【24】 報告
一月中に投稿しようと思ったのに…。おかしいです。
◇◆◇ を境に場面が切り替わります。
「アリシア様にお目通り願えないかしら?」
パルメヒアから『転移』の魔術を使い公国へ足を運んだ。
依頼を受けていたのだからクレアにはこちらにも報告の義務がある。
「お戻りですか? 魔女殿。若夫婦から伝言が……って合流できたんですね」
そうですか、とクレアの後ろに控えているエリとマリーに気付き、一人納得しながら道を譲る庭師。
何の前触れもなく戻ったのに通してもらえるということはそう命令が下っていうということだろう。
クレアの要望は最優先で叶えるようにと。
「お忙しいところ悪いわね、アリシア様。報告があって戻って来たわ」
「いえ、お願いをしているのはこちらです故お気になさらないで下さいませ」
クレア、エリ、マリー、そしてアリシアの前に静かにお茶が置かれる。
今この部屋にはクレアとエリ、マリー、アリシアにゼハス、サリサしか居ない。
「災厄の箱とそれに魅せられた愚かな男は消滅したわ。魔物に関しても徐々に収まるでしょう」
アリシアが無言で目を見開く。まさかこんなに早く終わるとは思っていなかったのだろう。クレアだって思っていなかった。
アリシアの後ろに控えている二人も顔にこそ出ていないが驚いているのが分かる。
「クレアルージュ様、エリオット様、ローズマリー様、公国を脅威より救っていただき心より御礼申し上げますわ。ありがとうございます」
立ち上がり優雅に美しく頭を下げて、アリシアは心より感謝した。背後の二人もそれに倣う。
「脅威は去ったけれど、まだまだ大変なことに変りわないわ。アリシア様、ご無理はなさらないでご自愛くださいな」
「はい、クレア様。もうお帰りでしょうか?」
席を立ったクレアたちにアリシアが問う。
「もう一つご報告に行く所があるの」
「左様でございますか。どうか道中お気をつけて。今回の件、真にありがとうございました」
「魔女殿、お帰りですか?」
「ええ、お世話になったわね」
城から出ようとした所で再び庭師に会った。
「アリシア様よりこちらをお渡しするように言い付かってますぜ」
庭に咲いている花を、庭師が手がけた花の束を差し出す。
以前、ミカ様を訪ねる時はいつも花束を持参すると言ったのを覚えていてくれたらしい。……というか、ミカ様の元へ行くとバレていたらしい。
そんなに分かりやすかったかしら、とクレアは思う。
「ありがとう。どれも素敵ね。アリシア様にもありがとうと伝えてちょうだいね」
「一介の庭師に無茶を言いますねぇ。親子揃っての無茶を……」
呆れ顔の庭師に伝言を頼んで再度クレアたちは『転移』の魔術を施行した。
◇◆◇
海を臨む崖の上に来ていた。
空は青く澄んでいて雲一つない晴天だ。ビュウ、と逆巻き舞い上がる風が潮の香りを運んできた。
「こんにちは、ミカ様。今日は素敵な報告があるのよ」
「母上、報告の前に花を。せっかくアリシア様が用意してくれたのですから」
「あら、そうね。うっかりだわ。つい気が急いてしまって」
エリから花束を受け取る。
「生花……前の……まだ……枯れ……てない」
どうしよう? とマリーが視線で問う。
「そうね。先日私が持ってきたこちらはドライフラワーにでもしましょう。そうしたらアリシア様が用意してくださった花束を生けましょう」
崖の上には低木がUの形を作るように植えられているわ。
これ、転落防止の柵にしか見えないのだけれど。いつからここは飛び降りの名所になったのかしら? いえ、植えたのはミカ様なのだけれど……。
初めてここへ連れてきてくださった時に風に煽られて落ちそうになった私のためにミカ様が植えてくださったの。だってあの日は風が強かったのよ。
当時はドレスが普段着だったから風に煽られやすかったの。
ミカ様はここから見える景色を気に入っていらしたわ。
『クレア、とっておきの場所へ連れて行ってあげるよ』
そう仰って「ミカ様」は必ずこの場所へ連れてきてくださる。
二人の思い出の場所なのよ?
