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Ⅳ-ⅰ 彼女の花嫁

 王城の朝は朝議で始まる。

 朝議に出る資格があるのは、王と三人の執政官、それから五帥と、それぞれの補佐官であり、有資格者には議題に関係のある重要人物を召喚することが許されている。だからその日、魔導軍司令官ダードリを初めとする竜鱗反対派が朝議に参列しているのを見て、何人かの元帥は首を傾げた。……ケパルドよりの竜鱗輸入の件については、まずは選抜した商人を通じて輸入を行い、財帥下商人連合部が厳重に管理することで決着がついたはず、まだ方針を変更するほど輸入が行われたわけでもあるまいに……。

 黒髪の女王が席に着き、その日の参列者を見渡す。

「さて――皆も気づいていると思うが、竜鱗の件で話がある。この件についてレント、説明せよ。」

その名を聞いて、一同はざわめいた。……筆頭執政官レント、身分に付けられた名称のわりにいつも朝議で議題を話すのは王の右隣に座るシャロットであり、レントの地位はお飾りに過ぎないと侮られても仕方がなかった。それが今、立ちあがったのは王の左隣に座する大魔導師と呼ばれる、レントなのであった――。

「――昨夜、滞在区画ヴァスカビル道院聖火の間にて、一人の少女が焼き焦がされ、瀕死の重傷を負った。治安隊により捜査を進めたところ、商人連合部の納品先記録にヴァスカビル道院の記録がないにも関わらず、大量の竜鱗がはりつけられた部屋が発見され、少年が一人監禁されていた――。」

五人の元帥とその補佐官たちが、ざわめく。……竜鱗反対派は、全く動じない。レントはすぐに、続けた。

「……竜鱗輸入選抜商人の在庫記録と実際の在庫を確認したところ、デスダスタ商会の在庫が記録と食い違うことが判明。責任者に追及したところ、ヴァスカビル道院に納品したことを認めたが、デスダスタ商会にはヴァスカビル道院と元々繋がりがない。そこでさらに追及したところ、ダードリ司令官、あなたの名前が出たのですが、どういうことだかお聞かせ願いたい――。」

ざわめきが、大きくなる。ダードリが立ち上がると、ざわめきは収まった。

「その質問に回答する前に、わたくしからも皆様にご報告したきことが。

 先ほどレント殿のご報告の中に、一人の少女が焼き焦がされ、とありましたが、それは実は私の一人娘なのです。」

ざわめきが、一層大きくなる――。

「ですから私も昨夜の事件については報告を受けております。……その報告の中に、少年監禁の容疑で捕まった少年が、我が娘クローゼアに瓜二つの顔をしていたとあります。これが皆様、どういうことかおわかりでしょうか――?」

竜鱗反対派の一人が声をあげる。「ダードリ様に、罪を被せようとした人間がいるのではないですかな?」その言葉に、ダードリは大きく頷いた。

「そういうことでございましょう――。幸いにも娘は、偉大なる月神の加護受けし魔導師たちの手により、一命を取り留めました。」

竜鱗反対派の何人かから「ようございました。」との声が漏れる。ダードリは席に着いた。

人帥リンシュウが、手を挙げ、口を開いた。

「――そもそもその少年ですが、どういった人物で何故監禁されていたのですかな?レント殿、お聞かせ願いたい。」

指名され、レントが立ち上がる。

「先ほどは説明を省略したが、少年の名をカイ、私の家に住まう同居人であり、一緒に発見された容疑者の少年とは魔術学校での同級生だ。」

一気に場がざわめく――。だからレントが報告したのか、と納得する者までいた。……やはり所詮はお飾りと、何人が心の中で呟いただろう。

 場を静めるために、レントの声の調子が強くなる。

「この容疑者の少年は、ダードリ殿もおっしゃっていたようにダードリ殿の一人娘クローゼア殿の顔を模していたが、本人の魔法の技術ではそのような変身は不可能、少なくとも他にもう一人、魔導師の関与が疑われている。容疑者の少年自身ももう一人の魔導師の存在を認めており、こちらの魔導師については現在治安隊が行方を捜索している――。」

