第57話 決戦 #3
賽はすでに投げられた。
残る俺の役目は"あいつ"の準備が整うまで時間稼ぎをするだけだ。
「俺の頼みを聞いてくれるのか……?」
「あぁ聞いてやろう。私は慈悲深いからな」
魔人はばさりと手を広げ、高々とのたまった。
「さぁどこへでも去るがいい負け犬よ!
命だけは見逃してやる!無様に尻を振って逃げ帰ろ!はははは!」
俺はその言葉を喜びの表情で応えた。
「そうか!ありがとう!助かるよ!」
そして続ける。
「それじゃあお前から逃げていいぞ!
ささっ、どうぞ先に逃げてくれ!」
「……?」
「ん?どうした?逃げないのか?」
「……」
「……」
「…………はぁ?」
魔人は心底不思議そうな顔で問いかけた。
「なぜわたしが逃げるのだ…?
逃げたいと言ったのはお前であろう?
お前はさっきからなにを言っている…?」
さっぱり理解していない様子の魔人。
俺は呆れるようにため息をついてから答えた。
「それはこっちのセリフだよ。
お前こそさっきから何を言っている?」
頭をぽりぽりかきながら、心底めんどくさそうに続ける。
「何か勘違いしてるみたいだが、
見逃してくれ、なんて俺は一言も言ってないからな。
戦うのをお互いやめよう、って言ってんだよ」
「……」
なにを言ってるのかわからなそうに魔人は黙りこむ。
「つまり
『お互いに戦うのやめて逃げましょう?』
って言ってんの。
お前が俺を見逃すんじゃない。
俺も、お前を見逃してやるって言ってんだよ。」
「貴様が……わたしを、見逃す?」
言葉を区切って確かめるように魔人が繰り返す。
「そう。"俺が"、お前を見逃してやる。」
「……」
どういう感情なのか知らんが、魔人は絶句している。
気にせず俺は言葉を紡いだ。
「お前が素直に退いてくれるなら、
無傷で魔界に帰られることを保証してやるよ。
だから魔界のお家に帰れ、変態クソ魔人」
「……はは」
無言。そして魔人は高笑った。
「……はは、はははははは!!!
貴様が私を見逃すだと??無傷で返してやるだと??」
ドッ、と魔人の気が爆発する。
礼拝堂をわずかに振るわせるほどの怒気が空気を震わせた。
「なにをばかなことを!それは強者にのみ許される主張だ!
この私が!アルゴス一族の悲願とも言える額の瞳を開眼させたこの私が!
あろうことか尻尾を巻いて逃げるだと!?
しかもそれを勧める!?!?
な、なな、なんという屈辱だ……!!」
辺りに漂うだけだった魔法の光球が、一際強く光り輝く。
「誰を相手にしているかわかっていないみたいだなぁ!人間!!」
穏やかな雰囲気から一変、魔人から立ち上る気配が明らかに変わった。
濃密な圧が俺におそいかかる。
が、怯まない。
堂々と俺はその言葉に応戦する。
「はは、わかってないのはお前だよクソ悪魔。」
「なんのことだ!!」
「俺の神力の異常さを、完全に忘れてるみたいだな。」
「っ……?!」
右手を感情任せに振るおうとした魔人だったが、
その右手がピタリと止まる。
そんな様子を見て俺は改めて確信する。
(……こいつ、本当に忘れてたんだな)
力に酔いしれたせいなのか、
それとも瞳の多くを失った影響なのか。
出会った当初、魔人は俺の「神力」を
相当に警戒している様子だった。
あの様子からして十中八九、
こいつは神力を読み取る力を持っている。
あの時のこいつから見た俺は、
いくつものスキルを持っている超弩級の化け物に見えていたことだろう。
だからあの時のこいつは俺なんかを警戒していたのだ。
「くっ……貴様……。
そうか…そうだったな……チッ」
しかし今のこいつからは、
その時ほどの警戒心は感じられない。
それはなぜ?
「……慢心だな。
新しいオモチャが手に入ってそんなに嬉しかったか?
新たな力に浮き足立って調子に乗って、周りが見えなくなって…。
まるで誕生日プレゼントを貰って浮かれる子供だよ。
お前の無警戒さは見てるこっちが痛々しい気持ちになるぜ」
「……」
だが、それだけじゃない。
慢心故に警戒を怠ったのもあるだろうが、他の要因がある。
出会った当初の会話から察するに、
こいつは神力を読み取る力を確かに持っている。いや、持って"いた"のだ。
しかし、今は果たしてどうだろうか?
