63:昔話
イサクが訪れた翌日から、しばらく彼には会っていなかった。
彼は仕事でいそがしいようだったし、リオンもなんとなく会いづらい、と思っていたので少しだけ安心していた。
涙を流してしまったのは不覚だった。
そんなもの今更流しても何の意味もない。泣いたところで自分の手に戻るものなど何もない、全て置いてきたのは自分なのだから、とリオンは思った。
今日も窓際の席に座りリオンは本を読んだ。
一冊、また一冊。
読んでも読んでも、何かがわかりそうで、わからない。わかったと思うものも、次の本を読むとわからなくなる。
その果てしなさにリオンは立ち尽くしていた。
ふと外を見て思う。
リオンのいた国とは違うが、カラッとした気持ちの良い風がこの街の貴重な木々を揺らしている。
(ねぇ、やっぱり私1人じゃ何にも理解できないみたいだよ)
きっとどこかの国の要人の側についているのだろうその人のことを思う。
(考えたら、だめだ)
そう思い首をブンブンと振って考えを逸らそうとした。
そうしているとドアがノックされる音が聞こえた。
「イサクだ」
部屋に入ってきたイサクは何も言わずに窓際のリオンが座っていたテーブルの向かいの椅子に座った。
「どうかされましたか?」
「改めて謝りにきた。この前は悪かった」
「……とんでもございません。私こそ失礼なことを口にしてしまったのではないかと」
「いや。良いんだ……少し話をしないか?」
そう穏やかに言うイサクの雰囲気は、これまで見た王族たる姿のイサクとは少し違うように見えた。
「何のお話、ですか?」
イサクの様子を見て、リオンは同じように穏やかに問いかけた。
「俺の、昔話を少しね」
「それは楽しく聞かせていただけそうですね」
ふふっと笑いながらリオンはイサクの話に耳を傾けた。
「リオンには、幼馴染はいるか?」
「いえ、そういう方はおりませんでしたね」
「俺には一人いてな。腐れ縁なのか、初等学校から何かにつけて一緒になることがあって。剣術の腕前は俺よりも良くてな」
そう話すイサクは少年のようにはにかんでいた。
「一緒にいるのがいつの間にか当たり前になっていたんだ。どちらかが何かをできるようになると、もう一方が負けじとそれを越してくるように…幼馴染でもありライバルみたいなものだったんだろうな」
「ふふっそういう関係、素敵ですね」
「そうだな……そいつだけだ、そんな風に思える相手は。俺のこと、呼び捨てで呼ぶ唯一の人間だよ」
その言葉にリオンは少し羨ましくなった。
幼い頃からお互いを知り、心を許せる相手がいるなどリオンは想像すらできないことだったからだ。
「そんな方がいらっしゃるなんて、少し羨ましいです…私にはそんな方、おりませんでしたので。今度ぜひお会いしてみたいです」
そうリオンが言うと、イサクの目線がスッ斜め下に逸れた。
「最近は、会っていない。国王があんなで俺が国政に携わり始めてから、色々事情があって会いづらくなってな」
国王があんな、とは病がちの国王のことを言っているのだろう。
イサクはリオンと同い年にも関わらず国政を実質的に担っている。その肩に乗るものの大きさは幼馴染にすら会えなくなるものなのかとリオンは少し驚いた。
同じ王族とは言え、2番目の王女であった自分と、目の前にいる国の頂に立とうとする人とでは全く違うものだということを感じたからだ。
「…そうですか。……ごめんなさい、私、先日そんなことも知らず『あなたのほうがよほど知ってらっしゃる』だなんて言ってしまって」
「いや、リオンの言葉は正しい。わかっていたんだ、そんなこと。けれど、誰かにわかって欲しかったんだと思う……リオンは、何となくわかってくれてるんだろう?」
そう言われて、リオンはゆっくりと頷いた。
「わかった、と言い切れる自信はないですけれど、言わんとすることは」
「それだけで、十分だ」
イサクはそう微笑んだ。
その笑みにリオンは答える
「また、いつか、会える日が来ると良いですね」
「そうだな」
そうイサクは窓の外、風に揺れる木々を見ているようだった。
リオンはその横顔を見て願った。
(この人が、少しでも楽になれる道が見つかりますように)
そう彼を見ていると、それに気づいたのかイサクがリオンの方に顔を向けた。
「リオンの昔話は、ないのか?」
「あなたのような素敵な話など何もないつまらない人間ですよ」
「通っていた学校は?」
「魔術も魔法も大好きなので楽しかったです」
「じゃあ、今度は魔女リオンの話でも聞かせてもらおうか」
そう笑ってイサクは立ち上がり扉に向かった。
部屋から見送るためリオンも後に続き扉まで向かう。
その背中が放つ雰囲気が少しだけ柔らかくなったように見えて、リオンの口元には無意識に笑みが浮かんでいた。
「イサク様、今日はありがとうございました。お話、楽しかったです。また是非聞かせてくださいね」
「そうだな。短い時間ですまない。また来る」
さきほどの背中の柔らかい雰囲気は消え去り、部屋を出て行ったイサクの横顔は、また王族のそれに戻っていた。




