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ロズリーヌの赤い薔薇  作者: 蒼山 螢
1章 クラシック
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 ロズリーヌは、町に沿うように広がる砂浜を歩いた。ここはいつもの帰り道。ゆったり歩きながら、テオドールの笑顔を反芻する。


 テオドールは独身で、あちこちの有力貴族から結婚の申し込みはあとをたたない。当然と言えば当然だろう。年頃の美しい令嬢たちの憧れであるのだから。

 それなのに全部断っているそうだ。


(テオドール様に優しくされるのはとても嬉しい。でも)


 ヤンが言うように、自分を嫌っているのではないと思う。しかし、必要以上にお近付きになりたいわけではない。素敵な男性に憧れるくらいで留めておくほうが幸せだと考えた。公爵が、花屋の娘、中身は没落貴族の子孫で貧乏人である人間と親しくしていると、変な噂が立っては迷惑をかける。


 花に囲まれての仕事が楽しいし、母とふたりつましくても生きることは幸せだ。この小さな幸せを守るために、自分ができることはなにか。ロズリーヌは自分の行動範囲を考える。

 誰にも迷惑をかけたくない。


(そうだな。考えてみようかな。自分の花屋を持つ将来の夢に、ポプリを作ることで少しでも前進できればいいな)


 好きな花、そして香りの商品を作ること。テオドールに甘えるという意味ではなく、背中を押してくれたことに感謝したい。ロズリーヌは、ポプリ制作を前向きに考えることにした。


 どんなに小さくても決意をすると、景色が変わって見える。

 自分の心が変われば、世界が変わる。波の音すら静かな音楽に聞こえる。いつもの帰り道も、なんとなく明るく見える。

 少しだけ高揚した心を静めていこうと、ロズリーヌは砂浜に腰を下ろした。


 今日もよく晴れて、海と空が夕暮れ時の美しさを競っているようだ。

 夕日が水平線に沈む瞬間はなぜかいつもぎゅっと胸が痛い。そして一番好きだと、ロズリーヌは思う。

 毎日一緒ではない光。沈んでもまた明日必ず会えるという約束の光を放つから。仕事の帰りに夕日を見るのが好きだった。明日もがんばろうと思える。


 ロズリーヌは砂がついたスカートを払って立ち上がる。もう一度、海と空を眺めて、家へと歩き出した。


 ロズリーヌと母モネルが住む浜辺の家は、没落前にレーグル家がこの町に建てた別荘である。貧乏ではあるけれど、家があるだけまだましだと思う。

(そろそろ帰らないと、お母様が心配する)



 父はロズリーヌが小さい頃に病気で他界した。父が残した僅かなお金を大事に使いながら、母モネルが女手一つでロズリーヌを育てた。しかし、あまり丈夫ではない体で無理が祟ったのか、いまは自宅で出来る縫い子の仕事を細々と手がけている。モネルは心優しく、ロズリーヌの心の支えでもあった。


 たったひとりの家族。元気で長生きして欲しい。そう願う毎日だ。


 腕に下げた籠にはヤンに貰った野菜、抱えた赤い薔薇の花。それと店の隣にあるパン屋で安売りされていたパンの切れ端を集めたものが入っている。切れ端といえども美味しいパン屋のものなので食べることを考えるとウキウキする。


 ロズリーヌは、薔薇の花を抱えなおした。この薔薇を乾燥させ、ポプリの材料にして、研究してみようか。考えるだけで心が躍った。


 花束を抱きしめるようにして、薔薇の香りを吸い込む。この香りが大好きだ。香りの種類もあり、飽きない。

 薔薇の咲き姿が好きだ。形も色も様々で、ずっと見ていたい。これを飾れば、粗末な家具も華やぐに違いない。華やかな香りは気持ちも明るくしてくれる。モネルの気持ちも明るくなるだろう。

 赤い薔薇はとても美しいと思う。他の色ももちろん素敵だ。


(テオドール様みたいな白薔薇も美しい)


 そんな風に考えて、ひとり頬を染めたロズリーヌだった。


 玄関へ続く十段ほどの石段をのぼる。欠けていて危険なところはひとつ飛び越える。ポンポンと踊るように跳ねて、その度に抱えた花束からいい香りが立ち上る。

 うっとりとしながらロズリーヌは家に辿り着いた。


 玄関のドアを開ける前に、よい匂いがしていた。花の香りではなく、お腹が空く匂い。


「ただいま。お母様」


「おかえり、ロズ」


 モネルは椅子に座り、家で針仕事をしていた。

 顔立ちはロズリーヌとよく似ていて、ふたりとも同じ黒髪。痩せてはいるが凛とした佇まいで美しい母だとロズリーヌは思う。

 モネルは自分で手作りした膝掛けを取って立ち上がる。


「続けていていいのに」


「もう終わろうと思っていたからいいのよ。ね、お昼にスープを作ったの」


 モネルはキッチンへ向かった。

 かつてレーグル家別荘として利用されていたこの家は、広さはないがふたりで住むには充分だった。傷んでいるが、修理費用など無いのでそのままにしている。訪ねてくる人物もいない。



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