額以外の全ての目が閉じてしまったことを鑑みると、
すでにその読み取る力も消えてしまっている可能性がある。
だからこそ、この魔人の俺への警戒心が
一切合切緩んでしまっていると、俺は推測する。
(……となると、ただ神力の高さだけで
ビビらせるのは難しいな……。)
味音痴の馬鹿舌に、
「この料理はすごい食材を使ってる!」と言って食べさせても、
その美味しさは伝わらない。
「俺の神力はすごいんだぞ!」と口でいくら言ったところで、
読み取る力を失った今のこいつにはあまり響かない。
力に酔い痴れてる今のこいつなら、勢いに任せて
戦ってくる可能性がかなり高い。
もしもそのまま戦闘が始まったら、
張りぼての実力しかない俺はあっという間に瞬殺だ。
なんとしても、戦闘を始めるわけにはいかない。
「まぁ戦いたいというのなら、俺は別に戦っても構わんぞ?」
なんとしても戦闘を始めるわけにはいかない。
だからこそ強気に攻める。
「俺の数千のスキルに勝てると思うならかかってこい。
……だが覚悟しろよ?」
そして俺は、もう一つの切り札となる"脅迫"を付け足した。
「その場合、お前を倒すことよりも先に、
最優先にこの礼拝堂を徹底的に破壊するぜ、俺は」
「なっ……!?」
「仮に俺が負けたとしても、
何が何でも絶対にこの礼拝堂はぶち壊す。
それを覚悟してかかってこいよ、変態」
「………き、貴様ぁ……?!」
魔人の顔が苦渋に満ちる。
それを俺はヘラヘラ顔で迎い入れる。
こいつらの目論見は知らないが、
何をされると困るのかだけはわかっている。
思い出されるのはオリビアとのあの会話。
オリビアと二人で礼拝堂を見下ろした時、
悪魔たちは礼拝堂にいる人たちなど目もくれずに、
ずっと何かを探していた。
この礼拝堂にはこいつらが是が非でも見つけたい"何か"がある。
そして、アリアと盗み聞いた悪魔との会話
『礼拝堂での戦闘はあれほど避けろといったであろうが!』
という魔人の一言から、
どういう理由かは知らないが、ここで暴れられるとこいつらは困るのだ。
ならばやることは一つしかない。
「俺の右手を見ろ。
見えるだろ?この力の高まりが」
俺は意味ありげに右掌を空へと向ける。
まるで空から何かのエネルギーを吸収してるような、そんな格好をとってみる。
「お前がもしも、この和平の交渉を断るのなら、
俺はすぐさま"こいつ"を礼拝堂にぶっ放す。
ついでに、気にくわないことを少しでも言ったらすぐにぶっ放す。
ここから先は気をつけて発言しろよ、クソ魔人。」
天を突かんとするがごとく、高々と空へと掲げられた俺の右手。
魔人は驚きと困惑を兼ね揃えたような顔で、その右手をじっと見た。
「……す、すまん。
わたしにはただ右手を上げたようにしか見えないのだが……?」
「ん?……そうか。
このエネルギーの塊がお前には見えないのか。
ついこの前の儀式で手に入れたばかりの力だからな。
どうにも勝手がわからんぜ…」
ペラペラと口が勝手に言い訳を語り出す。
あまりに露骨に説明しすぎると、
毎度お馴染み俺の唯一の武器、「虚仮威し(こけおどし)」の
正体がバレてしまう。
実際には何も特別なことは起きていない右手を上げたまま、
言葉短く魔人に告げる。
「まぁ、見えないなら仕方ないな。
額以外の目が閉じる前のお前なら見えていたかもしれないが、
見えないやつに何を言っても仕方ない…。
さ、はやく決めてくれ。
やるのか?やらないのか?」
逡巡。逡巡。逡巡。
魔人は考え込む。俺の右手をじっとみる。
『王様の耳はロバの耳』
いくら見極めようとしても、見えるはずがない。
何故なら俺は右手をただ上にあげてるだけだからだ。
(……だが所詮は虚仮威し。
こんなハッタリは長くは保たない)
策はこれだけじゃない。
この虚仮威しが通じないなら、まだ第二第三の手はある。
俺の中に慢心はない。
胸の内にあるのはあの時の失敗だけだ。
あの時俺は、
オリビアの魔力の高さを利用して悪魔を倒そうとして、
結局死ぬ一歩手前まで追い詰められた。
下手をしたら、自分の命はおろか、オリビアの命さえも失っていた。
完全なる失策、慢心からくる油断。
俺のプライドをかけて、二度と同じ轍を踏むわけにはいかない。
("アイツ"の準備ができるまで、
いくらでも騙し通してやる……!!)
そんな覚悟を改めてしていたそんな時、
ようやく"アイツ"が動き出したのだった。
非常に個人的な報告です。
youtubeの某漫画動画のイラスト漫画のお手伝いをしました。ご興味のある方はどうぞ。
https://youtu.be/GreRSxPFCKk




