜けな声をあげると、リーナはからから笑った。
「いえ、他国の求婚者なぞにシーナ様の御心を射止められるとは思えませんが、十年ぶりにかけつけた幼馴染でしたら、ねえ?」
途端、リーナがよろめく。……慌てて差し出した手のおかげで、転倒は免れた。レントは懐の黒猫を睨んだ。
「大丈夫ですか?」
『今のお前だろ?』
リーナは微笑み、すぐに体勢を整えた。
「ええ、大丈夫ですわ。……変ですわね。何かにつまづいたと思ったのですが、何もありませんわ。」
『これだけ動きにくいドレス着てましたら転んで当然ですわ。』
黒猫は素知らぬ振りをしている。……レントはやはり遠回りすべきだったかと後悔しながら、すでに執務室の扉が見えたことにわずかの希望を見出して安堵した。
「着きました。陛下に話してまいりますので、ここでお待ちを。」
そう言ってそれ以上黒猫が不機嫌になる前に、そそくさと中に入っっていった。
共同執務室にはシーナの他に、ニージェと数名の補佐官がいるだけだった。シャロットはどこぞへ出ているらしい。
「どうしたレント?この小一時間で十歳くらい老けこんだぞ。」
からから笑いながら、一瞬だけあげた顔を再び書類に戻す。言われてニージェもレントの顔を見やる。
「……例の姫君が初対面の時の約束を果たせと表に来てる。」
それだけ言うと、さっさと席に着き補佐官に指示を出す。ニージェは思いっきり顔をしかめ、対照的に王は笑顔を輝かせ、手を止めた。
「なかなかいいタイミングだ。運もいい。レントが一番捕まりにくいというのに。」
くつくつと笑いながらニージェンバルトの言葉を話せる補佐官に「姫君にそこの薔薇を一輪抜いて渡し、新月の間で待ってもらうよう伝えてくれ。」と指示する。
「薔薇って……気障だろ。」
レントが呆れたようにつぶやくと「痛つっ!」黒猫が先ほどと同じ場所を爪でつついた。……いつぞやと同じパターンで最高に不機嫌らしい。
ニージェは顰めつらのまま、手を止めた。
「わかってると思いますが、白兎馬はやめてくださいよ。」
「もちろんだ。そろそろ次の決闘申し込んでもらわんとな。」
愉快そうに先に片付けるべき仕事をより分ける。……ケパルドの件が片付き、ぐっと書類の山は減っていた。
『なんっでシーナ様はあんな女の相手をなさるんですの!?』
着々とシーナが書類を片付ける中、膝の上に出した猫は勝手に憤慨している。
『……俺に言わないであいつに直接聞けよ。ってかまだ今回の婿取りについて聞いてないのか?』
聞いていれば、そんな疑問を抱くはずがない。……私情で気に喰わなくとも、嫉妬する必要もないことがわかるはずだ。
黒猫は文字通り、レントに噛みついた。……完全なる八つ当たりである。最近、レントの手は黒猫チィのせいで生傷が絶えなかった。
『シーナ様のことは信じてますわ。何かお考えあってのことだと知っております。わたくしに話す必要があるのでしたら、ちゃんと話してくださいますもの。わざわざお忙しい中わたくしから聞くわけにはまいりませんわ。』
『信じてる、ってなあ……。』
だったら嫉妬なんてしないだろうに。……その一言をわざわざ念話で伝えることはできなかった。
逆にそれがよかったのかもしれない。しばしの沈黙の後、黒猫は頷くように、大きく首を振った。……レントの手の傷が癒えた。
『申し訳ありません。……仕事の邪魔でしたわね。』
……言われずとも、その素直な謝罪がシーナを支える仕事の邪魔になったことに対するものであることは、いい加減レントにもわかっていた。アズリルと暮らすようになってすっかり慣れっこだったレントは、その言外の意味に一々傷ついたりはしなかった。
『別に……お前と話すのが邪魔だなんてことはない。……色々頭も整理されるしな。役立ってるんだ。』
書類に釘つけにされたままの顔は、心なしか先ほどより赤い。……驚いたように黒猫は目を見開き、まじまじとその顔を見つめた
『あなたに……そう言われるとは思いませんでしたわ。……シーナ様と同じ言葉。』
相変わらず黙々と仕事を進めるも、内心がっくり肩を落とす。結局、レントが何を言おうとやろうと、アズリルにとってシーナが一番、もう一人の幼馴染を超えることはできないのだ。
そんなレントの心を知ってか知らずか、黒猫は癒えた傷の跡を、如何にも黒猫らしく舐めてやった。
『ありがとうございます。……仕事に集中してください。』
レントは無言のまま、黒猫の頭を一撫でする。「ミャウ」と控えめな鳴き声が忙しない執務室に響き、猫好きの数人の心を癒し、無言の内に和やかな空気が流れるのであった。
道化「やぁやぁやぁ、よぅよぅよぅ、ほぅら、道化だよっ☆」
軍人「……あなたねぇ、その挨拶は無理矢理なんじゃないかしら?」
道「アーミー、わかってないねぇ。これは作者が初めてまともに読書したとある児童文学に出てくる由緒正しいお酒の神さまの挨拶なんだよ。ってことは、古来からの由緒正しい正式な挨拶さ。」
軍「読者がそう思うとは限らないし、そう主張する割にあなたがその挨拶を使ったのは初めてだと思うんだけど?」
道「あはは、だって毎回おんなじ挨拶じゃあ、つまらないじゃない?」
軍「はぁまったく……。それで、私たちの話はともかく、何かラカに関しておもしろい話はないわけ?このコーナー何の意味あるんだって、読者に思われてもしょうがないわよ?」
道「いやいや、このコーナーは作者の暇つぶ……げふんげふん。失礼いたしました、アーミー殿。」
軍「ええ、まったく。口には気をつけなさい。」
道「鍛え上げた軍人の腹パンはまじで痛いよ、まったく……。そうそう、ラカに関する話だっけ?ないよ?」
軍「はぁ?」
道「だってここは僕たちが関与する予定のない世界だしねぇ。あくまでメタレベルのおまけでちょっと覗いていじってるだけさ☆」
軍「小難しい言葉使ってるんじゃないわよ。まったく……。ならせめて登場人物出せばいいのに。」
道「それは完結後のおまけコーナーのお楽しみなんだって。むしろ僕が読者なら、おまけはこんなメタレベルで会話させる雑談会じゃなくって、サイドストーリーとかの方が世界観壊れなくって好きだけどね。」
軍「それはそれでやるつもりなんでしょ?特に今回の花嫁編はじゅう「あーあーあー」」
軍「なによ、うるさいわね。」
道「……君さあ、あんだけ読者への愛だなんだ言っておいて、ネタばれよくないと思うんだ。」
軍「珍しくまともなつっこみね。それじゃあそろそろ今日もお開きにしましょうか。」




