7話 舞い降りる草
大勢の悲鳴が聞こえてくる戦場から、私たちはなんとか逃げおおせた。私はベビーカーの中に入っていただけなんだけどね【さすらいシッター】さんに無理をさせてしまった形だ。
「あの、大丈夫でしたか?」
「はーはー、ふぅふぅ。はー、こんなに走ったのなんていつぶりでしょう」
「私もデバフがかかってなかったら走っていたと思います。普段動かないからこそ、思いの外体を動かすと気持ちがいい、わかります」
「本当に、乗り物に慣れちゃうと自分では動かなくなってダメですね」
「乗り物ですかー。私はまた別の理由ですね」
「歩けなくなった、とかですか?」
年齢的なことを言っているのだろうか?
厳密にいえば、歩く必要がなくなった、だ。
このようなVRMMOが流行る、世界に浸透したとなればまず最初に行われるのは医療現場。それがさらに先に言って、自宅にいながら学校や会社に行ける社会。
私の世界において、それが当たり前だった。
しかし彼女は違うという。
バスや電車などの交通手段がある世界なのだとか。
ますます異世界が繋げられてる予感がしてきたぞ。
だからこそ、面白い。
常識が違う人種が集められるからこそ、いろんなハプニングが起きる。そして、そんな人たちをまとめて「人権を奪い去る」ことで全てのヘイトを運営がとった。
不平不満は全て運営のせいだ。
そうすることで、プレイヤーはつまらないケチの付け合いをすることなくゲームに真摯に向き合える。
うまいな、と思う。
全てが運営の手のひらの上だ。
「そんなところです」
ベビーカーの中で肩をすくめて見せる。
本当のことを言っても、彼女は眉を顰めるばかりだ。
なら、ミチはミチのまま、置いておけばいい。
何でもかんでも明かすのは、彼女のミチ探求力を損いかねない。
聞かれたら答えるが、なんでもは答えない。
このスタンスでいこうか。
「ああ、やはり。姉も出産をしてから体力不足を嘆いていたんです。私もそうなるのではないかと今から不安で」
やはり彼女は妄想力が逞しいのだろう。
相手もいないというのに、意識がすでにそこにある。
「やはり失敗は怖いですか?」
「できるだけしたくはありませんね」
「私は逆に、それを伸びしろと考えます。ああ、失敗した恥ずかしいなぁ、次はしないようにしないと。じゃあ、次からはどう立ち回るか? こういうのって備えていたっていつかは失敗はするんです。そして失敗しないと、明確な改善点は出てこない。今回の名称公開というデバフ、聞いただけではピンとこないものでした。しかしこうして体験したからこそわかるものがある。これは、即座にお荷物になるタイプのものだ」
「それは聞いた通りの効能ではないのですか?」
「即座に死を選ぶタイプのデバフ。確かにそうでしょう」
「はい、聞いた通りだなって」
「だけどそんな意味不明なスキル。本当に運営が実装すると思いますか?」
「まだ裏があると?」
「それを考えるのが、実際に失敗をした人の務めと考えますよ。現にこうしてお話が可能だ。実際に行動は制限されるが、もしこのデバフ、モンスターに継承できるとなったら?」
「あ、戦略的に幅が出ますね!」
「その通り。その時に役に立つのが【さすらいシッター】さん、あなたのようなでバッファーを担いでモンスターに突撃を仕掛けられる人でしょう」
「そんな大役、私なんかにできるでしょうか?」
あわあわと動揺するようにベビーカーを揺らす。
「もちろん、引き受けるかどうかはご本人にお任せしますよ。私だったらこんなことをしたいし、できる。そんなアドバイスなんです」
「あぁ、はい。引っ込み思案な私に合わせた提案だったわけですね」
「実際、戦闘しなくたって、このゲームはプレイヤーの個性が際立っている。見てごらんなさい、生産などが盛んに行われており、市場が豊かだ。ここはふれあい広場のような場所なんだろうね」
先ほどの新緑都市とはうって代わり、ここは開けた空間だった。
店先ではクレープや切って焼いた肉なんかが売られている。
「そうですね。ですが、巻き込まれた時の危機対策としてはとても参考になりました。どうでしょう、少しブレイクといきましょうか?」
「あ、私もお金出しますよ。流石にこれくらいはさせてください」
「じゃあ、折半で。私こういうお買い物初めてで、少しドキドキしますね」
仲良く半分づつ出してクレープを購入する。
こんな開けた平地で、どのような手段でミルクなどを調達してきたのだろうと疑問は付きないが、薄く焼かれた生地にホイップクリームに色鮮やかなフルーツ、それを引き締めるソースが織り込まれた逸品だ。
これを始めた手の新規で売れる企業努力は並外れたものじゃないだろう。
「美味しいですね、ゲームの中なのでいくらでも食べられちゃうのは魅力ではありますが……」
「うっかり現実で食べてしまいそうで怖いですか?」
「あはは……」
可もなく不可もなくと言ったところかな。
女性は甘いものが好きだから。
うちの家族も分け隔てなく、甘いものが好きだったね。
当時を思い出して微笑んでしまう。
「うちの娘たちも甘いものには目がなかった。妻もね、娘の前では苦手そうにしてるんですけど、こっそり持ち帰ると私のいないところで食べてるんですよ。本人曰く、買ってきたのに食べずに悪くするだけなのは勿体ないのだそうで」
「とても仲の良いご家族なのですね」
「なんのなんの、普通の、家族ですよ。どこにでもある、ありふれたものです。なんら特別でもなんでもない。あなたにも作れますよ、きっと」
「ふふ、ご助力感謝します」
こんな話をベビーカーに乗せられてしてるのだから、それはもう注目を浴びるよね。
普通、ベビーカーの乗るというのはそれなりに用事逆行を望む特殊性癖の人が多いのだろう。
しかし私は彼女に人生を説いている。
そんなギャップが、ある意味で災いを呼び寄せたのだろう。
「ちょwwwww 噂を聞いて来てみたら、予想以上にカオスでテラワロリンヌwwww」
そんな言葉が、上空から降りかかった。
|◉〻◉)遂に来たか、奴が!




