第1話 山道と女子高生
新作ローファンタジーリリース!
舞台は日本のどこか、だいたい平成後期くらいのイメージです。
その通学路には、およそ青春を感じるような要素が、ただの一欠片もありませんでした。
私の前に続いているのは森の中に敷かれた土の道。
それも平坦ではなく、ろくに舗装されてない坂道とシダ植物の中にところどころ点在するお地蔵様が、私の体力と乙女心を容赦なく削ってきます。
ここには綺麗な桜並木も、素敵な殿方と雨宿りに立ち寄るためのバス停もなく、あるのは蜘蛛の巣とくっつき虫による精神攻撃だけ……。
「――ぷあっ!? またっ!?」
もはや何度目になるかもわからない『ふぁさっ』と不快な感触を受けた私は、猫のように素早く顔を拭います。
ああ……本当に酷い道です……。
今も顔の上を大きなジョロウグモ(黄色と黒の縞々のやつ)がカサカサと走ってきて……都会の女の子だったら気絶しているところでしょう……。
これなら普通にお金をかけて公共交通機関で通学したほうがマシだったのでしょうか?
少し立ち止まって蜘蛛をデコピンで撃退し、私はすぐにその考えを否定します。
「……いえ、そっちはそっちで苦行ですね」
家から村外れのバス停まで歩いて二十分ちょい。
一日数本しか走っていないコミュニティバスに揺られて四五分。
閑散とした駅のホームで二〇分も待たされたあと、電車に乗り換え一五分。
そしてさらに電車から路線バスに乗り換えて四〇分ほど流れる景色を眺めていればようやく学校近くのバス停までたどり着けるのですが……かれこれ二時間以上もかけて通学してきた村の乙女たちは、みんなこんな現実に気がつくのです。
――これ、真っ直ぐ歩いたほうが早くね?
と。
事実、私の生まれ故郷である【上成村】と私が通う女子校の間には【久遠岳】と呼ばれる御山があって、御山の中腹を貫くこの山道を突っ切ることでかなりの時間を節約できました。
徒歩でかかる移動時間は、およそ一時間半。
つまり今年の春から私が通っている高校までの道のりは、公共交通機関を使うとむしろ通学時間が伸びるという稀有な立地を有しているのです。
さらに上成村では歩くことで浮いた交通費をお小遣いとしてもらう習慣があり、二種類の紙幣を掲げて悪魔のように微笑むお母様から、
「――諭吉と一葉、どっちにする?」
と切り出された私は、迷わず諭吉を選び取りました。
しかしよくよく考えてみれば、もともと私のお小遣いが五千円で月の交通費が一万円ほどですから、私には諭吉と一葉の二人を受け取る権利があるはずで……。
「あの……お母様? 少し計算がおかしいのではないでしょうか?」
そのような私の主張に対するお母様からの回答は、
「あらあら……コハルちゃんは気づいてはいけないことに気づいてしまったのね?」
日頃の家事仕事で鍛え抜かれた肉体から繰り出される渾身のコブラツイストでした。
我がお母様は見た目こそ黒髪の大和撫子なのですが、その中身は口での形勢が悪くなると肉体言語に物を言わせてくる狂戦士なので、か弱い私はただ引き締まったお母様のふくらはぎをタップすることしかできませんでした。
「――ギブですッ!? ギブギブギブッ!!!」
いや、あれは全力で娘の心とアバラを折りにきていましたね……。
そんなこんなで高校生になったことで単純にお小遣いアップをしてもらった私は、今日もまた我が家の家計を救済するために、険しい通学路を歩きます。
目に映るのは緑が鮮やかな大自然と私の足元を守るローカットのトレッキングシューズ。
背中のスクールバックでは熊よけの鈴が、シャラシャラ、と綺麗な音を立てております。
「ハッ、ハッ、ハッ……これじゃあ食パン登校なんて夢のまた夢ですよ……」
高校生活がはじまってかれこれ二週間くらい。
歩き続けていることで多少の体力はついてきましたが、いまだに甘酸っぱい出会いはありません。
いちごジャムを塗った食パンをくわえ、住宅街の曲がり角でたくましい大胸筋とゴッツンコすることが女子高生の嗜みというものなのに……私の青春は口の中に飛び込んでくる羽虫の苦い味からはじまってしまったのです。
……どこで道を間違えてしまったのでしょうか?
