29:隣の席
リオンが授業後に出かけて行ったので、その日カイは一人、いつもの図書室の窓際の席にいた。
リオンがいたほうが楽しいが、
いなくてもここには来るのがいつものことだ。
試験もなく、時間も少し遅くなっていたので今日は図書室が随分と静かで心地よい。
リオンがカイの近くにいるようになってから、カイの学校での生活は随分変わった。
ベイル家の人間に話しかけると呪われるなどと、誰が言い始めたのかは分からない話が昔から出回って、この学校でも御多分に洩れずカイに話しかけてくる人間などいなかった。
生まれた時からそれが当たり前として生きてきたので気にもしていなかったし、アーロンはいたって普通に接してくれていたので、正直それで十分だと思っていたのだ。
けれどもリオンが近くにいるようになってから、周りの人間が自分を見る目が変わったようで、前のように露骨にカイを避けるようなことは少なくなった。
お陰で時間を気にせず食堂に行けるし、アーロンともただの同室の友人からさらに話せるようになった。そもそも接点のなかったサラとまでも話せるようになったのだ。
学校は図書室のために通うものだと思って入学したものの、随分と楽しく心地の良い生活になったのは、紛れもなくリオンのおかげだ。
それに、お互い人には言っていないことも知っている。
だから、カイにとって彼女は「特別な存在」なのだ。
(最初は一席空けられてたんだけどな)
リオンは気付けばカイのすぐ隣の席に座るようになっていた。
ちょうどその頃、リオンがあの広場で泣いている所に鉢合わせてしまった。
どうしたら良いかなんてわからなかったけれど、側にいてやりたいとカイは思った。
リオンがどう思うのかはどうでも良かった。
ただただ彼女の素直な言葉を聞いて、その無邪気な笑顔を見ていたいと願ってしまったのだ。
ふっと誰もいない隣の席を見て笑った後、カイは本を開いた。
以前、特別貸出申請をして呼んだ本が随分と面白く、その本をもっと理解したいと思い古の文字や単語に最近は手を出している。
全く理解ができないものも多いが、知らないことを知れる楽しさがまだこの世界にはあるのかと思うとカイはわくわくしながら机に向かって集中していった。
今日は図書室の閉まる時間までいようかと思いながら本を読み進めていると、いつもの、リオンが座る席に人が来る気配がして思わず顔を上げた。
リオンは出かけた後に図書室に来ない。
来るならあの小さな広場だ。
そう思ったのにも関わらずリオンがドサっと持っていた本を置いた。
その置き方は、いつものリオンの流れるような所作とは全く違うものだった。
彼女はリアクションは大きいがその動きは水が流れるかの如く自然で綺麗だ。
他の人であれば、なんて事のない置き方だっただろうが、リオンがそんな風に物を置くのは初めて見た。
いつものように何か声をかけてくるのかと思って様子を見ていたが、リオンは何も言わずにノートを開きペンを取った。
その手はペンを握るには、随分と力がこもりすぎているようだった。
髪で表情は見えなかった。
けれどリオンがペンをノートに滑らそうとした瞬間、あまりの様子にカイは思わずペンを持っていない、ノートを押さえていた左手首を掴んでしまった。
ぱっとカイの方をみたリオンの顔は今にも泣きそうな顔だった。
「……荷物、片付けて。外でよう」
そうリオンを図書室から連れ出した。




