第2話 スキルボードと雷魔法
高速で飛来する軟球を華麗に躱せる者がこの世にどれほどいることでしょう?
スライムだらけの通学路へと迷い込んでしまった私は、あれからボコボコにされながら少しずつ前へ前へと進んでおりました。
――ぷるっ!
「――ひぎぃ!?」
――ベチン!
《――1SPを回収しました》
――ぷるっ!
「――あひぃ!?」
――ズバン!
《――1SPを回収しました》
――ぷるっ!
「――くふぅ!?」
――バコン!
《――1SPを回収しました》
しかしスライムにシバかれた回数が二桁を超えたところで、私はこの通学方法の問題点に気づきます。
「このままだといずれ死んでしまいますよ! それもゆっくりジワジワ痛々しい感じで!」
柔らかいボールを死ぬまでぶつけられるとか、これはもうただの拷問でしょう。
たとえダメージがたったの1しかなかったとしても、積み重なればHPは確実にゼロへと近づいていくものなのです。
いちおう対策として、スライムが体当たりしてきたら背中を向けて攻撃を受ければダメージは少ないと思っていたのですが……だいたい同じところに当たるので、もう太ももとお尻が限界でした。
まるで年末に行われる『笑ってはいけないアレ』のように、何度も剥き出しのモモ尻をシバかれた私は、赤くなったお肌を撫で撫でします。
「いたたた……おのれスライム! お尻はお母様にも叩かれたことないのにっ!」
うちのお母様は娘に傷痕が残らないように、主にサブミッション系の攻撃を用いて襲いかかってくるので、私は張り手系の微妙な攻撃に耐性がありませんでした。
せめてグーパンチくらいの攻撃ならばこちらも戦意を高く維持できるのですが……お尻をシバかれるだけだといまいち緊張感が保てないんですよね……。
「……というか私はどうしてお尻を向けるだけの防御法をこれほど信頼してしまったのでしょうか?」
たいして下半身のお肉が多いわけでもないのに。
たいして下半身のお肉が多いわけでもないのに(大切なことなので二回言いました)。
はぁ……スレンダーで辛いわぁ……。
お尻の小さな女の子で切ないわぁ……。
と、予想以上にダメージが多かった原因がスリムなせいだと解釈した私は、気を取り直して通学路の攻略法を考えることにします。
「スライムは近づかなければ襲ってきませんし……先に長く戦い続けるための戦略を立ててから進むことにしましょう」
継戦能力の確保は冒険の基本です。
最初に回復魔法をひとつ取るだけで宿屋へと戻る手間が激減するように、街の外に出る者はまず一回の冒険で戦闘可能な回数を増やす方法を考えなければならないのです。
RPGという優れた教材から学校の授業よりも多くのことを学んでいる私は、さっそく拳を突き上げて例の呪文を唱えます。
「ステータスオープン!」
とりあえずログがあったのですからステータスだってあるでしょう。
「…………」
しかしそんな期待とは裏腹に、呪文を唱えてもなんの変化も起こらず……。
ピヨピヨ。
そよそよ。
プルプル。
と、小鳥とそよ風とスライムが長閑な音を立てて、私は静かに掲げた拳を下ろしました。
……ちがうんです……リアルでRPGをすることにちょっとテンションが上がってしまっていただけで……今のは本気じゃないんです……。
赤面した私は両手で顔を覆い隠し、そしてこんなものを発見します。
《――▽――》
目を閉じると暗闇の端に浮かぶ逆三角形。
なんとなくそれが気になって意識してみると、目蓋の裏に隠れていたウィンドウが下りてきて、私の視界がどこまでも続く星座のような光景で埋め尽くされました。
「おお~……これはこれは…………」
いわゆるスキルボードでしょうか?
