第101話 サイコパス大英雄、再び #1
「ほう…」
「誰だ。今言ったやつは」
「…立てやオラ」
「……」
一触即発。穏やかな空気が一転、
トゲトゲしい物騒な空気に変化する。
どっかのあほが挑発したせいで、
冒険者の集団は殴りかかりそうな勢いだった!
「あはは」
されどもそいつは笑った。
たった一人、大勢の冒険者を相手に嘲笑う。
俺たちの位置からは見えない向こう側。
そのアホはこの緊張感溢れこの状況で尚も
朗らかに笑っているのだ!
「あはは、最近の冒険者も緩くなったね〜。
君たちわかってる?僕は今、
君たちを馬鹿にしてるんだよ?」
や、やめろ!それ以上挑発すんな!
「昔の冒険者ならこの時点で
すでに乱闘ものだったよ。
丸くなったよね〜最近は」
「てめぇ…」
「こいつ…」
あっ……あかんわこれ。
これもう止まらんやつや。
「……」
「……」
「……」
海の潮がひくが如く、
ササー…っと、そのアホを中心に人が空ける。
そしてようやく俺たちにも
そいつの姿が目に入ったのだ。
こんなアホなことをする奴は
相当アホな顔をしているに違いない。
そして案の定、そいつはアホヅラだった。
この状況でニコニコと場違いに笑うその顔。
見知ったアホ顔が、そこにはいたのだった。
「あっ」「うわ」「あー…」
こんなアホなことをする人は一体だあれ?
聞いたことある声だなーと思ってはいた。
そして案の定である。
「あはは。……お?」
掃けた人混みのその隙間。
見たことのある胸クソ野郎が
人混みから姿を見せた。
そう、毎度お馴染み
あのクレイジー大英雄こと……
「やっと目があったね!
タケシ君やっほ〜」
サタケ……八柱将が一人、
サタケ・クラウンの登場である。
(で、出たぁぁ……。)
その姿、見間違うはずがない。
腰に据えられた剣。
指に幾つもはめられた黄金の指輪。
そして場違いにいつもニコニコ笑うあの腹立つ顔。
ベテラン冒険者の集団を煽り散らすアホの正体は、
クレイジー大英雄こと
八柱将ことサタケに他ならない…!!
「って、い、いやいや!
何やってんですかサタケさん!?」
なんでお前そこにいんの!?
な、なにしてるの!?
「え?何って冒険者を煽ってるだけだけど?」
「い、いやいやいやいや……」
い、いやいや!!どういうことだよ!!
【シュン!】
……が、俺の言葉は続かない。
詳しく問おうとしたまさにその時。
俺が問いかける間もなく、
次の瞬間には事態が進行したのだ。
サタケがこちらに意識を向けて
隙をみせたその瞬間、
戦いの火蓋は切って落とされた。
✳︎
戦いが、始まった。
「お」
【シュン!】
冒険者はサタケの隙を見逃さない。
俺たちに向けてサタケが手を振ったその時、
サタケ目掛けて冒険者の一人が
切ってかかったのだ!
不意をつかれたのだろう。
サタケは無防備な体制のままである!
「あはは」
しかしサタケは笑う。
その動きは人混みを避けるかのような軽快さ。
軽やかに鮮やかに、何ということもなく、
冒険者の攻撃をあっさりとかわした。
さながらお城の舞踏会。
身軽に気軽にその場でターン。
全身をくるりと回転させて、
あっさりと振りかぶられた剣を避けたのだ!
「ぐっ…!」
一方、冒険者は
完全に勢いの行き場をなくしている。
勢いを止められずにそのまま前につんのめる。
「あはは」
それに合わせるように、サタケは
右足をソッと出す。
ついでとばかりに冒険者の右腕も前に引く。
たったそれだけ。
それだけで冒険者はサタケの脚に
ひっかかり転倒してしまった!
「ぐっ……?!」
ゴロンと転ぶ冒険者。
もちろんこの鬼畜外道が
転んだ隙を見逃すはずがない。
【ゴンっ!】
「がはっ!?」
あ、あぁッ!めちゃくちゃ痛そうだ!?