山道を選んだことですよね、わかります。
そして歩き疲れ、こんな道を通学路として指定した大人たちは、みんな頭がおかしいんじゃないかと本気で思いはじめたころ。
ついに私は淡々と歩くことが我慢できなくなって、道を塞ぐように転がっていた良い感じの棒へと手を伸ばしました。
「――ほっ! 御剣小春は【ヒノキの棒】を手に入れた!」
遊び心はJKの基本装備。
ちなみに御剣小春は私の名前で、職業はRPG好きの女子高生です。
いつもならここで一緒に登校している幼馴染が「それはブナだから」とツッコミを入れてくれるのですが、今日の彼女は風紀委員の初仕事があるらしく、相方不在のため、私は手に入れた武器を静かに杖へとジョブチェンジさせました。
「……トゲが刺さったら痛いですし、帰りまでに軍手も用意しておきましょう」
そして装備のさらなる拡充を決意したところで、
「――ん?」
田舎者として鍛えられた私の視力が、進行方向の草むらに怪しい物体を発見します。
――ぷるっ、ぷるっ。
目を凝らせば、なにやら青くてプルプルしたものが蠢いている様子……。
「オオルリでしょうか?」
鮮やかな青色のかわいらしい小鳥を想像して、私は嬉々として近づきます。
残り一〇メートル……。
五メートル……。
三メートル……。
そして残り二メートルまで近づいたところで『鳥にしては逃げるのが遅いな』と私は首を傾げて、
――ぷるっ!
同時に草むらから飛び出してきた青いプルプルが顔の真ん中にクリーンヒットしました。
「――ぶぇっ!?」
くっ!? 軟式のテニスボールくらい痛いっ!
中学に体育で食らったスマッシュを思い出しながら、私は手にした棒を反射的に振るいます。
「――せいっ!」
鼻を攻撃されたことで怒りのバフが乗ったその一撃は、青いプルプルの芯を正確に捉え、
ズバアッ!
と森の中に青いしぶきが飛び散りました。
会心の一撃を放ち、私はブナの棒を背中に装着しているスクールバックへと納めます。
「ふっ……またつまらぬものを斬ってしまった……」
ここで、ピッ、と鼻血を親指で払うのがクールなポイント。
考えるよりも先に手が動くのは、私が母から受け継いだ狂戦士としての特性でした。
暴力によって復讐を完遂し、そして人生で一度は使ってみたいセリフの脳内チェックリストへと二重丸を入れたところで、ようやく私は先ほどの生物について思考を巡らせます。
「……はて? あんな生き物がこの山に生息していたでしょうか?」
田舎に暮らす女子高生である私はかわいい小動物に詳しいほうですが、あのような野生動物は見たことがありません。
体毛の無い身体。
まんまるいシルエット。
そしてプルプル震える独特の質感。
「強いて言うならゲームに出てくるアレに似ていましたが……」
しかしそいつは現実には存在しない想像上の存在だったので、私は即座にその妄想を口から吐き捨てました。
「いやいやいや……経験値を1だけくれる存在なんて、この世に実在するわけが…………」
と、そこまで否定したところで、私の視界にログのようなものが流れます。
《――【粘魔族】の討伐を確認しました》
《――条件達成により、魔道探索オペレーションシステム【天照】を起動します》
《――1SPを回収しました》
《――チュートリアルクエスト『はじめての戦闘』を達成》
《――御剣小春は100SPを手に入れた!》
《――御剣小春は基本職業【剣士】を手に入れた!》
《――比良坂に落ちた新たな迷い子へと【伊邪那岐】から餞別が与えられます》
《――御剣小春は【雷魔法】を手に入れた!》
「…………は?」
なにやら見覚えがある単語の数々に、私は自分の正気を疑います。
「あ、あはははっ……きのうはかなり夜遅くまでゲームをしていましたから……ちょっとお脳がバグってしまっているのかもしれません……」
そして私が眉間をグリグリしながら現実逃避するように通学路の攻略を再開すると、一〇歩ほど歩いたところで草むらが揺れて、また青いプニプニが私の鳩尾へと突撃してきました。
――ぷるっ!
「――おぐぇっ!?」
……もちろん乙女としてあるまじき悲鳴を上げた私は、襲撃者へと怒りの反撃をぶちかまします。
「お腹はいけませんっ!」
ズバンッ!
《――1SPを回収しました》
先ほどよりも素早く討伐できたのはいいものの、そこそこの痛さに私は腸が飛び出ていないかとお腹の状態を確かめました。
「くふぅ、割れてない……むしろプニってる……」
ここにもにっくきスライムがぁ…………肉だけに。
「って、ふざけてる場合じゃありませんね……」
だらしないお腹から顔を上げた先に見えたのは、森の中に点在している青いプルプル。
そのあまりにも非現実的な光景に、私はほっぺたを強めに引っ張ります。
……やっぱり痛い、夢じゃない。
ふっ……どうやらバグっていたのは私の頭ではなく……現実のほうだったみたいです……。
ろくに手入れのされてない古い山道。
ゲームみたいな趣のある謎のシステム。
そして殺意全開で襲いかかってくる青いプルプル……。
私はより歩きにくさを増した通学路を眺め、死んだ魚の目になって呟きます。
やたらと道のりが険しいうえにクマやイノシシだけじゃなくスライムまで出てくる山道とか、
「……なんて危ない通学路でしょうか…………」
そしてそれが、私の地元に敷かれた魔道を巡る、冒険の日々のはじまりでした。




