01:2番目の王女
(また2番目…)
リオンは先日あった試験結果が貼り出された掲示板の前に立っていた。
クルマラ魔術学校に入学してから何度も試験を受けたが、いつもリオンは2位。どうしても1位を取れないのだ。
2位が嫌なわけではない。ただこの学校に入ると決めた時から自分の中のケジメとして卒業まで成績はこの貼り出しに名前が書かれ続けるくらいを保つと決めたのだ。
だから1番でなくても良い。けれども4年制であるこの学校で1年の時から、2年になった今もずっと2位なのが流石に気になってきた。
1位の名前を見ると、いつものように当たり前にリオンの上に書かれた名前があった。それが誰なのか、リオンはこれまで探そうともしなかった。
「カイ・ベイル、かぁ…」
独り言のようにつぶやいた後、その栗色の髪と羽織ったローブをなびかせながらリオンは掲示板の前から立ち去った。
***
「あ、お帰り!今回も2番、おめでとう。私の結果は、まぁ聞かないでね!」
そうリオンが寮の部屋に戻ると明るく言うのは部屋を一緒に使っているサラ・ケレットだ。
ウェーブのかかった肩ほどまである髪を右手で触りながらリオンのほうを向く。
「ただいま。相変わらずの2番でした!サラの結果は、それは聞いてほしいってこと?」
にやにやとふざけた顔をしてリオンがサラに聞くと、サラはふてくされたような顔をリオンに向けた。
「うっそ、嘘〜!学校の成績なんてどうでもいい!私はサラと仲良くいられたらそれで十分なの」
そう言いながらリオンはサラの首に抱きついた。
「あーはいはい、相変わらずのリオンちゃんね。ほんっと、その見てくれで頭も良くて、こんな風にひっつかれたら、男なんてイチコロだろうねぇ。私、恋愛対象が男でよかったわ」
呆れたようにサラが言うと、リオンはその群青色の瞳をぱちぱちとさせた後にデレっとした顔をした。
「えへぇ、サラに褒められると嬉しくなっちゃう」
そうデレデレすると、サラは更に呆れたように笑って、早く着替えなよ、と子供をあやすように言った。
リオンは所謂美人だ。
胸まである栗色の髪は滑らかで、その群青色の瞳は澄みきった夜空のように美しい。
それに加えてその見た目に引けを取らないくらい所作も美しい。多少勢いが良すぎることもあるが、それもまた良いギャップになるほどだ。
だって、リオンはこの国の第二王女だから。
けれどもこの事実を知る人間はこの魔術学校にはいない。強いて言うなら校長くらいだ。
リオンはその身分を隠してこの学校に入学してきたのだ。
友人たちには、王都の外れのほぼ山の中の屋敷の娘だ、と言っている。王族の保養地がある場所だから嘘はついていないし、そんなところ、人などほとんど住んでいないのだから誰もそれが本当かなど調べない。
そして、名前こそ本名だがここではリオン・バートレットと名乗っている。この国では珍しくも、多くもない、誰も気にしない名前だ。
この国の第二王女、リオン・アランデム。
現国王とその第三王妃との間に生まれた王女でありながら、城の中での扱いは決して良いものではなかった。
第三王妃、リオンの母親はリオンを産んですぐに死んでしまった。それが全ての発端だ。
リオンの母親は、「絶世の」という枕詞がつくほど美しい人であった。笑えばその笑顔に皆が見惚れ口が聞けなくなり、考え事をすればその横顔に誰もが釘付けになるものだった。もちろんそれは国王も御多分に洩れず、だ。
ただ美人というものは厄介なもので、第一王妃と第二王妃にとってリオンの母親は随分と疎ましいものだった。
3番目の王妃でありながら、国王の寵愛が自分たちよりもめでたいなど許し難いものなのだ。
リオンの母親が死んだ後、その憂さ晴らしはリオンに向いた。
成長するにつれ、王妃そっくりなその美しさを身につけ始めたリオンは、陰湿ないじめにあっていた。
言われた時間に食事会に出向いたら、すでに食事会は終盤、それをみて嘲笑う王妃とその子供達。着ようと思っていたドレスが何かで引き裂かれていたことだってあった。
いつか父親である国王が止めてくれるのではと淡い期待を持っていたが、そんなことは起こらなかった。国王のその寵愛は第一、第二王妃に戻り、リオンのことを疎ましくすら思っているようだった。
愛でていた絶世の美人もいなければ後ろ盾もない、そして2番目の王女という、気をかける必要のない人間だと言わんばかりの様子であった国王であったが、リオンを追い出さない理由がひとつだけあったのだ。
それは外交手段としてリオンを使うことだ。
他国の要人が来る時だけは、リオンはその場に呼ばれ王女として扱われた。
どの国の要人にも、ではなく、この国の外交上重要となるような要人相手にだけ何度も踊らされ、食事の場にももちろん時間通りに呼ばれた。
遠方の、いずれ貿易の要となるだろう国からの使者が来た時も、朝昼晩の食事に加え、視察中も共に行動をさせれた。
この女が欲しくないのか、と相手に言わんばかりに国王はリオンを使ったのだ。
だからリオンはわかっていた。
いずれ外交手段として自分の意思に関わらず、どこかの国の王族とでも結婚させられるんだろうと。
けれどもリオンはそんな状況でへこたれるような性格ではなかった。
それだけがこの国の頂に立つ人間と、それを取り巻きリオンを疎ましく思っている人間の誤算だっただろう。
『いずれどこかの国へと嫁ぐのであれば、自分を守れる魔術くらいはきちんと学びたい』
そう国王に頼み込んだのだ。
最初は聞く耳も持たなかったが、第一王妃と第二王妃が、自分たちの目の前からリオンがいなくなるのであればと随分と前向きに国王に進言したためか、
国王が指示する城での行事は断れないことを条件に、魔術学校への入学を許可してくれたのだ。
身分を隠せとまでは指示されなかったが、明かしたところで良いことはないだろうとリオンが判断し山の中の屋敷の娘ということにし校長と話をつけて入学したのだった。