Ⅲ-ⅹ 鎮火
クローゼアが扉を開けた先にいたのは、どこか見覚えのある魔導師だった。
父の仕事柄、幼い頃から魔法使いの一族を中心とする上流貴族の社交の場に顔を出していたので、多分そうした場で目にしたのだと思う。そう言えばかつてカイの家で見かけたチィという少女も、そうして見かけたのかもしれない。
「……大魔導師様のお弟子殿は、ご機嫌いかがだったかな?」
……ん?クローゼアの動きが止まる。魔法使い連中が大魔導師様と揶揄するのは、たった一人しかいない。その弟子といえば……。
「カイのことですか?」
魔導師は頷いた。
クローゼアは本来見たかったはずの炎そっちのけで、魔導師をよくよく観察する。自分のことも本当に人違い、だろうか。……いや、残念ながら父のお陰で魔導師連中に自分の顔はよく知られているはずだった。ならば考えられるのは……。
「こちらの変身に全く気付きません。」
一か八か、言ってみる。魔導師は口の端を歪ませ、呆れたように息を吐いた。
「……よもやそこまでの馬鹿だったか。それでお前は、教えてやらなかったのか?」
「どうして教える必要があるんです?せっかく変身してるってのに。」
どうかここで元の姿に戻れ、とか、戻してやる、とか言い出さないことをクローゼアは必死に願った。……自らを変身させる魔法は言わずもがな、他人を変身させる魔法は、魔法をかける側が余程高度でない限り、変身させられる方にも明確なイメージがなければならない。誰が自分に変身しているのかわからない以上、どちらにせよ失敗してクローゼアが仲間でないことがばれる確率は高かった。
「ふんっ、お前はそこまでの馬鹿ではなかったか……。しかし言っただろう?確実に大丈夫だと?ふふ……確実の意味わかるか?」
さっと、魔導師の左手があがる。……クローゼアがその動きに反応するよりも早く、彼女の体を男の後ろに控えていた聖火が襲う。
「――いやああああっっっっっっっっ!」
――熱い、熱い、熱い!そんな状態で対抗するイメージを練れるわけがない。顔以外の全身を、熱い炎が舐めてゆく。それでも必死に、火が消えるイメージを練る。練れなければ、焼け死んでしまう。
「ふふ、魔法使いを殺すにはイメージを練れないほどに残虐な方法しかないからな。――恨むなよ。」
――燃えるクローゼアにその言葉は聞こえていない。そんなことは承知で、魔導師は悠々と聖火の間を後にした。
青い煌きを放つサファイアが、懐で大きく震えた。ブレッドは人目につかない場所に移動して取り出し、青い光に包まれたベルベロに向かった。辺りはすっかり暗くなっていた。
「何か進展あったか?」
『いえ……風と地と水は回りましたが、怪しい点はありませんでした。ヴァスカビル道院について何か情報ありますか?』
「ああ、さっき丁度怪しい荷の一つがヴァスカビルに入ったことが確認できた。他の荷は向かった先が道院じゃないな。」
『ではやはり……。』
「ああ、可能性は非常に高い。俺も今から直接荷の確認に行くところだ。」
『じゃあ合流できるかもしれませんね。』
「いや、あえて別々に攻めよう。こっちは治安部の連中連れて表から堂々行くから、そっちは裏からこっそり探ってくれ。」
ブレッドの提案に、一拍考えてから青い光のベルベロが提案した。
『……ではこうしませんか?こちらが先に侵入して何がしかの騒ぎ起こすので、それに乗じて堂々入ってください。』
「お、いいな、それ。白だったら騒ぎがなくてすぐわかるし、それはそれで余計な手間も省ける。」
『ええ、じゃあまた、侵入する時に連絡します。』
青い光が、消える――。
早速ブレッドは連れて行く治安隊の人間に説明する。
「お、“踏み込み”ですか!いい響きっすねえ。」
ノリノリで承諾してくれる。……シーナが玉座に着いてから、一時荒れていた治安が大分安定してきたせいだろう。色々張り合いに欠けていたらしい。