だからここに誰かが眠っているわけではないし、遺骨も位牌もあるわけではないわ。あるのはミカ様との思い出。
特別で大切な場所へ私はミカ様に会いに訪れるの。ミカ様が居るような気がするから。
最後に私をここに連れて来てくださったのはもう百年近く前のことよ。
“ミカデュオル・カーメルセ・コルチカム” エリの実の父であり私の愛しい旦那様。
災厄の箱の存在を教えてくれた魔女が言っていたわ。
『人は死んでもまた生まれ変わる。前の生のことを覚えていなくても、その身体に宿る魂は同じだから貴女には分かるでしょう。生まれ変わればいつかまたどこかで巡り会える。私たちの生は永い。待てばいいわ。きっとあっという間よ』
その通りだったわ。
姿形は違っていたけれど、ふとした時の表情やちょっとした仕草が私の記憶に残るミカ様そのもの。ああこの人が私のミカ様なのだと確信したわ。
再び巡り会えたミカ様は同じカーメルセを戴くお家だったけれど、魔術師ではなく騎士の家系だったわ。
出会った時はまだ学生の身であったけれど、それでも腕の立つ生徒として有名だったのよ。さすが私のミカ様ね。
ミカ様に二度目の恋をして結ばれ、エリを授かった。とても幸せよ。
魔術師でないミカ様の寿命は永くなく、お年を召して亡くなってしまったけれど天寿を全うしたのだから不満はないわ。
それにいつかまた巡り合えることを私は知っているもの。
並ぶ低木の中で他と比べてひと回り大きい低木の根元にアリシア様が用意してくださった花を生ける。
そして私たちはしばし黙祷を捧げるの。
ミカ様、災厄の箱を消したわ。災厄の男を抹消したわ。
ミカ様や私の愛する人たちを殺した元凶はもう世界には存在しないのよ。
復讐は済んでしまえば虚しいだけだと言うけれど、私は逆に晴れ晴れとした気分よ。
これで、もう二度とミカ様や息子、義娘を失くすかもしれないという恐怖に苛まれることがないのだもの。
喜ばしいことだわ。ねえ? ミカ様もそう思うしょ?
「さて、一度戻りましょう」
「同意……疲労……お……義母……様?」
閉じていた目を開けるとエリがそう提案してきたわ。
「そうね、色々あって疲れたものね。帰りましょう。でもその前に私は寄る所があるあら先に帰っていてもらえるかしら? そう時間はかからないわ」
多分待っていると思うのよ。私のことを。
「分かりました。あまり遅くならないでくださいよ。母上は話し出すと長いんですから」
「食事……作っ……て……待っ……てる」
「まっ、話題が豊富だと言ってちょうだい」
様々な所で見聞きしているから話が尽きないだけよ。
エリったら人をお喋りの過ぎる奥様方みたいに言って! ちゃんと限度は知っているわ。
息子夫婦が去り、クレアはふと空を仰いだ。
空は青く澄んでいて雲一つない晴天だ。まるで自分の心を表している様だとクレアは思った。
この日が来るのをどれほど待ち望んだか。
今日はとてもいい日だ。
◇◆◇
北へ連なる山脈の麓で出会った。
「やっぱりここに居たねの」
「来ると思ったわ」
互いの姿を見止めると二人同時にそう言った。
そこには、偽の災厄の箱を壊した少女と青年が居た。
「その様子だと全て上手くいったようね」
「えぇ、災厄の箱も災厄の男も消滅したわ」
声を弾ませてクレアは答える。
「流石はクレアだね」
「ふふ、おだてても何も出ないわよ? クレメンス」
「リップサービスじゃないんだけどね」
クレメンスと呼ばれた青年は金色の髪にラピスラズリの青をした目を片方閉じてウインクをかました。
無意味に格好をつけている。
「……のに様になってるのが腹立たしいってシャーリーは酷いな。だが、それは褒め言葉だ。僕は何をしても似合うんだ。似合うから許される」
力説するクレメンスにシャーリーと呼ばれた少女は胡乱な視線を向ける。
「相変わらず仲がいいわね」
微笑ましい光景だ。
この二人がクレアよりも年長者であると誰も気づかないだろう。
そう、クレアに災厄の箱の存在を教えてくれたのはシャーリーだ。
真っ直ぐにのびた長髪は青銀、いまだ胡乱な視線を向けている瞳は黄金だ。
クレアが『太陽』ならばシャーリーは『月』だ。
静謐なる月の現身シャリオ・ド・リリィ
十かそこらの外見をしていてクレアよりも長寿で博識。ひとを外見で判断してはいけない典型だ。
「もうっ! 少しは黙ってなさいクレメンス。魔石を作ってあげないわよ」
「そんな、殺生な。事実じゃないか!」
「万人受けする整った容姿をしているだけでしょう」
やれやれ、と言うようにシャーリーが肩を竦める。
「そうだよ。万人が理想とする容姿を表現したのが僕だ。そう作られた」
「クレメンスはカッコいいものね。でも私のミカ様の方が素敵だけれどね」
「今さら見飽きたわ」
すれ違った人、十人中十人が振り返るけれどここに振り返らない十一人目と十二人目が居た。