サタケの足元すぐにあるその頭を、
ガシリ!と容赦なく踏みつけたのだ。
さながらサッカーのキックオフ。
ボールに足を乗せるくらいの気分で踏みつけ、
上から見下ろし言い放つ。
「20点」
「は……?」
「遅すぎる。不意を突くのは結構だけど、
そんなトロトロした攻撃じゃ
不意なんてつけないよ?」
「こ、この野郎……!!!」
「おっと危ない」
続けて聞こえる鈍い音。
今までで一番大きい異音が広場に響いた。
【ドスン!】
よ、容赦ねえ…。
き、気づいた時には、サタケは
頭に置いた足をそのまま踏み抜いていた。
「……」
冒険者はもはや動かない。
ぜ、絶対痛い。
いや痛いなんてもんじゃねえ!動けるはずがない!
冒険者の頭は、見るも無残に
地面に埋没してしまっている……っ!
さながら地面に植えられた玉葱の苗。
地面が割れるほどの勢いで踏み抜かれている。
これだけの衝撃で気絶しないわけがない。
サタケは頭を踏みつけたまま続けた。
「不意打ちってものを
わかってないねー君たちは」
ニコニコ。
「心優しい大先輩、サタケ・クラウンが
君たち後輩に不意の打ち方を教えてあげよう」
ニコニコ。
そしてサタケは冒険者の集団を振り返る。
いつもの二ヘラ顔を見せながら
無防備にテクテクと歩み寄る。
「そういえばまだ名乗ってなかったよね。
僕は八柱将が一人、サタケ・クラウン。
アルダニア王国の最大戦力に、
勝てると思う者はかかってくるがいい」
「……っ!?」
「っ!」
"八柱将"。
サタケのその言葉を聞いた何人かが、
体をわずかに震わせた。
わずかな硬直。わずかな動揺。
八柱将の実力を知らない者が、
この場にいないはずがない。
一瞬後ろに後ずさる"負け気"。
重心は後ろへ。わずかに逃げ腰になる冒険者。
「あはは」
それが……致命的だった。
その"隙"を見逃すこいつではない。
【カチン】
……直後、小さな音が聞こえた。
それは、金属と金属がぶつかり合う
小さな小さな音だ。
その音が、剣を鞘に収める音だと
気づいたのはだいぶ後の方になる。
「人の集中っていうのは波があるんだよ。
だから、いっちばーーーん、その波が小さいその瞬間に
そっと剣を当てればいい。
それが、本来の不意打ちというものだ」
そして気づけばサタケの右手は
腰に下がる剣に添えられている。
しかし、手は動かない。
それどころかそのままだらりと
剣から手は離れていく。
結局、添えられた手から
剣が抜かれる事はなかった。
……否、そうではない。
むしろ逆、すでに剣は"抜かれていたのだ"。
事は既に完了してしまっている。
そのことを、俺はすぐに痛感させられることとなる。
「抜刀、千冊神楽」
ポツリとサタケはそう告げた。
途端、開けたスペース中心に
人混みから血飛沫が舞った。
「なっ」
「え……?」
「がはっ…」
皆、等しく同じ表情をしている。
"何が起きた…?"と、皆同様の表情で、
目の前に飛んでいる血飛沫を見つめている。
それが自分のものだと
気づくのに、数コンマの時間を費やした。
サタケはあの瞬間に剣を抜いていたのだ。
周囲が見逃すほどのあまりにも早い抜刀。
一瞬にして、周囲の6、7名を斬り伏せたのだ。
「10点」
バタバタと周りの冒険者が倒れる中、
サタケは無慈悲に告げる。
「不意を打つのは良いけれど、
半端に距離を開けたのは失敗だったね。
そこは僕の必殺の間合いだよ。」
血が飛び散る。体が飛ぶ。腕が飛ぶ。体が飛ぶ。
数秒後、瞬きする間も無く、
サタケの周囲に倒れた冒険者達が積み重なる。
「さぁ、力比べと行こうか」
サタケはその顔に血飛沫をあびながら、
変わらぬ笑顔でニコリと笑ったのだった。