「それでレント殿は、何か要求されたのですかな?」

レントの報告が途切れてざわめきばかりになる前に、リンシュウが口を挟む。レントは、きっぱりと首を振った。

「いや、何一つとして要求されておりません。犯人の目的は、今のところ不明です。」

「――発見されたのは道院だったのでしょう?ならば簡単な話ではありませぬか。道院と繋がるはシャシーの王室、本日のシーナ様の決闘相手にございましょう――。」

ダードリが、ここぞとばかりに言う。それまで黙って一同を見渡していたシーナが、愉快気に口の端をあげた。

「ほう――それでシャシーは、何を望むつもりだったと?」

「それはもちろん、決闘で勝利した際の褒美、シーナ様の伴侶の座にございます。」

「しかし我は特にシャシーから何も要求されておらぬがな?のう、執政官たちよ?」

シャロットとニージェと、そしてレントも頷いた――。ダードリの眉がピクリと動いたが、大きくは動かない。

「……決闘は今日の午後、要求はそれまでにするつもりだったのかもしれませぬ。」

「しかしダードリよ、シャシーとて私が一臣下のために私情で勝ちを譲ると本気で考えるだろうか?私がその要求を跳ね除ければそれまで、悪戯に我が国との交流を悪化させるだけぞ?」

「……そこはそれ、陛下がルフス王子と親しくしておられるのを見て、つけあがったのではありませぬか?」

それを聞いたシーナは快活に笑い、「なるほど。」と頷いた。

「確かにルフス王子の幼さ故に、他の婿候補より特別扱いしてしまったからな……。しかし要求されてもいない事柄で、シャシーとの交流を悪化させるわけにはいかぬ。……よき交友関係に無条件の信頼は不可欠よ。」

「ならば陛下は今回の件、水に流す、と?」

ダードリの問いに、シーナに視線が集まる。シーナは快活に笑った。

「水に流すも何も、シャシーの仕業と決まったわけであるまいに。シャシーが何も要求しておらぬ以上、シャシーは何もやってないと考えるのが道理であろう?」

……確かに、シーナの言葉には説得力があった。今日の決闘におけるシーナの負けを要求したというならともかく、昨日の時点で何も要求していないのでは、シャシーは関係ないと思われた。

 白いひげに埋もれた温和な笑い声が、学帥ロウシェンから漏れ聞こえた。

「……さてさて、それでは一体犯人の狙いは何だったんでしょうな?」

ロウシェンの目が光り、レントとダードリを見比べる。……先に口を開いたのはレントであった。

「誘拐犯からの要求がない以上、それについてはもう一人の容疑者である魔導師の逮捕を待つしかないでしょう。

 それよりも私が追及したいのは、竜鱗輸入不正の件です。」

「ほう?」

ロウシェンの目が鋭く光る。一同の注目が、レントに集まった。

「此度の事件は、試験的な竜鱗輸入に際し、管理を厳重にすると取り決めた矢先で起きました不正が一因としてあります。我が弟子カイは、竜鱗の箱に入れられ運ばれ、竜鱗の部屋に閉じ込められていたが故に魔法による発見は不可能でした。」

竜鱗輸入反対派の顔が輝く。……黒髪の女王は、大人しくレントの言葉を待った。

「しかしそのような中でどのように捜査が進められ、救出に至ったか――皆様おわかりでしょうか?」

おや、と竜鱗反対派の連中の顔が凍りつく。風向きが、おかしい……。

「此度の我が弟子の救出には、精霊使いと治安部隊の寄与した力が大きい。ご存じの通り精霊使いとはシャシーに多く存在する、我が国における魔法使いとは似て非なる存在でございます。我が弟子の護衛の一人に精霊使いがおり、彼女が風の精霊に聞き竜鱗の臭いを辿って、誘拐犯の行動を絞り込んだようです。

 一方治安部隊は、その独自の情報網を駆使し、誘拐現場である魔術学校周辺から出たと思しき少年一人隠せる怪しげなる荷の目撃情報を募り、その行き先を調べたそうにございます。残念ながら魔法区画は、治安支部が他の区画に比べ極端に少なかったせいで大層苦労したようですが、それでも情報網を活用した地道な捜査により見事監禁場所であるヴァスカビル修道院を特定したそうです。」