青い宝石が震えないか気をつけながらヴァスカビル道院まで来ると、奇妙なことに悲鳴が聞こえた。
「おかしいな、まだ連絡はないんだが……。」
ベルベロたち以外で何か騒ぎが起きているなら、かえってその方が好都合だ。そう思い、連絡はなかったが踏み込むことにした。
「失礼!上階から悲鳴が聞こえたようだが、何かありましたか!?」
叫ぶようにそう言いながら、「え!いえ!違います!」という制止を無視して、ずんずん上に上がる。……もしもの時ブレッド個人が咎を負えるように、他の治安部の人間は入口のところで荷物の件について尋ねている。
外から見た限り、明かりが点いていたのは一番奥の扉だった。……進んでゆくと、ますます制止されたので当たりだろう。
バン、と扉を開き、まず気がついたのは、焦げ臭い異臭、次に気がついたのはまだ息のある黒こげの少女と、それに止めを刺そうとしている連中だった。
「何やってるんだ――!」
ベルベロたちが道院に着くと、既に何か騒ぎが起こっているようだった。ベルベロは首を捻り、とりあえず紅いルビーを取り出す。
「……何かあったみたいです。」
聞くや否や、三人とも駆け足になる。
踏み込むと、治安隊の人間と精霊使いがわんやかんやとしており、混乱状態だった。
「危ない!」
トーリッシュ語が叫ばれたと思ったら、ドサ、っと鈍い音がして、後ろで精霊使いが倒れていた。
「……やりすぎだ。逃げてきただけだった。」
「つい反応してシマッタ。」
ムセカをたしなめながら、リーンもしっかり剣を握っている。……なんとも頼もしい限りだ。
「僕上行きますから二人は奥よろしく。」
言って、さっさと階段を上がる。先ほどの鈍い反応が心配なのか、ムセカが追いかけようとするも、リーンが首根っこ掴んで止めた。
「……魔法使うのに邪魔になる。」
仕方がなく、二人は言われた通り奥へ向かった。
一番騒がしい奥の部屋へ着くと、焦げ臭い臭いと、血の臭いとが入り混じり、ものすごい異臭を放っていた。
「……これ、ブレッドさんが?」
顔を顰めながら近づくと、ブレッドは焼き焦げた物体から顔をあげた。
「ナイスタイミングだ!まだ生きてるんだ。何とかならないか?」
言われてみれば、クローゼアが顔だけを綺麗に残し、全身焼き焦げた服の下にひどい火傷を負って、呻いている。
ベルベロはすぐに人差し指を立て、一回しした。
中途半端にくっついていた衣服がとれ、全身を氷の華が覆う。顔が綺麗に残っている分、造形の細かな白い服を纏っているようだ。
「……すぐに医師を呼ばないと。」
「近くに緊急治療施設があるはずだ。そこまで運んだ方が早い。」
「浮かべ、柔らかに運べ――。」
今度は指を動かさず唱えると、ゆっくりと白い華の服を纏ったクローゼアは浮かび、前進を始めた。「よし、いいぞ――。」
「俺はここの収拾にあたる。その子は任せた。」
ベルベロは頷き、少女の容体に影響のない、ぎりぎりの速さで施設へ向かった。
奥に向かったムセカとリーンは、治安隊と合流し、入口とは別の上階へ続く階段を見つけた。
さすが王都セイジェンの治安隊、統率の取れた動きでさっさか精霊使いたちを制圧していく。
「治安隊だ!大魔導師レント殿の弟子カイ誘拐の容疑がかかってる!大人しくしろ!」
芝居がかったその叫びで、委縮して大人しくなる者もいれば、事情を知っているのか逃げ出したり、逆に襲いかかってくる者もいた。……ムセカの長い手足が、リーンの剣の鞘が、治安隊に交じって精霊使いを制圧する。
と、ムセカが何かに気づき、制圧の終わった部屋で、棚を物色する。
「……あった!」
取り出したのは大きな翡翠のついた首飾りで、カイの胸にかかっていたものだった。
「……どうするんだ?」
尋ねると、リーンの聞いたことのない言語でムセカは喋り出した。
「……高貴なる翠の君、契約に従いて守護すべき少年に害なす者たちを幻惑したまえ。」
『ここにはわたくしの守護すべき少年はおりませぬ。それにあなたはわたくしの契約者でもありませんわ。』
