第105話 安売りされる奇跡
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俺とアリアが話し合うその一方、
サタケを取り巻く事態は刻一刻と進行していた。
「おっとっと、忘れてた忘れてた」
思い出したようにポンと手を叩くと、
サタケは倒れた冒険者たちに近づいていく。
「……!!!な、なにをするつもりだ!!!」
それを見た冒険者たちは気が気じゃない。
倒れた冒険者達に追い討ちをかけるようなことを
しでかすのではとヒヤヒヤだ!
冒険者の一人が慌ててタケシを威嚇した。
「ん?」
しかしサタケが振り返って顔を見つめると、
男はすぐに気弱になって、
「なにをするつもり…ですか?」と言い直す。
「何をするも何も…」
何を当たり前のことを……と、
言わんばかりの雰囲気でサタケはそう言った。
「ふつーに、治療するだけだよ?」
「そ、それは……っっっ!?あ、有難い、です、が…」
冒険者の言葉は戸惑うように切れ切れだ。
……気持ちはわかる。
サタケの足元に倒れる冒険者を見れば、
「こんな死にかけの人間を治せるのか…?」と
誰だって思う。
腕も足もバラバラ、
身体中の至る所に深い切り傷ができている。
ゼェ…ゼェ…と小さく荒い呼吸音が聞こえる。
あまりに酷い状況だ。
回復させたとしても後遺症が残るレベルの傷だ。
これからの人生を思えば、
いっそ楽にさせたほうが良いとすら
思ってしまう有様だった。
「これだけの重傷者を治せるのですか…?」
「まぁまぁ。とにかく見てなよ。」
そう言ってサタケは
倒れる冒険者の前に立つと、
短い言葉を言い放った。
「スキル開放————因心逆地」
10文字前後の短い言葉。
その途端、辺りを吹く風がピタリと止まる。
タケシの周りが時間が止まったように静寂する。
「えっ…?」
サタケの唱えたその言葉にサナが
思わずと言った様子で声を上げていた。
しかしサタケはそんな声を気にするはずもない。
サタケの口から続けて言葉が紡がれる。
「"過去をして過去たらしめぬ。"」
「"回帰せよ。逆転せよ。ねじ曲げよ。」
「"我を英雄たらしめよ。"」
何かの呪文だろうか?一通り言い終えると、
サタケを中心に光が広がりはじめる。
数秒も経つと光は消えていく。
「えっ…」
「なっ」
「え??」
………そして光が消えたその直後
にわかには信じがたい現象が発生したのだ。
そのあまりに奇妙な現象に、
冒険者"全員"が驚きの声を上げる。
そう文字通り、"全員"が、だ。
サタケの足元で倒れる冒険者も含めた"全員"が、
驚きの声をあげたのだ……!
「か、からだが……?」
……か、からだが元に戻ってる……?!
先ほどまでは息もまともに
つけない有様だった冒険者たちの体が
まるで何もかも嘘のように"元に戻った"のだ!?
「い、痛くない!痛くない!」
「う、うそ……!?ほ、ほんとに!?」
「な、なんだ…?な、何が一体……」
倒れていた冒険者たちが、
ゆっくりと体を起こして自分の体を
ペタペタと触っている。
全員が皆、口をぽかんと
開けて自体を飲み込め切れていない顔だった。
「よ、よかった!い、生きてた!」
「シルビア……っ!」
仲間の一人なのだろう。
倒れた冒険者たちが起き上がると、
冒険者の何人かが、倒れていた冒険者たちに
走り寄って抱きしめた。
互いの体を触って生きてることを確かめ合う。
「うんうん。よかったねえ。うんうん」
そんな様子をニコニコとサタケは見守っていた。
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一方。
「はぁ……?」
「な、何が起きたの今…?」
「わ、わからん……」
俺とアリア、そしてサナは
驚きっぱなしである。
冒険者が無事で良かった、
という気持ち以上に困惑がまさってしまう。
「こ、これがサタケの言っていた治療なのか…?」
たしかにサタケは宣言通り
見事に全員を回復させた。
だ、だがもはやそれは「奇跡」としか
言いようのない仕業だ。
だ、だってこんなのありえんだろ!
争い自体がなかったかみたいに
怪我が元どおりじゃねーか……!?!?
(チ、チートだろこんなの!!)
こ、こんなもん、戦ってる最中に回復されたら
無限に戦えるじゃねーか!!チートだろこれ!!!
出鱈目にも程があるわ!!!
『……』
あまりにも出鱈目な回復に、
俺は半ばキレ気味に驚愕していた!
そしてその傍ら、俺の言葉を受けて、
勇者かポツリと呟く。
『これは……回復魔法なんかじゃない』
(な、なぬ?)
震える声で勇者は続けた。
『そんな普通のものじゃない。
もっと別の……いや、もっと高次元の……』
(もっと別の…?)
……しかし言葉は続かない。
虚しくも言葉はかき消される。
「さてと、これでひとまずは落ち着いたね。」
「っ!」
勇者の言葉にサタケの言葉が割り込みする。
【ザッ、ザッ、ザッ】
つ、ついに動き出したのだ……!
今まではこちらに一切意識を
向けなかったサタケが、
ついに俺たちを振り返る!
「ふふふ」
ニコニコと、こちらに近づいてくるサタケ。
戦意爛々、戦う気満々の目だ!
間違いない。戦いを仕掛けてくるつもりだ!
(だ、だがどうする?!
このまま戦いを始めて勝てるのか……?!)
勝算がない、とアリアが断言したこの戦いを
一体どう切り抜ければいい…?!
(ま、まずいまずいまずいまずい……!)
戦闘の火蓋はいつ切られてもおかしくない。
しかし何一つ策がないのだ!
勝算を上げられる策が見当たらない!
だが一刻も猶予もない!
サタケはすでに腰の剣に手を置いて
ゆっくりと臨戦態勢に移行しているのだ!
「さて、それじゃあ
アリアちゃん早速だけれど………ッッ!?」
流暢に喋るサタケの口上。
しかしその言葉は、途中で遮られることとなる。
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その瞬間、ちょっとした"ハプニング"が発生した。
それは回復した冒険者の
何人かによって引き起こされたハプニング。
何人かの冒険者が、
回復した途端に
サタケの背に向かって魔法の攻撃を
仕掛けようとしたのだ。
サタケからすれば、そんな不意打ちは
なんてことはない、とるにたらない事件だ。
実際サタケはこの直後、
すんなりとその不意打ちを撃破した。
しかし、サタケは知る由もないだろう。
そのハプニングこそが、
サタケ攻略のヒントとなったのだ。