「お待ちください!」

ダードリが、声を上げた。……このままレントに喋らせていれば、魔法区画の治安支部を増やすべきだと言われかねない。

「ここで論ずるべきは、そもそも犯罪の原因となった、竜鱗輸入が本当によいことなのか、ではないですかな?竜鱗さえなければ魔法ですぐに解決できた話ですぞ?」

その言葉を待っていたかのように、レントが口の端をあげた。

「なるほど、今回の事件があれば、竜鱗輸入反対の格好の材料ですな、ダードリ殿?」

……笑顔だが、目が笑っていない。しかしまだダードリを追い詰めるには早い。ダードリは動じるでもなく、快活に笑った。

「まるで私が竜鱗輸入を禁止させるために事件を引き起こしたとでも言いたいようですな、レント殿?私の大切な一人娘は瀕死の重傷を負ったんですぞ?私もこの事件の被害者だ!」

大げさにダードリが叫ぶと、竜鱗反対派の連中はこぞってダードリに同情した。しかしレントは笑顔を崩さなかった。

「……どうして容疑者の少年はご息女の顔をさせられていたのでしょうな?元々は、そちらの少年を燃やすつもりだったのではありませぬか?しかし不幸なことに、偶然ご息女本人が現れ、容疑者の少年と勘違いした魔導師がご息女の方を燃やしてしまった、それが真相ではありませぬかね?」

「何故娘の顔をした少年を燃やす必要があるのだ?容疑者の少年が娘の顔をしていたのは、容疑者の少年共々お弟子と同級生だったうちの娘の姿を利用して、おびき出したと聞いておりますぞ?」

「おびき出すためだけに顔を変えたのなら、誘拐が成功してすぐに顔を戻すべきでしょう。……万が一にも双子でもないのに全く同じ顔の少年が目撃されてしまえば、魔導軍司令官の一人娘、炎の魔法使いであるご息女は有名人、いくらでも怪しむ人間はおります。それをわざわざ顔を変えず、その姿で誘拐された我が弟子に正体までもばらしていたのは、殺し口封じをすると共に、道院でその死体を発見させ、司令官殿に罪をなすりつけようとした人間を作りたかったのではないですかな――?」

ざわざわと、視線がダードリに集う。……ダードリは顔を真っ赤にさせた。

「そんなのは出まかせだろうが!何も根拠がない!」

……レントは、「確かに。」とその言葉に頷いた。

「……今のは全て私の推論です。ですが……こちらをご覧下さい。」

レントの補佐官が、持っていた紙の束を参列している人間に配り出す。……昨晩徹夜したレントと補佐官たちの成果であった。

「こちらは先の竜鱗輸入選抜商人で不正を働いた、近年のデスダスタ商会の売上高です。ご覧いただければわかりますように、何故選抜商人に選ばれることができるのか、真不思議な数字です。……ザクセン殿、デスダスタ商会選抜の理由をお聞かせ願えますか?」

指名され、財帥ザクセンが立ち上がり、片メガネの位置を微調整する。

「デスダスタ商会は確かに売上高不振ですが、長年ケパルド隣国のワヴォデオとの取引実績があり、ケパルドの気風に比較的詳しいこと、加えてある貴族を中心とする強い推薦があった故に選抜商人に加えました。」

「その貴族の名をお聞かせ願えますか?」

一息おいて、ザクセンは答えた。

「魔導軍司令官ダードリ殿にございます。」

ザクセンが、席に着く。場がざわつき、一同の視線が右往左往する中、女王の声が通った。

「……竜鱗反対派も、多少輸入に関われば輸入する意味がわかってもらえるかと思ってたんだが……。残念だ――。」

シーナが目配せすると、控えていた衛士が、ダードリを取り押さえ、竜鱗製の鎧を着せた。

 「こんな……横暴ですぞ、陛下!私が何をやったと――!?」

「何もやってないのなら後日司法部の裁判でそう主張するがよい。少なくとも不正を働くような商人を推挙した件については責があろう。だがはたしてそれだけか……。――覚悟しておけ。我が執政官レントは昨日の今日でこれだけの材料を揃えたのだからな?我もシャロットもニージェも、この件に関しては何もしておらぬ。」