透き通った声が、翡翠から響く。……もちろんリーンには聞こえない。
「私は翠の君と同じく少年を守護すべき者、少年を探す途中であなたに辿り着いた次第です。」
『本当でしょうか?もしあなたがわたくしを彼の少年の下に導いてくれるのでしたら、その言葉信じましょう。』
「――少年を救出するのに、あなたの力が必要なのです。少年の敵を幻惑してください。」
『……我らの意思を変えるには長い時が必要なのです。さあ、少年の下へ案内を――。』
ムセカは眉を吊り上げ翡翠を見つめていたが、すぐに懐にしまった。
「……だから精霊とは馬が合わないんだ。」
トーリッシュ語で呟く。リーンは笑い、「契約に失敗したか。」と言うと、さっさか治安隊に合流する。ムセカもその後に続いた。
表が騒がしい、と思った次の瞬間、竜鱗で覆われた扉が開く。プロテスの腕が、さっと振られた。踏み込んだ治安隊員の体が、飛ぶ。
「ちっ……!出入り口そこしかねえんだよな。」
次から次へと、治安隊員たちが飛ばされてゆく。……さすが魔導師の資格認定が近いと噂されるだけのことはある。魔法を使えない人間なぞ屁でもなさそうだ。
と、扉が一瞬閉まった。と思った次の瞬間――「上っ!」
カイが叫び、プロテスが上を向くよりも先に、ムセカの長い脚がプロテスの顔面に命中した。
「……ナンデ敵にしおおくる?」
既にのびたプロテスを足蹴にしながら、怪訝そうに言われてしまう。リーンが手早くカイの手足の縄を短剣で切ってくれる。
「いやつい……そいつ案外悪い奴じゃないんすよ。」
「のうてんきだ。」
そう言いながら懐から翡翠を取り出し、カイの首にかけてくれる。……結局精霊の守護の恩恵を受けたのは、一番最初の襲撃だけだった。
『では約束通り――』
翡翠が煌いたかと思ったら、プロテスが呻き声をあげた。……翡翠の精霊が夢の中でプロテスに幻を見せているのだろう。
「お前らどうしたんだ?」
「隊長!」
プロテスに吹き飛ばされた治安隊員で意識があったのが、声をあげる。――竜鱗の部屋にブレッドの姿が現れる。
「ベルベロはどうした?」
「お、さすが俺の見込んだ護衛衆、お前らも見習え。……ああベルベロなら、そこの嬢ちゃんのオリジナルの方を緊急治療施設に搬送している。」
「え――!?」
手短に、ブレッドは聖火の間での出来事を話した。それを聞いたカイは、すぐさま竜鱗の間を飛び出していった。
「リーン、付いてってやれ。」
ブレッドが言って、リーンを行かせる。……その後に続こうとしたムセカの首根っこは捕まえた。
「お前さん精霊語話せるんだろ?ここの収拾手伝え。」
「やといぬし、レント。ブレッドじゃない。」
「――ああ、だが今は俺が指揮取ってるんだ。一時でも軍人やってたんなら上には従え。さあお前ら、のびてないできりきり働け――!」
そうしてヴァスカビル導院の家探しは始まったのであった。
カイは言われた緊急治療施設に行く前に、一度家に戻った。まだレントは戻ってないらしく、家は真っ暗だった。
「リーンさん、これとこれとこれ、お願いします!」
手早く薬品の並んだ棚から、三つほど瓶を取り出す。自らも幾つかの瓶と壺から適当に薬草を引き抜いてローブの裏ポケットに詰めると、急いで家を出た。
「――お前さんが持っていかずとも治療施設なら薬くらいあると思うが……。」
走りながらリーンが言うと、カイは息を切らせながら答えた。
「重度の、火傷には、色々、特別な、薬が必要、なんです!でも今、出回ってる、薬の中には、強すぎて、拒絶反応、起こす人もいて……。」
……着いた。早速、ベルベロの姿を探す。
緊急治療施設は、いつでも対応できるように煌々と明かりが灯り、制服を着ている人間に聞くとすぐに搬送されてきたクローゼアの居場所はわかった。
「あ、カイ!」
能天気な声が、カイを呼ぶ。
「ロージーは?」
