第94話 魔法が発動しない #1
そして時がすぎて昼過ぎごろ。
いつもならアリアかオリビアが
病室にいてピーチクパーチク騒いでいるのだが、
今日は2人とも出かけてしまっていた。
「暇ですねー」
「そうだなぁ…」
休憩室にあった本をすべて読破してしまったらしい。
サナは小さく欠伸をして暇そうにしていた。
「オセロでもやるか」
「オセロ?」
暇つぶしにオセロを提案してみる。
話を聞いてみると、サナは
オセロをやったことがないという。
まぁたまにはこういう時間の過ごし方も良いだろう。
俺はガサゴソとオセロを取り出すのだった。
・・・
・・
・
はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああぁぁ!!!!
【パチっ】
「はい!私の勝ちです!」
「……ュグン!」
はぁぁぁぁつまんねえええええええ!!!!
負けるオセロほどつまらねえものはこの世に無え!!!
(つ、つええぇぇぇぇぇ……
この幼女つええぇぇぇぇぇ……)
10戦10敗。堂々の全敗である!
忖度という言葉を知らんのかこの幼女は!?!?
「なるほど!つまりオセロは、
数式と一緒ということですね!」
何言ってるかまるでわかんねぇ!!
俺の心が悔しさの炎で燃え上がる!
が、ここで年齢一桁のちびっ子に
嫉妬丸出しにするのはあまりに無様!
ギリギリのプライドで俺はサナを褒めちぎった!
「ハハハ、ツヨイナー、サナチャンハ」
「えへへ。そうですかね!えへへ!」
ギリギリに絞り出された褒め言葉には、
余裕の余の字もない!
最初はのほほんとティーチングプレイを
かましていた俺だったが、
第1戦目の途中の段階ですっかり
手も足も出ない有様になってしまっていた!
「サナチャンハスゴイネー。
シロクロハッキリツケルノガウマイネー」
外面ではサナを褒めながらも内心は顔面真っ赤!
本気も本気、ガチのマジで叩き潰してやる一心で
オセロを打っている!!
(くそがああるあああああああ!!!!
勝てねえ!どうしても勝てねえ!気づいたら
隅がとられて全部ひっくり返されてる!!)
だ、だが、まだチャンスはあるはずだ!
確実に競り上がってきてはいるんだよ!
今回の試合は珍しく接戦だったんだ!!
枚数的にも少しずつ近づいているし、
これならきっと次の試合では勝てるに違いない……!!
「えへへ」
ニコニコと笑うサナ。
一方、ニコニコと邪気の詰まった笑顔で
ハハハと微笑み返す俺。
(次だ!次が本番だ!
次やれば絶対勝てる流れなんだよォォ!!!)
———しかし、そんな夢物語は次の瞬間に
打ち砕かれることとなる。
「えへへ、タケツ様気づきました?」
「アァン!?」
そういうと、サナは盤面を指差してこういった。
「盤面をよく見てください!
何か気づきませんか???」
「アァン!?ナニガダヨ!?」
プンプンとキレながらも、
言われた通りにさきほどの盤面を見てみる。
「盤面なんてさっきから!
ずっと、見て、るじゃ……?」
……ん?あれ?
言ってる途中で意識が盤面にとらわれる。
白はサナ。黒は俺。10×10のキャンバスを見下ろし、
とある"異常"に気づいてしまう。
「!?」
あぁ、気づいてしまった…。
気づいてしまったのだ。
気づいてしまってはもはや遅い。
「タ……?」
「はい!そうです!」
そう、「タ」。タケシの「タ」だ。
その盤面をよく見れば、
白地背景に黒字の「タ」文字がありありと
浮かび上がっていたのだ……!
「えへへ。しかもただのタじゃありませんよ?」
全てを悟る。
震える指先からオセロがこぼれ落ちる。
口をワナワナと震わせ、
声にならない声が空気を震わす。
「ァァ、ァァ、アア………」
震える俺など目もくれない。
極悪非道の幼女サナは、
オレに心の整理もつかせぬまま、
更なるトドメの二撃目を放ったのだ。
「た、ただのタじゃねえ……」
"あと少しで勝てる!"
"次やれば勝てる!"
そう思っていた。
否、"そう思わされていたのだ"。
全ては掌の上。
アザラシの死体をバレーボールのように
跳ね飛ばして遊ぶシャチのごとく、
弄ばれていたのだ。
「イ、イ、イィィ……」
接戦なんてものは最初からなかった。
次勝てる可能性なんて鼻からなかった。
無邪気という名のもとに、俺は弄ばれていたのだ。
サナのいう通り
これはただの「タ」の字じゃない。
これは……
「斜字(Italic)……!!!!」
このタの字、ちょっと斜めってるゥ……!!
・・・
・・
・
「はー、オセロツマンネ」
ぽーい。
オセロをその辺に放り投げ、
俺は乱暴に足を投げ出した。
「あのな?サナ。オセロが上手いからって世の中で
なんの役に立つと思うよ?人生の先輩として
言わせてもらおう。勝つ能力じゃなくて、
競り負ける能力を身につけろよ。
そうしないと、オセロには勝てても社会じゃ
負けちまうぞ?俺がこのオセロで言いたいのは、
接待ができないと社会でて苦労するぞ、
ってことなのよ。見てみろ俺を。不機嫌そうだろ?
これをお前、もしも会社の取引先にしてみろよ。
相手方の面子丸つぶれよ?接待を覚えろ接待を」
別に悔しいわけではない。
子供相手に本気で悔しがる大人が
どこにいるというのだ。
あくまでこのセリフは、サナの将来のために
言っているのだ。
別に本気で悔しがってるわけではないし、
負け犬の遠吠えでもない。
そういう意味では、
ある種、俺はサナよりも精神的に勝っているのだ。
だからとにかくこれは、
悔しがって負け惜しみを言ってるわけでは全く無い。
…と、そんなことをネチネチ言いつづける。
「はい!わかりました!」
が、サナはニコニコと楽しそうに笑うばかりだ。
くそぉ……素直ォォ……。
【ガラガラ】
こいつとは二度と勝負しねぇ…
そう胸に誓っていたその時、
1人の来訪者が俺の部屋にやってきた。
「はぁ……」
来訪者、と大げさに言ったが、
やってきたのはただのオリビアな訳だけれども。