どうやらステータスは無いみたいですが、ゲーム脳で考えるなら、ここからスキルの取得ができるはずです。
そんな予想を裏付けるように、曼荼羅や魔法陣にも似た星々の描く幾何学模様からは、なにやら力強い波動を感じました。
試しに星のひとつへと意識を向けてみれば、私の脳にその力の概要が流れ込んできます。
《――【彼方からの囁き】……取得SP:5000000SP。あなたは外宇宙から飛来する念波を受信できるようになる。それはあなたに有益な情報を与えることもあれば、あなたの精神に壊滅的な変革をもたらすこともある。決して軽はずみな気持ちで知らない声に耳を傾けてはならない。それは深き者たちの囁きかもしれないのだから》
……そっと私はその説明文から意識を逸らし、スキルボードを遠く離れたところまでスクロールさせました。
どこからともなく聞こえた気がした『いあ、いあ……』という声も遠く離れていきます。
「地雷っ! このスキルボードからは凄まじく地雷の香りがしますっ!」
幸い先ほどのスキルは取得に必要なSPがとても高かったため間違えて取得してしまうことはありませんでしたが、このボードを使う時には細心の注意を払う必要があるでしょう。
ひっ、ひっ、ふー。
と呼吸を整え、私は再びスキルボードの検証に戻ります。
とりあえず全体像から把握しようと視点を限界まで引いて……引いて……引きまくってみると……やがて闇の中に浮かぶ途轍もない大きさの球体が姿を現しました。
「……ええ? これが全部スキルなんですか? ひと通り確認するだけで年単位の時間がかかりそう……」
ちょっとそこらのゲームとは規模が違いますが、こういったやり込み要素のあるRPGが大好きな私はむしろ嬉しくなります。
「うふふふふっ……タダでこんなスキルボードを楽しめるなんて……」
もしかすると現実は神ゲーだったのかもしれません。
さっそく現実とゲームを混同する危険な思想に取り憑かれた私は、スキルの天体を観察して、その中に二つの光り輝く点があることを発見します。
他の星は淡く光っている感じなのですがその二つだけは燦々と光を放っていて、近づいてみるとその正体はすぐに判明しました。
《――【雷魔法】……深化SP:10SP。あなたは雷を自在に操る知識を得る。知識を深めることで操る雷の威力が強化される》
《――【剣術】……深化SP:8SP。あなたは剣を自在に振るう経験を得る。経験を深めることで操る剣の威力が強化される》
最初に見たログに基礎職業【剣士】と【雷魔法】を得たとありましたから、おそらく取得済みのスキルは光って見えるのでしょう。
職業が【剣士】になったことで【剣術】スキルを得たと考えれば辻褄が合います。
さらに私が取得している【雷魔法】と【剣術】に隣り合うスキルは、他の暗くなっているスキルよりも取得に必要なSPが少なく、このスキルボードが取得済みのスキルを基軸にして広げていくものだということがわかりました。
いちおう遠く離れたスキルを取得することもできそうですが、それには大量のSPが必要となるため、効率を考えるならば近場から開いていくのが賢いやり方でしょう。
他には【雷魔法】関連のスキルよりも【剣術】関連のスキルのほうが必要SPが安くなっていたので、基礎職業【剣士】の効果で【剣術】関連スキルが安く取得できるのかもしれません。
「オーケー、オーケー。だいたい基本は把握できました」
あとは実践を通して細かいところを覚えていけばいいでしょう。
こういうのはとりあえず試してみることが大切なのです。
石橋を突っ走って渡る精神を大切にしている私は、崩れる前に渡ってしまえばよかろうと、さっそくスキルを取得してみることにします。
ただし『深き者』関連……てめーはダメだ。
取得するスキルの詳細は隅から隅まで読み込むことを自分ルールとして定め、私は自分が持つSP量を確認します。
ご丁寧にもスキルボードの左下には、これまでに得たSPの数値が浮かんでいました。
《――所有SP:114SP》
スライムを倒せば1SPを回収できることはわかっているので、お試しも兼ねて、ここは気前良く使ってしまいましょう。
まずは魔法が気になるので、便利そうな【回復魔法】を取得してみたかったのですが、残念ながら【雷魔法】の近くには見当たらなかったので、すでに取得している魔法から試してみることにします。
いつの間にか私の脳みそには【雷魔法】の知識がインプットされていたので、私は意識を現実へと戻して、五〇メートルくらい前方でプニプニするスライムへと指先を向けました。
「【サンダー】ッ!」
どうやら【雷魔法】は私のイメージ通りに形を作ることができるみたいなので、指先からレーザービームを打つようなイメージで魔法を発動してみると、
パチッ。
と、小さな静電気が発生して、指先から三センチほど進んだところで消えました。
スライムまでの距離はあと四九メートル九七センチ。
「…………」
しかしまだ落ち込む時間ではありません。
なぜなら私が得たこのスキルボードには【深化】という選択肢があるのですから!
《――【雷魔法】……深化SP:10SP。あなたは雷を自在に操る知識を得る。知識を深めることで操る雷の威力が増大する》
説明文からしてもレベルアップみたいなものだと判断した私は、さっそく10SPを使用して、【雷魔法】の知識を深めます。
おおっ……おおおおっ……!
すると私の脳みそに皿なる雷魔法のコツが降りてきて……私は再び指先をスライムへと向けました。
「【サンダー】ッ!!!」
先ほどよりも気合いを込めた私の意思に応じて、指先から放たれた雷はスライムへと突き進み、
バチッ。
と、今度は十五センチほど進んだところで消え去ります。
残りの距離は四九メートルと八五センチ。
そして空気の壁が雷にとってどれほど分厚いものなのかを実戦でわからせられた私は、山道に膝から崩れ落ちて、無慈悲な現実に涙しました。
「………………ク、クソゲーッ…………」
これでモンスターと戦えとか、運営は正気ですか?
次回、ちゃんと小春が強化されます。