クレアは……まあ「ミカ様」が一番だから、とクレメンスは聞き流す。
シャーリーの発言は酷いので聞かなかったことにする。
万人が理想とする容姿を表現したらあら不思議。確かに全体的に整っているが「何処にでも居そうな美男子」「記憶には残らないだろけど美青年」という容姿になった。
下手したらモブになりかねない。
クレメンスとしては自分容姿にも製作者にも不満はない。
クレメンスは人形だ。
純粋に魔力だけで作られた魔石を糧とする特別製のため維持できる人物は限られる。
他にも理由はあるが、自ら魔石を作ることができ、製作者と知己だったシャーリーが譲り受けた。
魔石で魔力さえ補充すれば災厄の箱がいくら魔力を奪おうと死にはしない。ましてや、災厄の箱を捻じ伏せるだけの能力があるシャーリーが作った魔石だ。触れたくらいで魔力が枯渇することはない。
見栄を張って持ち歩いた誰かさんは魔力が不足してシャーリーに魔石をもらっていたが。
「復讐を果たして、貴女はこれからどうするの?」
「あら、珍しい。気になるの?」
クレアはわずかに目を見開く。彼女が他人に関心を持つなんて珍しい。
「……いいえ。そうでもないわね」
一拍の後シャーリーは答えた。
「太陽は気紛れ、月は無関心」
ポツリとクレアが呟く。
「……そうね。太陽は気紛れに貴女に冥加し、月は無関心にただただ其処に在り続ける」
クレアも時に実感する。日が出ている間はただでさえ多い魔力量が増え、能力も向上する。
クレアはシャーリーの実力というものを知らないが彼女もきっと月の影響を受けている。
月は常に天に在る。
クレアに影響を与えている太陽とは何なのか。月とは何なのか。空に浮かぶアレらが本当に意思を持つ存在なのか。考えても答えは出ない。
「さて、そろそろお暇するわ。エリとマリーが待ってるの」
答えが出ないのならば、これ以上考えていても意味がない。クレアは頭を切り替える。
「あら、二人が来てるのね。ずいぶんと久しぶりじゃない? 家族水入らずの時間を邪魔しちゃ悪いわね。わたしたちも行くわよクレメンス……さっきから不気味なくらいに静かね。どうかした? 落ちてるものでも食べたの?」
「黙ってなさいって言ったのはシャーリーじゃないか。だから素直に黙ってたのに」
横暴だ、とクレメンスが抗議する。
「え? 貴方がわたしの言うことを素直に聞くなんて。それに、素直なクレメンスって一層不気味だわ」
心の底からそう思っていると言い切るシャーリー。
「うふふ。本当に仲がいいわね。それでは、きっといつかどこかで。ごきげんよう」
「ええ、きっといつかどこかで」
「エリとマリーによろしく」
今度はいつどこで会えるか分からない。次があるかも分からない。
曖昧な言葉で彼女らは別れを告げた。
補足→ ①魔石の色は作った人物の目か髪の色になります。シャーリーの作った魔石を糧としているクレメンスは魔石製作者であるシャーリーの色に引っ張れらています。なので、逆ではあるけど、目と髪の色が青系、金または金色系です。
②公国にて、報告。ほぼ用件だけ言ったクレアに空気を読んだアリシアは引き止めずにお礼のみを伝えました。細かいことは後程話し合えばいいからと。そして、女の勘を働かせたサリサの――アリシアではなかった――提案で花束を用意。あれは愛しい人の元へ行く顔だと。
③海を臨む崖の上にて、報告。魔力量が人並よりやや多い程度だったミカデュオルは当然クレアより先に鬼籍の人に。エリは外見は父親譲り、魔力量は母親譲り。しかしクレアには劣る。
④山脈の麓にて、報告。一度だけ登場した少女シャーリーと青年クレメンスの名前とどんな存在であるかの説明。長くなりました。シャーリーの外見は月を連想しています。シャーリーの作る魔石の色は彼女の目と同色です。
⑤冥加(みょう・が)→ 気がつかないうちに授かっている神仏の加護・恩恵。また、思いがけない幸せ。(goo辞書より抜粋)
どうでもいい小さなネタバレ→ 見たくない方はとばしてください。
名前にちょっとした意味を込めたりします。
クレアの特別姓『ミリオンベル』花言葉は「ありのままの自然な心」
ミカデュオルの姓『コルチカム』花言葉は「悔いなき青春」
マリーの本名『ローズマリー』花言葉は「あなたはわたしを蘇らせる」
…より。花言葉は一つの花に複数あるのでその内の一つをピックアップしております。
どのあたりが? と思うかもしれませんが、それはまたいつか機会があれば書きたいです。ほぼ願望ですが…。
長らくお付き合い下さいましてありがとうござました。
『クレアルージュ』はここで一旦「完結」表示にしたいと思います。
もし、また続きを書くことがありましたらその時はまた最後までお付き合いくださるとうれしいです。