言われて、執政官とその補佐官以外のほぼ全てが、息を呑む。……誘拐事件が解決したのは夜中、それから動いていたのでは到底揃うはずのない材料である――。

 「――それでは、他の議題に移ろう。」

衛士に連れられダードリが出てゆき、にっこり笑い、シーナが宣言する。……いつも通りシーナの右隣のシャロットが、議題を読み上げるのであった。




 午後、ニージェンバルトのリーナ姫は、一早く決闘会場に幕を張っていた。

今日の決闘はシャシー末の王子が申し込みし詩吟勝負、あらかじめ決めておいた詩を互いに吟じどれだけ正確に詩を覚えているかを競いあうものであった。……正直今までの決闘を考えれば、一番地味で、全く雄々しさなんて感じることのできるものではないと思う。

 それなのに、もう、最後から二番目、なのだ。……本来ならば残る求婚者はシーディアのツビスの他にディーディーコットの王子がいるはずなのだが、生憎とディーディーコットは求婚者本人はきておらず、決闘のしようがない。その辺り、間違って女を送るよりはましだろうが、さすが我が国の隣国、とやや自嘲ぎみにリーナ姫は思った。

 それなのに、シーディア二の王子ツビスが観客席のどこにもいないのは、奇妙に思えた。……よほど自信があるのだろうか、それとも本気でシーナに求婚する意思がないのか、とうとうこの日まで、ツビスは決闘を申し込まずにきた。

 会場に、ルフス王子とシーナが現れる。……ルフス王子に対する歓声は少ない。今までのどの王子よりも少ない。入場からして完全に、シーナの勝ちは見えていた。

 先攻は、ルフスだった。

「やくやくに、かたちくづほりあさなあさな……」

……ラカ語はわからぬが、思ったよりも悪くない。どころか、何か切々と胸に訴える響きだ。

 長い詩の朗詠が終わると、あちこちからすすり泣く声が聞こえてくる。……朗詠の技術を競うものではないとはいえ、中々見事なものであった。

 会場の空気は、すっかりルフスのものとなっていた。さて、この中をシーナはどう始めるのか。

「だんだんと、おもかげうすれあさごとに……」

始め、彼女の声は静かだった。……それが、段々と力を増し、時には天を仰ぎ、時には地に伏して、嘆く。――圧倒、された。涙さえも、流せない。圧倒されるような、悲劇であった。

 しかしながら判定するのは、朗詠の演技力ではないのだ。ラカ語のわからぬ姫は、静かに判定を待った。

「……勝者、シーナ・ラカ・トワンテット!」

会場から、歓声と、拍手があがる。……その殆どはラカ貴族のもので、決闘を終えるにつれ徐々に減っていた他国貴賓からは、白けたような拍手しか起きなかった。ここまできて勝ちを譲らない女王は、一体何者を婿に迎えるつもりなのか――。

 と、会場に花束を持った、背の高い一人の女性が、入っていった。

 今まで、一度としてそんなことはなかった。……制止しようとする衛士を止め、シーナはその人物の接近を待った。

「……強く雄々しき月神の加護受けしシーナ・ラカ・トワンテット、あなた様に適う男なぞ、この世に存在せぬでしょう――。なればこそあなたの隣に相応しきは、強く猛々しい男でなく、優しくたおやかな女にございましょう。わたくし、シーディア帝王第七代カナラデが息子ツビスは、女となりて、あなた様を生涯支えたいと存じ上げます――。」

そして、膝まづき、手にした花束を捧げる――。

 リーナは驚いた。ツビスの操るラカ語がわからずとも、その女性がツビスだと気がついた。そして翻訳された言葉を聞いて、その驚きはますます色濃くなった。

「――謹んでその求婚、お受けしよう――。」

シーナの言葉に、ラカ貴族は驚愕しながらも立ち上がり、拍手した。……長い決闘の末に、強く雄々しき女王は、それに相応しき優しくたおやかな婿を手に入れたわけだ。他国貴賓は、呆れるやら感心するやらだったが、やがてラカ貴族に混ざって、拍手を送り始めた。……いずれにしろ、シーナの数々の決闘は確かに見事なものであったのだ。誰が彼女に勝てるというのだろう?

 その光景を見ていたリーナは、一人無言のまま、会場を後にした。

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