「……しぃ。今やっと眠りについたんだ。もうあらかたの治療は終わって、明日になれば人体回復専門の魔導師も呼んでもらえるから。」
「――よかった。」
泣きそうになりながら、笑う――。一緒に着いてきていたリーンも笑って「無駄になったな。」と言う。
「無駄になったって、何が?」
いつもののんびりした調子でリーンが問うと、カイは恥ずかしそうに笑った。
「ああいや、実は薬で拒絶反応起こしちゃった時のために、ロージーの体質考慮した火傷薬の材料持ってきたんすけど……。」
以前クローゼアが家を訪れた時に、本人に協力してもらってクローゼアの体に合う薬草の種類を見極めておいたのだ。リーンとベルベロは顔を見合わせ、驚いた。
「個人の体質に合わせた薬って……ラカでは聞かないけど。」
「そうなんすか?南の山に暮らしてた時師匠から教わりました。」
レントは山麓の村民たちの体質を把握していて、それに合わせて薬を調合していた。カイも一緒に調合していたので、村民の体質は把握している。
「レント様は視野が広いなあ。」
ベルベロが呟き、リーンも呟く。
「撫子の考え方だ。」
「え!?撫子ってトーリッシュより西の国っすよね!?」
ムセカの出身国トーリッシュもラカから出たことのないカイにとっては十分遠いのだが、噂でしか聞いたことのない島国撫子は更に遠い。……師匠はどうせ書物で知ってただけだろうが、旅好きと訊いていたこの二人、どこまで旅してるのだろう。
「んー……花街に行けば気分は味わえるよー。」
「え!?」
「だから花街の文化って、撫子が元なんだー。」
……知らなかった。確かに、雰囲気から何まで、全て異国情緒漂ってはいたが。
「まあとりあえず、無事でよかったねえ。」
カイを見て、ベルベロが頬笑みを浮かべる。なんだかタイミングのずれた感想である。ベルベロの手が、カイの頭を撫でる。
「……責任感じてたからな。」
「あ――。」
そう言えば、クローゼアに化けたプロテスに誘き出された時、最後まで渋っていたベルベロだった。リーンに言われてはじめて気がつく。
「……ご心配かけてすみません。」
「んーんー、護衛なのに目離しちゃった僕たちがいけないから、カイは気にしなくていんだよ。」
カイの頭の上に乗ったベルベロの手が温かい。……すっかり深まった闇の中、緊急治療施設の待合室で、三人は寄り添って外の空を見つめるのであった。
道化「ふむ、吾輩は、道化である。名前はまだない。」
軍人「いや、あなた、名前あるでしょうが。しかもその挨拶、何よ?」
道「え~?いやちょっと別の作品で、作者にふざけた挨拶言われたから偶には真面目っぽくいってみよっかな、って。」
ア「たまにはって、いつも真面目に読者と接しなさいよ。それに真面目っぽくって何よ。全然ふざけた挨拶にしか聞こえないんだけど?」
道「てへっ☆」
――ドカッ
道「……うぅぅぅぅぅ……暴力はんたーい。」
ア「気色悪い声出すからよ。」
道「というか作品と関係ない話でこんな進むのどうかと思うんだ。」
ア「明らかに責任はあなたにあるでしょ。」
道「ふーん、へーい、ほーい、すみません。……っとと、ふふん、そう何度も同じ手に引っかかる僕じゃない……って、痛ててて……。」
ア「肉弾戦で私に勝てると思ったら大間違いよ?それで、この物語の裏話でもあるわけ?」
道「あ、それで手加減してくれたわけね……。うーん、ないよ?番外編投稿する準備が整った、ってくらいだけど、あんま人気ない作品だし、どうしようか迷ってるみたい?」
ア「いや、それを裏情報というのでは?」
道「不確定ないつになるかわからない話、実現しなきゃただの妄想でしかないよ。ってかさっさと最終話まで投稿すればいいと思うんだ。」
ア「それには激しく同意ね。ま、精々読者に見捨てられないことを祈ってるわ。」
道「相変わらず厳しいなー。……ま、今回はなるべく最終話まで投稿するようがんばるって。期待しないで待ってあげてもらえると嬉しいな。」




